090 幼女に迫り来る下半身
ポセイドーンの配下鬼人ロークの能力で、マトリョーシカに閉じ込められてから私はいつの間にか眠ってしまっていた。
私は目を覚まして、ボーっとした頭を上げてゆっくりとまぶたを開く。
寝起きでぼやけた視界に映るのは、マトリョーシカの中の明かり一つない真っ暗なものではなく、見知らぬ台座と誰かの下半身だった。
その下半身は、部位的に言うとお腹のおへそのあたりから下の部分で、お腹がスッパリ切られている様な状態で、その下半身が台座の上に力無く横たわっていた。
私はそれを見て目を見開いて驚き、ハッキリと目を覚ました。
誰かの死体!?
まさか、アマンダさんかナオちゃん!?
ううん違う。
2人にしては、小さすぎ……る?
私は全身から血の気が引くのを感じた。
何故なら、その下半身には見覚えがあったからだ。
下半身はアマンダさんのものでも、ナオちゃんのものでも決してない。
その下半身の正体は。
「そんな……セレネちゃん」
そう。
その下半身の正体は、セレネちゃんのものだった。
瞳から涙が溢れだして、私は手で涙を拭おうとしたけれど、それは出来なかった。
私は縄で手と足を強く縛られていたのだ。
「ありゃりゃ。起きて早々に泣いちゃった」
声が聞こえて視線を向けると、そこには鬼人ロークが立っていた。
ロークは眉根を下げて困り顔で私を見ていた。
「あ、そうそう。お仲間の命が大切なら、下手な事は考えないでね?」
ロークが笑い、自分の後ろに手差しする。
誘導される様にそちらに視線を向けると、ラヴちゃんとアマンダさんとナオちゃんが私と同じように縛られていて、その周囲には魔法陣が敷き詰められていた。
「あの魔法陣は今のオレの相棒が書いた魔法陣でさ、肉を溶かす程の猛毒が湧き出る仕組みなんだ」
「猛毒……」
「とりあえずさ、あの3人には今は眠って貰ってるから、君が変な事をしなければ発動しないから心配は不要だ」
「…………」
「おっといけない。そろそろ定時連絡の時間だ。ポセイドーン様は時間に煩いから早くしないとな~」
ロークは独り言を呟くと、いそいそと何処かへ行ってしまった。
取り残された私は、未だに収まらない涙を流しながら、もう一度セレネちゃんの下半身に視線を向けた。
ごめんね……。
ごめんねセレネちゃん。
助けてあげら――
「――れええぇぇっ!?」
突然セレネちゃんの下半身、足がバタバタと動き出し、驚きのあまりに涙がピタリと止まって声が出た。
あわわわわわわわっ!
う、動いてる!
もの凄く動いてるよ!?
訳も分からず見ていると、セレネちゃんの足は勢いにのって立ち上がる。
私がその光景を見て恐怖して、背筋が寒くなるのを感じながら震えあがっていると、セレネちゃんの足が私に向かって歩き出す。
ひぃっ!
直ぐに助けに来れなくてごめんなさい!
セレネちゃん許してー!?
私は必死に心の中で謝罪したけど、セレネちゃんの足は無情にも私に近づき目の前にやって来た。と思ったら、目の前でこける。
ごめんなさ――って、あれ?
な、何これ?
私は目の前でこけたセレネちゃん下半身の断面を見て、目を点にして驚いた。
セレネちゃんの下半身の断面は、骨だとかそーういうグロテスクな物が一切なかったのだ。
それどころか、まるでヒヨコさんの毛皮の様な触り心地が良さそうなモフフワになっていた。
こけた後も、セレネちゃんの足はバタバタと動き、その反動で私の足にモフフワがあたる。
あれ?
温かい。
体温も……あるよね?
モフフワから伝わる温かさは間違いなく本物だ。
よく分からないけれど、もしかしたら、まだ生きているのかもしれないと私は考える。
そして、私は一つの可能性に辿り着いた。
もしかして、これって何かの能力なのかも?
