062 幼女は再び先輩になる
私はポセイドーンのまさかの可愛さに心を奪われていた。
その横でリリィが顔を顰めて、マモンちゃんを抱えている方の、フードを被って顔を隠した女性をジーと見つめて呟く。
「スミレ?」
え?
スミレちゃん!?
「アンタ、スミレでしょ?」
私は一瞬にして正気に戻る。
スミレちゃんは、不老不死になる前にリリィと同じくいつも一緒にいた魔族のお姉さん。
そして、今は音信不通と言われていた。
そのスミレちゃんが目の前にいると言うのに、猫ちゃんの可愛さに心奪われている場合では無いのだ。
「スミレちゃんなの?」
私もリリィのように訊ねた。
すると、リリィと私に訊ねられたフードを被った女性は、顔を隠す様に横を向いた。
「ち、違うなのです。私はスミレなんて人では無いなのですよ。幼女先輩」
あ、うん。
これスミレちゃんだ。
はい。
間違いありません。
スミレちゃんは、私の事を幼女先輩と言っている。
それに特徴的な口調と言うか口癖の語尾。
私の事を「幼女先輩」と呼び、語尾に「なのです」とつける人なんて、この世にたった一人スミレちゃんしか存在しない。
「なんやバティン。おのれの知り合いか?」
「そ、そうなのよ! 私はバティン! スミレなんて日本人っぽい名前の魔族では無いなのよ! 幼女先輩、勘違いしないでほしいなのですよ!」
スミレちゃん、自分からばらしにいってるよ?
相変わらずのポンコツっぷりを披露するスミレちゃんを見て、私は何だか妙に安心する。
「スミレ、アンタ何でポセイドーンなんかと一緒にいるのよ?」
リリィがスミレちゃんを睨む。
すると、スミレちゃんが体を震わせて怯えながら喋る。
「そんなに睨まないでほしいなのよ」
あ、スミレちゃん、今絶対涙目になってる。
顔見えないけど、声が震えてるんだもん。
そうだよねぇ。
スミレちゃんはリリィのヤバさ知ってるもん。
睨まれたら怖いもんねぇ。
「ねえ、リリィ。可哀想だから睨まないであげて?」
「え? でも……」
「お願い」
「仕方が無いわね~」
「幼女先輩、相変わらず優しいなのですよ」
私とリリィとスミレちゃんが微笑み合う。
「なんスか? この茶番」
「皆仲良しなんだぞ」
「がおー」
「ジャスミン様、取り込んでおる所悪いのぢゃが、ハッカが幼児化されてしまっておるぞ」
「え!?」
スミレちゃんの登場で、うっかり忘れてしまっていたけど、今は和やかにお話している場合では無かったのだ。
私は捕まってしまっているハッカさんに視線を向ける。
ハッカさんはフォレちゃんが教えてくれた通り、幼児化させられてしまっていた。
「なんや嬢ちゃん達おもろいのう。おいバティン。この嬢ちゃん達はおのれの知り合いやろ? やり辛いやろうから、おのれはさっさと戻れ」
戻れ?
マモンちゃんがどっかに連れて行かれちゃう!
「わ、わか――」
「スミレ」
スミレちゃんがポセイドーンに返事をしようとしたその時、リリィがスミレちゃんにニッコリと微笑み名前を呼んだ。
その瞬間、私の目の前で見事な裏切りが発生する。
スミレちゃんが、私とリリィの側にやって来てポセイドーンに叫ぶ。
「協力するのはここまでなのよ! リリィを敵にまわしたら命が幾つあっても足りないなの!」
あ、うん。
私もそう思うよ。
「はあ? おのれはワテの顔に泥塗る言うんか!?」
「睨んだって無駄なのよ! お前なんて、リリィに比べたら生まれたばかりの小鹿なのよ!」
何その例え?
凄く可愛い。
「ほお。ええ度胸やないか? おのれ、死ぬ覚悟はできとるんやろーな?」
「覚悟するのはそっちなのよ!」
スミレちゃんがフードを取って顔を出し、涙目でポセイドーンと睨み合う。
そしてその時、私は気がついた。
あれ?
髪の毛がなんか違う?
スミレちゃんと言えば、見た目が魔族な感じのお姉さん。
私と違って、前世も女性だった転生者。
黒めな目にルビーの様な赤い瞳。
スタイルが良くて、ローブで体のラインが分かり辛い今でも分かる位には胸もある。
髪の毛は赤黒く、燃え盛る炎の様に常時メラメラとなびいている。
そう。
その炎の様になびく髪の毛が、今は何故かしおしおになっているのだ。
私がスミレちゃんの髪の毛の変化に疑問を抱いたその時、またもや事態は急激に変化する。
「主様! チャンスなんだぞ!」
プリュちゃんが大声を上げて指をさす。
「え?」
私はプリュちゃんが指をさした方へ視線を向けて驚いた。
何があったのかはわからないけど、龍族のお姉さんのメールがハッカさんを床に落として、ハッカさんを抱えていた腕を抑えていたのだ。
よく見ると、抑えられたその腕からは血が流れていた。
今は考えている時じゃない!
私は直ぐに重力の魔法を使って、床に倒れたハッカさんを引き寄せる。
そして、ハッカさんを引き寄せた直後、私は何が起きていたのかを知る。
「ちっ! またか!」
「どっから撃ってんのさ!?」
メールの腕から流れる血の正体。
それは、何処かから放たれた銃弾、狙撃によるダメージだったのだ。
マーレとメールを無数の銃弾が襲う。
2人はそれを躱しきれない様で、身を守って致命傷を防ぐ。
「厄介なんがおるな。しゃあない。お前等撤収するで!」
ポセイドーンが声を上げると、マーレとメールが目にも止まらぬ速さでいなくなった。
そして、ポセイドーンが私に視線を向けて笑う。
「アルテミスは頂いて行くで」
「ジャス!」
「セレネちゃん!」
私は叫び手を伸ばす。
だけど、ポセイドーンとセレネちゃんを抱えたフードを被った女性は消えてしまった。
「そんな……」
私は伸ばした手の行き所を無くして、そのまま手を降ろ――せない。
私の伸ばした手をスミレちゃんが握ったのだ。
「幼女先輩、さっきの子はやっぱり知り合いだったなのですか?」
「え? うん。そうだけど?」
「なら、今から助けに行くなのですよ」
「え? 助けに行くって言っても、何処にいるか分からないし……って、あぁ。そっか。スミレちゃんは、さっきまでポセイドーンの仲間だったみたいだし、連れて行かれた場所がわかるんだ?」
「そんなのは知らないなのです」
え?
知らないの?
「ポセイドーンは拠点を念入りに変えるので、多分、私が裏切ったから別の場所に変えてるはずなのです」
「それじゃあ、どうやって助けに行けば……」
私がスミレちゃんの言葉を聞いて肩を落とすと、スミレちゃんが笑顔で答える。
「忘れたなのですか? 私の嗅覚からは逃げられないなのですよ」




