043 幼女のパンつよい
自称勇者のレオに睨まれて、私は困惑して目を逸らす。
と言うか、料理の好みなんて人それぞれなんだから、一々怒らないでほしい。
うぅ……。
このレオって人、ガラが悪い感じがして苦手だなぁ。
私がそんな事を考えて、逃げ出したくなる気持ちを抑えていると、レオが私を鋭く睨みながらエプロンを脱ぎ捨てた。
エプロンを脱ぎ捨てると、如何にもな感じの、RPGで冒険者が着ていそうな服が姿を現した。
よく見ると、肩には鉄の肩当と、そこからはマントもついている。
私がそれを見て、勇者と言うよりは勇者に憧れる冒険者みたいだなぁと考えていると、フォレちゃん達が話し出す。
「ラーヴも災難ぢゃったのう。こんな男の不味い料理を食わされて、さぞ辛かったであろう?」
「ホントッスよね~。元気出すッスよ、ラーヴ」
「がお」
ラヴちゃんが返事をした丁度その時、レオが剣を抜いたと同時に、そのまま大きく縦に振るう。
その瞬間に、斬撃が飛翔しテーブルが真っ二つになって、料理を乗せたままテーブルが崩れてしまった。
「きゃっ」
うわぁ。勿体無い。
食べ物を粗末にしちゃダメだよ。
「おい精霊共、今何て言った? ぶっ殺されてーのか?」
レオが眉根を上げて眉間にしわを寄せて、右手で額を押さえながら、トンちゃん達を睨む。
だけど、フォレちゃんは全く動じない。
それどころか、レオを哀れむ様に見つめて言葉を返す。
「勇者と言っても、やはり自称勇者ぢゃな。気に入らぬ事に怒り暴力をまき散らす。なんと情けなく愚かな小僧ぢゃ」
「あ゛あ゛っ!?」
「ご主人、この自称勇者って全然勇者っぽくないッスね。ただのチンピラッス」
「え? えーと……」
て言うか、トンちゃんも動じて無いね。
何て言うか、流石って感じだよ。
「ちょっと、トンぺ~。そんな事言ったらチンピラに失礼っしょ。あんなん鼻糞よ」
セレネちゃん、セレネちゃんが一番失礼だよ?
「マジでキレたわ。おいガキ共、勇者様に殺される事を、光栄に思えよ?」
レオが剣を構えて、目に見える程の魔力が剣に集束されていく。
ほらー!
すっごい怒っちゃったよ!
とにかく目的は果たしたんだもん。
ここは一先ず――
「皆逃げよう!」
私の言葉を合図に、トンちゃんは私の肩の上に乗り、ラヴちゃんはポーチの中に入り、セレネちゃんは誰よりも早くここから飛び出して、リリィもその後に続いた。
そして、私もここから出ようとして気がついた。
あれ?
フォレちゃんは!?
後ろへ振り向く。
「フォレちゃん!?」
なんと、フォレちゃんは逃げる事なくテーブルの上に立ち、周囲に魔法で気の根を生え巡らせていた。
「逃げる? 不要ぢゃな。こ奴程度の愚か者など、妾一人で十分ぢゃ」
ど、どうしよう?
よくわからないけど、フォレちゃんがやる気満々だよ!?
「良い度胸だな糞精霊! 八つ裂きにしてやるぜ!」
「貴様こそ、どんな理由であれ食料を粗末に扱った罪、身をもって知るがよい」
え? じゃあ、フォレちゃんが逃げない理由って、自称勇者が食べ物を台無しにしちゃったからなの!?
フォレちゃん、かっこいい!
フォレちゃんとレオが同時に動く。
私達がいるこの個室全体から木の根がミキミキと勢いよく現れて、レオに向かって根を伸ばす。
レオはそれを斬りながらフォレちゃんに接近し、フォレちゃんを間合いに入れた。
フォレちゃんはレオが近づくとニヤリと笑みを浮かべ、レオの顔に何かを投げつけ……差し出す。
「これがジャスミン様のパンケーキぢゃ!」
フォレちゃん!?
私は驚いた。
今までのフォレちゃんであれば、生やした木の根で相手を攻撃していたのに、今回はそれをしなかったからだ。
と、言いたい所なのだけど、そんな事は最早どうでも良い位に驚いていた。
何故なら……。
「くだらねえ!」
レオが目の前に差し出されたそれを、剣を持っていない左手で払う。
「そんなもの食うわけがねーだろーが!」
レオが眉根を上げて眉間にしわを寄せて、左手で額を押さえてそう怒鳴り声を上げた時、フォレちゃんがレオに差し出した物がパサリと顔を覆う。
「ちっ、何だこれ?」
レオが自分の顔を覆ったそれを顔から取って見る。
「パンツ……?」
はい。
そうです。
私のパンツです。
って嘘でしょう!?
何で!? 何で私のパンツなの!?
「む? しまったのう。パンケーキと間違えて、隠し持っておったジャスミン様のパンツを出してしもうた様ぢゃ」
隠し持たないで!
最初から説明しましょう。
何が起きたのかを。
フォレちゃんがパンケーキをレオに差し出したと思ったのだけど、何がどうなってかは知らないけど、それはパンケーキでは無く私の昨日穿いていたパンツだったのだ。
そして、それをレオが掃ったのだけど、きっと一瞬の出来事でレオも気がつかなかったのだろう。
パンツを掃った手で額を触り、掃ったと思った私のパンツが手にくっついていたせいで、それが顔に覆いかぶさったのだ。
パンツと呟いた瞬間に、レオが動きを止めて、みるみると顔を赤くさせていく。
そして、顔を赤くさせたのはレオだけじゃない。
「返して!」
勿論私も顔を真っ赤にさせて、レオに向かって叫ぶ。
レオと目が合い、レオが私と手に持ったパンツを交互に見て、更に顔を赤くさせる。
私のパンツを持って顔を赤くさせるレオからは最早先程までの勢いは無く、むしろ思春期の子供かと言いたくなる様な反応な為、一気にこの場を張り詰めていた空気が抜ける。
セレネちゃんは呆れて近くにあった椅子に座ってくつろぎ、リリィもホッと胸を撫で下ろし、トンちゃんは私の肩の上で座りながら笑いを堪えて、ラヴちゃんはお腹いっぱいでお昼寝タイム。
だけど、その時事態は悪化する。
「レオ? アンタ、それ、ジャスミンちゃんのパンツなの?」
なんと言うタイミングなのだろう。
レオの恋人件仲間のハッカさんが現れて、レオが手に持つ私のパンツに指をさした。
「は、ハッカ!? ち、違うこれは!」
事態は更に悪化する。
何故なら、レオは慌てて私のパンツを隠そうとしたのか、懐にしまい込んでしまったからだ。
「レオ……っ」
ハッカさんが重く低い声でレオの名を呼び、一瞬にしてこの場がしんと静まり返る。
今この場で聞こえるのは、私の肩の上にいるトンちゃんの、ぷぷぷと笑いを堪える声だけ。
私は、この修羅場で、最早顔を真っ赤にさせる余裕は無い。
レオと口にしたハッカさんの顔を見て、私はその顔の形相が怖すぎて、今度は顔を真っ青にさせていた。
ハッカさんがレオを睨みつけながら口を開く。
「レオ、そのパンツを私に返しなさい!」
え? そっち?
って言うか、返しなさいって、それハッカさんのじゃないよ?
私のパンツだよ?




