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087 百合は塔から切り離せない

※今回は話を少し遡り、リリィ視点のお話になります。

 ジャスミンと別れた後、私はスミレとドゥーウィンを連れて西塔に向かい、頂上のあたりを蹴って破壊して侵入する。

 頂上を破壊しようとも思ったのだけど、スミレから頂上にセレネがいると聞いたから、万が一セレネを巻き込んでしまっては元も子もないと考えてやめておいた。


 西塔に入って直ぐに私達を出迎えたのは、海猫でもブレードシャークでもなく、大きな大蛇の大軍だった。

 私の横で大蛇と睨めっこして震えるスミレより、二回りかそれ以上に大きな大蛇たち。


 リリィが西塔に行ってくれるなら、私は安心して東塔に行けるの。だからお願い!


 なんて、ジャスミンから言われて西塔に入ったのは良いけれど、随分と殺意むき出しで歓迎されていて思わずため息をつきたくなる。


「ねえスミレ、面倒だからアンタの炎で焼き殺してよ?」


「賛成ッス! こんなの相手にしていたら、ボクなんて余裕で丸呑みにされちゃうッスよ」


「無理なのよ! リリィ、アイツを見るなの! アイツは獄炎コブラなの! 炎の加護を持ってて、私が得意とする炎が無効化されちゃうなのよ!」


 なんて情けない友人だろう。と、私はスミレに冷ややかな視線を向ける。

 スミレは涙を堪えながら、必死で顔を横に振って私に訴えているのを見て、あまりにも情けないので私は大蛇に視線を移した。


「蛇共、一つ言っておくわ。私は今ジャスミンの為に急いでいるの。そこをどかないなら命の保証はないわよ」


 ニッコリと微笑んでお願いしてあげる。

 どうやら大蛇たちはとても良い子揃いの様で、静かに私に道を開けた。


「ニッコリ笑顔の脅しで大蛇すらもビビらすその姿、流石はハニーッスね」


「大蛇が皆顔を青くさせているなのよ……」


「確かに少し冷えるわね。ジャスミン大丈夫かしら?」


「顔が青いのは冷えるからじゃ……って、そんなのはどうでも良いッスね」


 大蛇が開けた道を進んで行くと、直ぐに階段を見つけて上って行く。

 階段を上った先は最上階だったようで、大きな部屋に辿り着いた。

 何かを祀る祭壇の様な台座が中央にあり、それを取り囲む様に魔法陣が床に描かれていた。


「いたなのよ!」


「そうね」


 スミレの言葉に頷いて、私はセレネを目に映す。

 セレネは、中央の台座に座って眠っていた。


「案外簡単に見つかったわね……あら?」


 私はセレネに近づいて驚いた。

 セレネは座って眠っていたわけでは無く、だからと言って立っているわけでも横に寝転がっているわけでもない。


「下半身が無い? どうなってるの?」


 セレネは上半身のみが台座の上に置かれていて、寝息をたてて眠っていたのだ。

 流石に私も驚いて、スミレに視線を向けた。


「死んでるわけでは無いわよね?」


「間違いなく生きてるなのよ」


「ど、どうなってるんスか? これ。下半身だけ床にハマってるって言う、おマヌケな感じじゃないッスよね?」


「確かめてみるなの」


 スミレがドゥーウィンの質問に答えて、セレネを持ち上げようと手を伸ばす。

 セレネの周囲に薄っすらと紫色の膜がドーム状に浮かび上がり、私はそれが猛毒だと瞬時に見破った。


「スミレ、触ったら駄目よ」


 スミレの手を掴んで止めると、それと同時に薄っすらと浮かび上がっていた猛毒の色が、透明度が無くなる程の濃さになる。

 猛毒を見たスミレは驚いて体を震わせて、腰を抜かして尻餅をつく。


「おしかったニョロ~」


 声のした方に首を曲げて視線を送ると、いつの間にそこに立っていたのか、見知らぬ女が立っていた。


 こいつ、魔力はかなり高いわね。

 それにこの感じ、魔族で間違いなさそうね。


 女は猫背で気怠そうに立っていて、身長は私より三十センチ程高いだろうか?

