093 幼女は静かに本気出す
アマンダさんとナオちゃんが鬼人ロークと激しい戦いを繰り広げる中、ラヴちゃんが私の所に避難する。
ラヴちゃんを安全なポーチに入れて、私は目の前の戦いに集中した。
水の大精霊ウンディーネさんを相手に、フォレちゃんとノームさんが魔法で応戦している。
私はハッカさんを護る為、そしてノーパンで動けない為に、その場でごくりと唾を飲み込んだ。
そんな中、下半身だけのセレネちゃんが膝で私の足をちょんちょんとつついた。
「どうしたの?」
「マモンとか言うのが、こっち来るっぽい」
「え? マモンちゃん?」
と、私が首を傾げたその時、突然背後の壁がもの凄い轟音を上げて崩壊する。
驚いて背後に振り向くと、瓦礫となった壁の上に横たわるマモンちゃんの姿があった。
「マモンちゃん!?」
ハッカさんの手を掴んでマモンちゃんに駆け寄る。
マモンちゃんはムクリと起き上がり、全身をブルブル震わせて身についた瓦礫の破片を落として私に振り向いた。
「あっ、甘狸! 何でお前がここにいるんだ!?」
「あはは……それはどちらかと言うと、私のセリフだと思うんだけど」
苦笑して答えると、ウンディーネさんと戦っていたフォレちゃんが私の許にやって来た。
「ジャスミン様、マモンは妾とここまで来たのぢゃ。マモンには西塔を任せて来たのぢゃが、どうやら向こうは向こうで面倒な事になっておる様ぢゃな」
フォレちゃんが穴の開いた壁の向こうを見るので、私もつられて見る。
そして私は驚いた。
壁の向こうに見えたのは西塔の最上階。
最上階の屋根には穴が空いていて中の様子が窺えたのだけど、私が見たのは泡を吹いて白目をむいて倒れているリリィの姿だった。
遠目からなのでハッキリとは見えないけれど、リリィの手は紫色をした何かで濡れていた。
ぐったりと横たわるリリィの姿を見て、一瞬頭の中が真っ白になった。
そして、次第に思考が戻って来て、私は顔から血の気が引いていくのを感じた。
あの紫色の液体って何?
なんでリリィが倒れてるの?
リリィに誰かが、髪の長い女の人が近づく。
セレネちゃんの下半身が私の横に立ち、まるで見えているかの様に話す。
「あいつよあいつ。あいつが【おすそわけ】とか言う能力で、私をこんな姿にしたのよ。マジムカつく」
あの人がセレネちゃんを……。
それなら……。
「リリィもあの人にやられちゃったの?」
「リリー? どーだろ? 私が目を覚ました時はリリーはあーなってたし、そうなんじゃない? あいつ毒の魔法とか使うみたいだし、泡吹いて倒れてるみたいだから、何か飲まされたんじゃん? まーなんかよく分かんないけど、魔族の女とトンぺとマモンがあいつと戦ってて、あいつが残るはお前等だけだーみたいな事言って――ジャス?」
「うん? なあに?」
「やばい! 甘狸が辛狸になってるわ!」
辛狸?
やだなぁマモンちゃん。
私はいつでも甘々の狸さんだよ。
「がお!?」
ラヴちゃんが小瓶を持って、何故かポーチの外に出てしまった。
理由はわからなかったけど後で聞けば良い事なので、私はとくに気にしない事にした。
大気が震え、床や壁、天井が低い音を立てて微震する。
何故その様な事が起きていたのか?
