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088 百合は塔から出られない

※今回も前回に引き続きリリィ視点のお話です。

 私が構ってやるつもりは無いとキッパリ断ると、蛇女は地団駄を踏んで怒りだした。


「こ、こいつ滅茶苦茶だニョロ! 能力とおままごとを一緒にするなニョロ! 絶対にぶっ殺してやるニョロ!」


「ドゥーウィン、この女は話が通じないわ。面倒だから無視するわよ」


「りょ、了解ッス」


 とにかく、さっさとセレネを助けてあげないといけない。

 まずはドーム状の毒を取り除く必要があるけど、どうしようかと考える。

 私は毒なんて特に気にする必要は無いけど、セレネに毒を浴びせるわけにはいかないから、どうにかしないといけないのよね……。


「たまには私も魔法を使ってみようかしら?」


「え? ハニーが魔法を使ってる所を見た事がないッスけど、大丈夫なんスか?」


「そうなのよね~。一応魔法で火を扱う事は出来るけど、私の魔法だと料理を作る時に使う程度の火力しか出せないのよね」


「ハニーって意外と魔法は普通なんスね」


「残念だけど私にはジャスミンみたいな才能が無いもの。仕方が無いわ」


「ご主人の場合は、才能のレベルを通り越した天才なんて安っぽい言葉じゃ表せない程の異常者ッスよ。比べるもんじゃな――」


「呑気に話してるんじゃないニョロ!」


 ドゥーウィンの言葉をさえぎって、蛇女が大声で怒鳴りながら私に近づき、右手で拳を作って殴りかかって来た。


 ウザいわね。


 特に慌てる程のものでも無かったので軽く避け、そのまま適当に蛇女を蹴りとば――せなかった。

 蛇女の立つ床を中心に、周囲の床が勢いよく崩れていき、床は瓦礫となって下の階に落ちていく。


 面倒な事に、私が立っている床まで崩れたので、仕方なく場所を移動した。

 蛇女も私と同じように崩れて落ちていく床から逃れてから、お腹を押さえながらニヤリと笑った。


 不思議な現象だった。

 私の蹴りは間違いなく蛇女の腹を捉えて直撃したにもかかわらず、お腹を押さえながらとは言え蛇女は笑ったのだ。

 ただ、何となく私は直ぐに状況を掴んだ。


「攻撃の威力を床に流されたみたいね」


「ニョロ!? よ、よく分かったニョロ。でも、正確には流したのではなく、ミーのもう一つの能力の【おすそわけ】を使ったニョロ」


 若干たじろいで、蛇女がお腹を押さえながら説明を馬鹿正直にするので、私は完全に理解した。

 ようするに、私の蹴りの威力を床に流したのではなく、分けて分散させたという事。

 つまりは、蛇女にもダメージは入っている。

 お腹を押さえているのも、分散をさせただけだからと言う理由だろう。


 まあ、どちらにしても、今の一撃で仕留められなかった事を考えると私もまだまだだ。

 いくら適当に蹴ったと言っても、そんなものは言い訳にならない。

 こんなことではジャスミンに笑われてしま――それはないわね。

 ジャスミンはとっても優しいもの。

 きっと笑顔で許してくれるわ。

 想像しただけで可愛すぎて鼻血が出そうだわ。


「は、ハニー? 大丈夫ッスか? 心ここにあらずみたいな顔になってるッスよ?」


「問題無いわよ。次は本気で蹴るわ」


「にょ、ニョロ!? ちょっと待つニョロ! ミーの能力【おすそわけ】は、あらゆるものを半分にして、もう半分を他に移す能力だニョロ! さっきの蹴りでその【おすそわけ】を使ったにもかかわらず、ミーが受けたダメージはかなりの威力だったニョロ! あれは本気じゃ無かったニョロ!?」