 紫が混じった黒色の髪は全体的に長髪で床を流れる水に浸かっていて、前髪も切っていないのか目が隠れている。

 身に着けているのはボロボロで地味な衣類で、裸足で靴なども履いていなくて、路頭に迷う家無しの貧民のようだ。

 腕はだらんと垂れ下がり、薄気味悪く小刻みに指を動かしている。


「ミーはこの西塔の番人を務める魔族ニョロ。アレース様からは愛情をこめて、ヘビ美と呼ばれているニョロ」


「アレース? ポセイドーンでは無いの?」


「様をつけろブス女ニョロ! ミーはアレース様の命令に従って、ポセイドーン神に一時的に協力しているだけだニョロ」


「あっそ。で? セレネを囲ってるこの猛毒、魔法みたいだけど、アンタがやったわけ?」


「その通りだニョロ」


「マジッスか? ハニー、よくわかったッスね?」


「別に驚くような事でも無いわよ。この猛毒とあの女の魔力が一致してるだけよ」


 とにかく、セレネを早く助け出して、私は今直ぐにでもジャスミンの許に向かいたい。

 こんな気味が悪い蛇女と楽しくお喋りなんて願い下げだ。


「リリィ、ここは私に任せるなのよ」


「え?」


「相手が魔族なら、私に分があるなの」


「本当?」


 訝しんで質問すると、スミレは頷いて自信あり気に答える。


「あのヘビ美とか言う魔族は、私が知らない魔族なのよ。こう見えても私は魔族の中ではトップクラスなの。それこそ、魔族で私の名前を知らない者はいない程と自信を持って言えるなの。その私があの魔族を知らないと言う事は、つまり、あいつは魔族の中でも下っ端って事なのよ!」


「成程ね。それなら任せたわ」


「任せるなのよ!」


 スミレが親指を立てて返事をすると、蛇女に向かって走り出す。


「ハニー、ボクにはフラグにしか聞こえないッス」


 ドゥーウィンが冷や汗を流して呟いたと同時だった。

 スミレが蛇女に飛びかかり、蛇女に触れられた途端に勢いよく天井に向かって吹っ飛ぶ。

 吹っ飛んだスミレは天井を破壊して、そのまま塔の外に消えていった。


「本当に使えないわね」


「凄いッスね。天井が壊れても、外から海水が入って来ないッス」


「あら本当ね」


 誰が作ったのかは知らないけれど、中々良い仕事をするわと感心する。


「お仲間が吹っ飛ばされたのに、随分と余裕ニョロ。流石は魔性の幼女の仲間と言ったところだニョロ。でも、油断しすぎだニョロ」


 蛇女がボソボソと呟いて、瞬きが一回も出来る程度の速さで、私の側にやって来る。

 ドゥーウィンが私に近づいた蛇女を見て驚く。

 蛇女が、私の側で驚いているドゥーウィンに触れようと手を伸ばしたので、それを受け止める。


「は、ハニーありがとうッス!」


 ドゥーウィンが少し涙目で私にお礼を言ったので微笑んであげる。


「あ、あれ? どういう事ニョロ?」


 蛇女が困惑して、焦った様子で私の顔を見つめた。


「何よ?」


「な、何で吹っ飛ばないニョロ!?」


「はあ?」


 意味の分からない事を言うので、少し苛立ちを覚えて睨んでやると、蛇女は体を一瞬震わせて私から距離をとった。


「ミーの能力の一つ【強制退去】が効かないなんて、そんなのあり得ないニョロ! ミーが触れた物は、どんなに格上の相手だって、それが神であろうと建物内であれば建物の外に吹っ飛ばせる能力なんだニョロ! なのに、何で吹っ飛ばないニョロ!?」


 なるほど。と、私は納得した。

 要するに、このへび美とか言う蛇女の能力で、スミレは強制的に塔の外へと吹っ飛ばされたという事だ。

 そしてこの蛇女は、私にも同じ様に能力を使ったと……。


 全くもって呆れてしまう。

 強制退去?

 何を言いだすかと思えばくだらない。


「何で私がアンタの都合で、ここから何もせずに出てあげなきゃいけないのよ? 私はそこにいるセレネを一刻も早く連れだして、ジャスミンの所に行かなきゃいけないの。そんなおままごとになんか、構ってあげる暇があるわけないでしょう?」


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