答えは簡単だ。
私が静かに加護を魔力に変換させていたからだ。
魔力を右手に集中して、特大の魔法を放つ準備は既に整っている。
狙うは西塔にいるリリィの側に近づいた髪の長い女の人。
これ以上、リリィに指一本だって触れさせやしない。
「ハッカ! ジャスミン様から離れよ! この魔力尋常ではないぞ!」
フォレちゃんがハッカちゃんを私から引き離し、セレネちゃんの下半身とマモンちゃんも私から距離をとる。
右手の手の平を西塔にいる髪の長い女の人に向かって静かにかざし、虹色に輝く魔法陣が私の目の前に浮かび上がる。
「元素壊砲」
呪文を唱えたその瞬間に、集中していた魔力が爆発的に解放されて、私を中心に爆発した様な衝撃波が発生する。
勿論それは私が放った魔法では無くて、それは魔法を放った事で生まれただけのただの余波だ。
私が放った魔法は虹色に輝く巨大な光線で、魔法陣から光の速度で放たれた。
それは海の中をお構いなしに突き進み、髪の長い女の全身をのみ込むように直撃して、更にはそのまま西塔の床を巻き込んでいく。
私が放ったその虹色の光線は、勢いそのままに最後には海底に突き刺さる様にぶつかって、触れた物全てを崩壊させた。
ここからでもハッキリとわかる西塔の最上階周辺一部の崩落の音は凄まじく、アマンダさんにナオちゃんにノームさんや、ロークやウンディーネさんも驚いて動きを止める。
「素粒光移」
魔法を詠唱し、一瞬で西塔最上階で倒れているリリィの側までやって来た。
西塔の最上階は私が放った魔法の影響を受けていた。
外から海水が流れてきていて、魔法で空いた床の穴を含めて、流れてきた海水は幾つかの穴の中に凄い勢いで流れていた。
リリィはぐったりと横たわっていたけれど、気絶をしているだけの様で命に別状がないと分かって、私は安心して思わず大きなため息を吐き出した。
「良かった。生きてた……」
しゃがんでリリィを抱き寄せる。
「ご主人!?」
「幼女先輩?」
「あ、こっち来た」
海水の流れる音が煩くて上手く聞き取れなかったけど、トンちゃんとスミレちゃんとセレネちゃんの声が聞こえたような気がして、首を動かして周囲を見る。
そうして見つけたのは、ボロボロ姿で倒れているスミレちゃんと、少し疲れた様子のトンちゃんと、上半身だけのセレネちゃんだった。
スミレちゃんがフラフラと立ち上がり、セレネちゃんの上半身を抱きかかえて私の許までやって来る。
トンちゃんもフラフラとバランスを崩しながら、私の許までやって来て肩の上に座った。
元々この塔の作りがそうなのか、3人が私の許まで来る頃には海水の流れもピタリと止まり、煩かった海水の流れる音も消えていく。
「今の光は幼女先輩の魔法だったなのですね。助かったなのですよ。ヘビ美の能力のせいで結構ヤバかったなのです」
「ボク達の攻撃が全部半減させられて、その上その半分がカウンターみたいに返って来てたから流石にヤバかったッスね」
「そうだったんだ……。だからリリィもこんな事に……」
リリィの頭を私の太ももの上に乗せて、スカートからハンカチを取り出して、リリィの顔についている汚れを綺麗に拭き取る。
「いや、違うッスよ。ハニーはご主人のパンツで気絶しただけッス」
「え?」
「そうなのですよ。幼女先輩のパンツでリリィが瀕死になったなのです」
私のパンツで瀕死?
意味が分からず首を傾げたその時だ。
目の前に綺麗な赤色の噴水が飛び出した。
何事!?
驚いて噴水の出所を目で辿ると……はい。
まあ、うん。
そうだよね。
「リリィ、何でそんなに鼻血を出しているの?」
若干引きながら、いつの間にか目を覚ましていた親友に訊ねると、親友はとても素敵な笑顔で答えてくれました。
「うふふ。目が覚めたらジャスミンの太ももの上で、スカートから覗き見えるジャスミンの――」
そこから先は言わせません!
何故なら私は今ノーパンなのだ。
答えは最早わかりきっている。
そんなわけでリリィの口を両手でふさいで阻止をして、相変わらずなリリィと、トンちゃんのさっきの発言を思い出して、嫌な予感が私の頭の中に流れ出す。
慌ててリリィの頭を床に置いて、残念そうに私を見つめるリリィに構わず、私の魔法で斜めに崩れて空いてしまった穴の底を覗きこむ。
その深さはわかってはいたけどもの凄く、西塔の壁や床だけでなく、海底の地面すらも突き抜けて真っ暗で大きな穴が空いていた。
もちろん何処にも髪の長いお姉さんの姿は無い。
顔からは一気に血の気が引いていき、最早私は大混乱だ。
どどど、どうしよう!?
もしかしてもしかしなくても、私勘違いで髪の長いお姉さんに大変な事をしでかしちゃったんじゃ!?
あわわわわわわわっ!
ごめんなさいー!
生きていて下さいお願いします!
何でも言う事聞きますからー!
「え? ジャスミン、今何でもって?」
「リリィには言ってないよ!」
って、あれ?
口にしてないんだけどなぁ……。
ねぇリリィ、私の心の中読まないで?
【ジャスミンが教える幼不死マメ知識】
私が使った魔法【素粒光移】は体を素粒子の単位まで分解して、光の速度で目的地まで運ぶ魔法だよ。
海の中でも炎を使えるようになって、常識に縛られなくなったおかげで出来る様になった魔法なの。
これがあれば、いつでもどこでもリリィのお家に遊びに行けちゃうね。
まるでどこでもド――ゲフンゲフン。ナンデモナイデス。
ドーナツはどこで食べても美味しいよねって言おうとしただけだよぉ。




