063 幼女のお花畑が止まらない
スミレちゃんの前世の名前は此花菫。
私は親しみをこめてスミレちゃんと呼んでいる魔族のお姉さん。
能力とは別で、嗅覚が鋭く、それは犬の嗅覚を遥かに凌ぐ。
どの位凄いのかと言うと、雨の日など、水で臭いが消えている状況下でも見事に匂いを辿れる意味不明な感じだ。
そんな意味不明なスミレちゃんの嗅覚の事を、すっかり忘れてしまっていた私は、スミレちゃんから匂いを辿ればいいと言われて思い出した。
「そう言えば、そんな特技があったんだっけ?」
「はいなのです! 幼女先輩の為に頑張るなのですよ」
スミレちゃんが笑顔を向けて話すと、リリィが顔を顰めて訊ねる。
「それよりスミレ、最初に確認するわよ? さっき龍族を撃ったのって、アマンダよね?」
え?
アマンダさん!?
「それもお見通しだったなのね。流石はリリィなのよ」
本当にそうなの!?
私は驚きを隠せずに、口を大きく開けた。
トンちゃんが耳元で「ご主人、顔が間抜けな事になってるッスよ」と教えてくれたけど、驚きすぎて聞こえない。
「やっぱりね。とりあえずアマンダと合流しましょう? このままここにいたら、お店を荒らした犯人と間違われるかもしれないし」
「てっきりリリィが暴れた後だと思ったなのよ」
「そんなわけないでしょ」
と言うわけで、私達は精霊さん達が助け出してくれた幼児化した人達を連れて、この場から移動する。
リリィの提案で幼児化した人を連れて行く事になる。
理由は、現状で元に戻す方法がわからず、このまま放っておくわけにもいかないからだ。
私としては、本当はセレネちゃんを今直ぐ助けに行きたかった。
だけど、だからと言って幼児化した人達を巻き込むわけにも放置するわけにもいかないので、私は助けに行きたい気持ちを我慢した。
そうして暫らく移動は続く。
裏路地だったり下水道だったり、何だかそれっぽい道を通りながら進んで行くと、断崖絶壁に囲まれた小さな砂浜に辿り着いた。
真っ白な砂浜は眩しくて、そこから見える海はお日様の光を浴びてキラキラと輝いていた。
そして、浅瀬の上に経つ小さな小屋。
小屋下から見える柱の長さが結構長くて、満潮の時の海の高さが目に浮かんだ。
多分、満潮の時は、今私がいる砂浜も海水で満たされるだろう。
それにしても綺麗だなぁと、私は海を見つめる。
水着があれば、今にも泳ぎ出したくなってしまうくらいだ。
って、あれ?
誰かが泳いで――るっ!?
私は驚いた。
気がつけば、と言うか、いつの間にかに目を覚ました幼児化した人達が海の中に飛び込んで遊んでいたのだ。
って言うか、気絶してたマモンちゃんまで一緒に遊んでる。
仲良いなぁ。可愛い。
マモンちゃんはレストランで捕まっていた時に気絶していたので、元気に遊んでいる姿を見て安堵する。
さっきまで気絶していたのに起きて早々に見覚えの無い場所で、知らない子達と遊び出す行動力に驚いたりもするけど、とりあえず考えないでおこうと心に決める。
だってマモンちゃんなんだもんと。
「ジャチュミンちゃんもいっちょにおよぎまちょー?」
「え?」
不意に声をかけられて、それと同時にワンピースのスカートを軽く引っ張られる感触を覚えて振り向くと、目を覚ました幼児化しているハッカさんがいた。
「ハッカさん。目を覚ましたんだね」
良かった。
何だか見た目どころか、中身まで幼児化しちゃった感じがするけど、とりあえずは目を覚ましてくれて良かったよ。
でも、自分が幼くなっちゃったのに全く動揺しないって事は、何があったか覚えてないのかな?
海で遊び出しちゃった人達も、普通に考えたら可笑しいもんね。
誰も戸惑ってる人がいないみたいだし、うん。
記憶が無くてもおかしくないよね?
ハッカさんが頬を膨らませて眉根を上げて私を見る。
「もお! おねえちゃんでちょ! ジャチュミンちゃん!」
え、ええぇぇぇっっ!?
そこは覚えてるの!?
って言うか、ヤバいどうしようすっごく可愛い!
「ハッカはお子ちゃまだから、お姉ちゃんになれないぞー! その点俺は、もう一人前の男だからな! ジャスミンのお兄ちゃんだ!」
レオさん!?
可愛い!
声に驚いて振り向くと、今度は幼児化したレオさんが得意気に可愛らしく笑っていた。
「レオきらーい!」
ハッカさんとレオさんが喧嘩をしだす。
何だこれ可愛い。
「連れて来て正解だったみたいッスね」
「う、うん」
トンちゃんが冷や汗を流しながら出した言葉に同意した。
実際、幼児化した皆に聞いて調べて見ると結構大変な事になっていた。
私の予想と反して、幼児化した人達は記憶を無くしてたりはしていなかった。
それにも関わらず誰も動揺しないのは、皆の思考が幼児化しているからだった。
そして、たまたまなのか、こういうものなのかはわからないけれど皆考え方がお気楽なのだ。
元に戻りたいかと聞けば今のままの方が楽しいと言ったり、一日中遊んで暮らせるから幸せなんて喋っていた可愛い。
色んな意味でヤバいのかも?
って言うか、なんだか皆、ちょっとおませな幼児って感じだよね。
それに凄く可愛い!
私はそんな事を考えながら、ワンピースのスカートを捲ろうとする男の子を捕まえて、後ろから抱きしめて可愛いを補充する。
離せとか言ってるけど、ちょっかいかけてきたのはこの子なので気にしない。
すると、ハッカさんとレオさんが羨ましそうな表情で、私に抱きしめられている男の子を見た。
私は男の子を離して、両手を広げてハッカさんとレオさんを迎え入れる。
皆可愛いなぁ。
ここは天国だよぉ。
「ご主人はもう駄目ッスね。頭の中がお花畑になってるッス」
「です。ニヤニヤしてて気持ち悪いです」
「幸せそうなんだぞ」
「ジャチュ、によによ~」
「して、スミレよ。ここは何所なんぢゃ?」
「ここはって、リリィ、この新しい精霊さんは幼女先輩の新しいお友達なの?」
「違うわよ。その子は大精霊のドリアードの分身。今はフォレ=リーツって名前で一緒に行動してんのよ」
「そうだったなの。よろしくなの――っよ!?」
スミレちゃんがフォレちゃんの魔法で木の根に縛られる。
「ここが何処だと聞いておるのだ」
「ごめんなさいなのよ! ここはアマンダさんの隠れ家なのよ!」
【ジャスミンが教える幼不死マメ知識】
嗅覚が優れているスミレちゃんは、実は私達に出会う前から、レストランの中にいるのが私達だって気がついていたんだって。
それどころか、港町に私達が来た時には既にいる事がわかってたみたいなの。
だから内心ヒヤヒヤしてて、気が気で無かったみたい。
知ってたなら会いに来てくれれば良いのにね~。