「ジャスミン様!」
突然、不意に声が聞こえて、私は声の聞こえた方に振り向いた。
すると、出入口と思われる場所にフォレちゃんの姿があった。
「フォレちゃん!?」
フォレちゃんは私と目が合うと微笑み、足早にやって来る。
「ジャスミン様、遅くなってすまぬのぢゃ」
「ううん。来てくれて嬉しいよ。ありがとー! でも、よくここの場所がわかったね?」
まさかこんな所に、しかもピンチな状況でフォレちゃんが助けに来てくれるとは思っても見なくて、嬉しくて抱きしめたくなったけど、残念ながら私は縛られ中で無理そうだ。
それでも、私は感謝の気持ちと嬉しい気持ちを伝えたくて、とびっきりの笑顔をフォレちゃんに贈る。
「うむ。ジャスミン様を追ってリコーダーと言う町に行ったのぢゃが、そこで海底神殿オフィクレイドにジャスミン様が言ったと聞いたのぢゃ」
「そうだったんだ……。って、何で追って来たの?」
「これぢゃ」
フォレちゃんが小瓶を私の前に出す。
「あ、それ!」
「うむ。ジャスミン様の荷物入れに使っている小瓶ぢゃ」
「わざわざ届けに来てくれたの? 嬉しい! ありがとーフォレちゃん!」
なんていい子なんだろう!
こんな物凄く遠くて危険な場所まで、私の為に届け物をしてくれるなんて!
嬉しすぎて頭いっぱい撫でてあげたい!
って、フォレちゃんはドリちゃんの分身で大人だから、そんな事されても嬉しくないかな?
でもでも、それでもやっぱり撫でたいなぁ。
「して、ジャスミン様。この気色の悪いものは、もしやあのセレネとか言う小娘ではないか?」
「え? うん。多分そうだよ。って、気色悪いとか、そんな事言ったら可哀想だから言わないであげて?」
それに、このモフフワな部分はとてもモフモフフワフワで可愛いよ?
ほら。
私の足に当たってるでしょ?
凄く幸せな触り心地なんだよ!
「まあよい。そんな事より、今はジャスミン様ぢゃ」
フォレちゃんは呟くと、魔法で刃物の様に鋭い木の根を出して、私を拘束していた縄を切ってくれた。
私はフォレちゃんのおかげで自由の身になって、思いっきり伸びをした。
結構簡単に縄がとれちゃった。
私さっきまで冷静さを失ってたんだなぁ。
魔法を使って縄を切るなんて単純な事なのに、全然思いつかなかったよぉ。
って、そんな事よりだよ。
セレネちゃんの断面を手でモフフワしながら、フォレちゃんに視線を向ける。
「フォレちゃんありがとー」
「うむ」
フォレちゃんにお礼を言って小瓶を受け取って、私は早速小瓶から取り出し作業に移る事にした。
そんな事より、ラヴちゃん達を先に助けろと思うかもしれないけど、思い出してほしい。
ロークは言っていた。
下手な事は考えないでね。
と。
この言葉、そして、その後に追加で話していた猛毒の事を考えると、慎重に行動した方が良いのだ。
そうなると、まずは他にやるべき事を優先した方が良いと私は考えるのだ。
そして、そのやるべき事とは……。
「やっとお洋服が着られるよぉ」
嬉々として喋り小瓶からお洋服を取り出す。
そう。
私が小瓶からする取り出し作業とは、今から着替える為のお洋服を取り出す作業なのだ!
「やっぱり、水着も可愛いけど、ずっと着ているとお洋服が恋しくなっちゃうもんね~」
ルンルン気分な私が、楽しくて笑顔でお洋服を取り出したその時、お洋服と一緒にとんでもない者が飛び出した。
「ジャチュミンちゃーん!」
「え!? ハッカさん!?」
お洋服と一緒に飛び出したとんでもない者、それは、幼児化させられているハッカさんだった。
なななな、なーっ!?
何でハッカさんが小瓶の中から!?
フォレちゃんが連れてきちゃったの!?




