094 幼女と恋するお姉さん?
魔法で海底に大きな穴を空けてしまった私が、その穴を見て髪の長いお姉さんの安否を心配していると、髪の長いお姉さんが壁をよじ登る様にやって来て私の目の前に転がった。
「ひぇぃっ」
お姉さんの髪の毛は本当に長くて顔が隠れているせいもあって、まるで某有名映画の井戸から出て来る幽霊のように見えて、私は驚き小さくマヌケな悲鳴を上げた。
肩で息をして、ずぶ濡れになった髪の長いお姉さんが仰向けになって天井を見上げる。
すると、仰向けになったことで、お姉さんの顔が表に出た。
私はお姉さんの側でしゃがんで顔を見つめた。
髪の長いお姉さんは、まつ毛が長く整った顔立ちで、とても可愛らしい顔をしていた。
身長はリリィよりも大きくて、童顔で高身長のお姉さんなんだなぁと思った。
思っただけではないかな?
気が付くと、自然と私の口から言葉が漏れる。
「可愛い……」
って、そうじゃなくて、ちゃんと謝らなきゃ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか?」
お姉さんの目が大きく見開いて、私と目を合わす。
目を見開いた顔が若干怖いなと感じながらも、私は眉根を下げて苦笑いする。
すると、お姉さんがムクリと上半身を起こして、頬を赤く染めながらモジモジとしだした。
「か、か、か、可愛いだなんて、言われたの生まれて初めてニョロ」
「そ、そうなんだ?」
残念だけど、上半身を起こしたせいで、今は顔がまた髪の毛で隠れてしまって怖くて可愛くはない。
「可愛いと言うよりは不気味ッスね」
「トンちゃん失礼な事言っちゃダメだよ」
「はいッス~」
トンちゃんが明後日の方向を見て口笛を吹く。
お姉さんは何やら頬を染めながら私を多分見つめていて、正直ちょっと怖い。
と言うか、前髪で目だとか色々隠れていて、しかも着ている物もボロボロで裸足でホラー映画さながらの怖さだ。
そんなわけで、私はどうにか出来ないものかと考える。
あ、そうだ。
思いつきのまま、魔法でお花のシュシュを作りだす。
それから作りだしたお花のシュシュを前に出して、笑顔でお姉さんに頼んでみる。
「これ、良かったら着けて? お姉さんに似合うと思うの」
「え? あ、う……」
お姉さんが口ごもる。
だけど、嫌がってない感じがしたので、私は笑顔を向けて一押ししてみる。
「私がお姉さんに着けても良いかな?」
「い、良いニョロ」
「ありがとー!」
笑顔を向けてお礼を言ってから、早速お姉さんの長い前髪を後ろに束ねて、お花のシュシュで髪留めする。
「わぁ、可愛い!」
お姉さんの前髪が顔にかからなくなったおかげで、とっても可愛いお顔が現れる。
服装はボロボロだったけど、さっきまでの印象とは全然違うお姉さんへと大変身だ。
お姉さんは頬を赤く染めながら、モジモジして私を見る。
私はなんだか嫌な予感がしたのだけど、それには目をつぶる事にした。
ついうっかり後回しにしてしまったけど、今はそれよりしっかりと謝らなきゃなのだ。
さっき謝ったけど、多分聞いてなかったし……。
私はごくりと唾を飲み込んで頭を下げる。
「あ、あの……本当にごめんなさい。お姉さんに魔法を使ったのは私です!」
頭を下げて謝ると、お姉さんが優しく微笑んでくれた。
「気にしなくて良いニョロ」
「え? でも……」
「そうッスよご主人。さっさと止めをさすッス」
さしません。
「そうね。ジャスミンの太ももでパワーアップした私には最早敵はいないわ」
リリィが私の隣に立ち、お姉さんを睨みつける。
私は慌ててリリィに抱き付いて止める。
「待ってよリリィ。もう争う必要なんて無いよ!」
「でも……」
「お姉さんも、もう私達に怖い事しないよね?」
じぃっとお姉さんの目を見て訊ねると、お姉さんは頬を赤らめてこくりと頷いた。
「もうミーには戦う意思はないニョロ。それに、あんな魔法を次に出されたら、もう助からないニョロ」
ご、ごめんなさい……。
「ミーが助かったのは【戦神の加護】の力と【おすそわけ】と【強制退去】と言う能力が三つとも最大で発動出来たから、紙一重で助かっただけニョロ」
「戦神の加護とおすそわけと強制退去?」
そう言えばセレネちゃんがおすそわけがどうのって言ってたよね。
って言うか、戦神の加護ってアレースの加護だったっけ?
「そうニョロ。とくに【強制退去】が無かったら間違いなくミーは死んでたニョロ」
強制退去……かぁ。
文字通りなら、強制的に脱出出来るみたいな能力だよね?
じゃあ、それを自分に使って、私の魔法から逃れたって事かな?
何はともあれ、本当に無事で良かったぁ。
「次に魔法を使われたら【戦神の加護】のオートガードに使う為の物が無いから、間違いなくミーは能力を使う暇もなく消し飛ぶニョロ」
本当にごめんなさい……。
何となく理解しました。
ようするにだ。
オートガードでどの位防げたのかはわからないけれど、それで防いだ一瞬の間に強制退去とか言う能力で逃げ延びたのだと思う。
おすそわけと言う能力は威力を半減させられるみたいだし、本当にギリギリの所で助かったんだろうなぁと私は冷や汗をかく。
「本当にごめんなさい。たいしたお詫びは出来ないけど、私に出来る事なら――」
「お詫びはもう貰ったニョロ」
お姉さんが頬を染めながら、髪に着けたお花のシュシュに触れて微笑む。
「それにこれでわかったニョロ。ミーにはやっぱり、戦いの中で生きる人生より、恋に生きる人生の方が向いているニョロ」
えっとぉ……お、お姉さん?
そんな恋する乙女な眼差しで私を見ないで?
「あーあ。こいつを殺したらアレースへの見せしめに出来ると思ったから残念だわ」
「仕方ないッスよ。流石に戦意の無い相手を殺すのはよくないッス」
「そんなのどうでも良いなのです! もう我慢出来ないから聞くなのです! 幼女先輩、いつの間に水着から服にお着替えして、しかも何でノーパンなのですか?」
「スミレ、アンタの言う通りね。確かに今はそっちの方が重要よ。蛇女を殺す殺さないなんて、ジャスミンのノーパンと比べたら些細な事よ」
リリィとスミレちゃんが真剣な眼差しで私を見つめる。
と言うか、真剣な眼差し通り越してなんだか怖い。
こ、答えたくない!
お着替え中に穿き忘れただけだなんて、おバカすぎて言えないよ!
って言うかだよ。
それで思い出したけど、東塔の方は今どうなってるのかな?
……よし!
「ごめんね皆、私、ちょっと向こうに戻るね。後リリィ、私急ぐからごめんだけど、これで鼻血の痕を自分で拭いてね」
スカートのポケットからハンカチを取り出して、有無を言わさずリリィに渡す。
「戻るって東塔にッスか?」
「うん。あ、そうだ。セレネちゃんは一緒に来て」
「は?」
セレネちゃんの返事を聞かずに、私はセレネちゃんの腕を掴んで魔法を唱える。
「素粒光移」
ノーパンの理由を言いたくない私はこの場から逃げる様に魔法を唱えて、トンちゃんとセレネちゃんを連れて、一瞬にして東塔へ移動した。