「あれが本気? そんなわけないでしょう? 面倒だったから適当に蹴っただけよ」


「適当…………ニョ……ロ…………っ!?」


 蛇女が戦意を失って震えだす。

 私は蛇女を見て、やっと面倒事から解放されたと安堵して、ドーム状の毒に覆われているセレネに近づいた。


「結局燃やすんスか?」


「それしかないでしょう?」


 とは言ったものの、私は直ぐに思い直して気がついた。


「いいえ。そうでもないかもしれないわ」


「どういう事ッスか?」


「この毒は、そこにいる蛇女が魔法で作り出した毒でしょう? なら、蛇女に魔法を解除して貰えばいいのよ」


「あー、成程ッス。逆に簡単すぎて盲点だったッス。これでご主人の所に行けるッスね」


「そうね。ジャスミンに早く会いたいわ」


 私とドゥーウィンは微笑み合って蛇女に視線を向けた。


「ジャスミン……魔性の幼女ジャスミン、ああ、そうニョロそうニョロ。ミーにはまだ奥の手が残っていたニョロ」


 蛇女が不気味に笑いだす。

 前髪をかき上げて、前髪で隠れて見えなかった蛇の様な目が姿を現し、私と目がかち合う。

 蛇女はニヤリと笑みを浮かべて、腕を上げて人差し指を立てた。


 その瞬間、蛇女の人差し指の先の空間が歪み、突然あれ(・・)が現れる。

 蛇女は現れたあれ(・・)を握り、そしてそれを見た私は目を疑った。


「う、嘘よ!?」


「ハニー?」


 そんな筈がないと、私は自分に言い聞かせる。

 蛇女が出したあれ(・・)は、私を驚かせ、身動きを封じるには十分過ぎる物だった。

 私は一歩後退り、力無く片膝をつく。


「まさか、そんな隠し玉を持っていたなんてね」


「は、ハニー突然どうしたんスか!?」


「ニョロロロロ。どうやら、勝負あったみたいだニョロ!」


 なんて恐ろしい敵だと、私は何も言い返せない。

 ドゥーウィンは事の重大さに気がついていない様で、未だに訳が分からないといった表情を浮かべて騒いでいる。

 私は口にするのも恐ろしい、この世で最もレアなあれ(・・)に指をさして教える。


あれ(・・)は、あの日、ジャスミンのお誕生日の日に、ジャスミンが穿いていたパンツ(・・・)よ!!」


「ご主人のパンツ……ッス?」


「ニョロロロロ! その通りだニョロ! 極秘裏に入手した魔性の幼女ジャスミンの誕生日パンツだニョロ! 手も足も出まいニョロ!」


「悔しいけど蛇女の言う通りよ。いったいどうすればいいの!?」


「ハニーしっかりするッスよ! ご主人のパンツなんて今はどうでも良いッスよ!」


「よくないわよ! ジャスミンのお誕生日パンツなのよ! 一年に一度しか手に入らない超がつくほどのレア物なのよ! どうりで洗濯物の中から見つからないと思ってたのよ! まだ穿いてるのかなと思って、ジャスミンが寝ている最中に確認しに行ったら穿いてなかったから、おかしいと思ったのよ!」


「もう色々ツッコミどころ満載ッスけど、本当にどうでも良いッスよ!」


 大変な事になってしまった。

 ドゥーウィンは事の重大さに未だ気がついていない。

 ジャスミンのお誕生日パンツを人質に取られてしまったのだ。


 次第に焦りからか汗が流れだす。

 私は額に薄っすらと浮かんだ汗を腕で拭って、ジャスミンのお誕生日パンツを握り締めた強敵蛇女を睨んだ。


 強敵蛇女はいやらしく笑いながら、私と目を合わせたままジャスミンのお誕生日パンツを両手で広げた。

 広げられたパンツのその威力は留まる事を知らない。

 私は恐ろしい程の衝撃を受け、鼻血を噴き出す。


「くっ……、なんて神々しいの。この世の全てが詰まっているわ。流石はジャスミンのお誕生日パンツ。穿いていなくとも、これ程の威力を持っているなんて……」


 このままでは、ジャスミンのお誕生日パンツの後光に当てられて命を落としかねない。

 私は必死に耐えて、溢れ出る鼻血を床にまき散らしながら、立ち上がろうとするが立ち上がる事が出来なかった。


「ニョロロロロ。どうしたニョロ? さっきまでの威勢は何処にいったニョロ?」


 悔しいが言い返せない。

 こんな所でこれ程の強敵と出会ってしまうとは思いもよらなかった。

 まるで縛り上げられるような感覚を覚え、私は身動き一つとして出来なくなってしまった。

 まさに絶体絶命の大ピンチに陥ってしまった私は、強敵蛇女が持つジャスミンのお誕生日パンツから目が離せない。

 あの時ジャスミンがガーターベルトを着けた時に頂いていれば、こんな事にはならなかったのにと後悔が押し寄せる。

 このままでは、セレネを連れ出して、ジャスミンの許へ向かうなんて出来る筈がない。


「あのー、ハニー? マジでしっかりするッスよ。たかがパンツッスよ? あんなもんまたご主人から奪えば良いッスよ。だいたい、ご主人のパンツなんていつも見飽きる程に見てるじゃないッスか。あんなの破り捨てて、さっさと蛇女をぶっ殺すッスよ」


「さっきも言ったでしょう? あれはジャスミンのお誕生日パンツ。一年に一度しか手に入らないのよ。他のパンツも素晴らしいけれど、あれは更にその上をいく特別なパンツよ。そんな事、出来るわけが無いじゃない」


「ニョロロロロ! さあ、止めをさしてやるニョロ!」


 強敵蛇女がジャスミンのお誕生日パンツを掲げ、ジャスミンが穿いていた時の形状にしようとしたその時、突然聞きなれた面倒な奴の大声が祭壇内に響き渡る。


「見つけたわよーっ! リリィ=アイビーッ! 今日こそ決着をつけてやるわ!」


 私が大声の発生源に振り向くわけもなく、完成型へと近づくジャスミンのお誕生日パンツへの期待と、それを見た自分がどうなってしまうのかと言う不安の感情を抑えつつ、私はひたすらにジャスミンのお誕生日パンツに注目する。

 しかし、一向に完成型にはなってくれない。

 何故なら、あの馬鹿の大声が聞こえてからと言うもの、強敵蛇女がそっちに顔を向けてしまって手が止まっていたからだ。


「マモンちゃん、落ち着くなのよ」


「落ち着いてるわよ! リリィ=アイビー! こっちを向けえええっっ!」


 まったく煩い馬鹿猫ね。

 私は今忙しいのよ。


「ハニー、化け猫ッスよ! 化け猫がおっぱい女と一緒に来たッス」


「そうね」


「……反応薄いッスね」


「ジャスミンのお誕生日パンツの方が圧倒的に大事なのだから、当たり前でしょう?」


 視線をジャスミンのお誕生日パンツから全く動かさずにドゥーウィンと話してから、未だニャーニャーと煩く喚く馬鹿猫マモンの声を聞き流し、私はどうやってジャスミンのお誕生日パンツを奪い取るか作戦を考え始めた。


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