036 幼女は道のど真ん中で注目の的になる
「ジャス、あなたは神の連中から、命を狙われているわ」
セレネちゃんの言葉が、私に重くのしかかる。
正直、私は今もの凄く動揺していた。
セレネちゃんの言う通り、神様達から命を狙われているかは分からない。
だけど、アプロディーテーさんからは、私は少なくとも命を狙われている。
それだけじゃない。
何故かフェルちゃんが私を拘束しようと魔法を使った。
事情は分からないけれど、何かあるのは間違いない。
だって、フェルちゃんが私に、望んでやったとは思えないからだ。
そして……。
私はリリィを見た。
まだ震えている様で、とても不安そうな表情をしている。
私はリリィの手を握って、顔を見上げて優しく微笑む。
「大丈夫だよ。それとリリィ、ここまで運んでくれてありがとー。でもね、次からは私がリリィを護るからね」
「ジャスミンちゃん……」
リリィの手に力がこもる。
私もそれに答えるべく、リリィの手をギュッと握った。
動揺なんてしてる場合じゃない。
今のリリィは記憶を無くしてるんだ。
私がしっかりしないとダメだよね。
絶対リリィを護るんだ!
「ってかさ、フォレって凄いのね。助かるわ~」
セレネちゃんがフォレちゃんに感謝を述べて、道の真ん中で着替え始め……着替え始めた!?
私はその時気がついた。
「きゃーっ!」
私の声が響き渡り、道行く人達の視線を集め注目される。
「痴女だ」
「痴女ね」
と、見事に注目した人達が声を揃えて呟いた。
皆さんお解り頂けただろうか?
そう。
私は今、と言うか、私とリリィ、そしてお着替え中のセレネちゃんは、タオル一枚の露出狂の変態となっていたのだ。
それもその筈だろう。
何故なら、さっきまでマッサージを受けていたからだ。
と言うか、恥ずかしすぎて私の顔は、湯気が出ているんじゃないかと言うくらいに真っ赤になっている。
私はリリィの手を握ったまま引っ張って、急いで路地裏に向かった。
「ほら、ジャスもリリーも早く着替えなって」
「え?」
言われて振り向くと、セレネちゃんはお洋服を着ていた。
あれ?
何でって、あっ。そっか。
さっき着替えてたよね?
「ジャスミン様とリリーの分も、しっかり回収しておいたぞ。ほれ」
フォレちゃんが私とリリィのお洋服を目の前に出す。
私はマジマジと目の前に出されたお洋服を見つめて、いつの間になんて思いながら受け取る。
「あ、ありがとー! でも、いつの間に回収出来たの? そんな暇無かったと思うけど……」
「これ位は容易いものぢゃ。妾の木の魔法で、木の根を使って回収したのぢゃ」
「そうだったんだ。流石だよぉ」
「うむ」
私なんて、本当に何も出来なかったもんなぁ。
私もフォレちゃんを見習わないとだよ。
って、そんな事より。
決意を新たに、リリィと一緒に急いでお着替えを遂行する。
これは極めて重大な任務で、一秒でも早くやり遂げなければいけないのだ。
ここが路地裏だからと言って、安心してはいけない。
私は、お着替えが覗かれない様に、まずは土の魔法で周囲に強固な鉄の壁を出現させる。
そして、上空からも覗かれない様に、立派な屋根も作り上げた。
こうして、私は簡易な着替え室を作り上げ、無事にお着替えをやり遂げた。
すると、それを何故か呆れた様な表情で見ていたセレネちゃんが、私に話しかける。
「とにかくさ。ジャス、わかったっしょ? あいつ等と友達なんて無理。頭おかしーのしかいないんだから」
「そうぢゃな。ジャスミン様の考えは素晴らしいが、あの様な下賤な輩、友人にするなどやめた方が身の為ぢゃ」
「ううん。私は諦めないよ」
確かに、アプロディーテーさんは頭がおかしい。
マッサージ店のオーナーさんなのに、お仕事中にお客さんのお尻をこれでもかと言うくらいに揉みまくる変態さんだよ。
だけど、それとこれとは別のお話。
「例えアプロディーテーさんが変態のロリコンさんでも、きっと仲良くなれる筈だもん!」
私が力強く宣言すると、セレネちゃんが眉根を下げて首を傾げた。
「そこなんだよね~」
「え? そこ?」
セレネちゃんの返しに私が首を傾げると、セレネちゃんが失笑して話し出す。
「アプロディーテーって、確かに元々男嫌いの変人で、美だとか愛だとか言ーながら、身の回りに女しか側にいさせなかったのよ~。でも、ロリコンでは無かったのよね~」
「え? そうなの?」
「恐らく、ジャスミン様の魅力的なお尻の影響ぢゃな」
いやいやいや。
流石にそんなおバカな事ないよ。
「ありえるわねー。アプロディーテーずっとジャスのお尻触ってたし、マジでありえるかも」
確かにずっと触られてたけど……。
「セレネちゃんと会っていない間に、そっちの方面に目覚めただけじゃないかな?」
「そーかしら? 私はジャスのせーだと思うな~」
「うむ。ジャスミン様のお尻の魅力に、美の神も魅了されてしまったのぢゃろうて」
えぇぇ……。
2人が納得する中で、私が1人で納得いかずにいると、黙って聞いていたリリィが私の肩を叩いた。
私は何だろうとリリィに視線を向けると、リリィはもじもじしながら呟く。
「お、お手洗いに行きたいのですけど、何処にあるか知っていますか?」
か、可愛い。
リリィのもじもじ凄く可愛い。
緊張が解けてしたくなっちゃったのかな?
はぁ、可愛いなぁリリィ。
恥じらい方とか、凄く年相応の女の子だもん。
見た目はお姉さんになっちゃったリリィだけど、やっぱり中身は10歳の女の子だから、記憶を無くすとこうなるんだなぁ。
って、そんな事考えている場合じゃないよね!
今はおトイレだ!
◇
ここは、マッサージ店のとある個室。
私達が逃げた後、ここでは恐ろしい事が起きていた。
そう。私は愚かにも忘れてしまっていたのだ。
ラヴちゃんが先に来ていた事を。
ラヴちゃんを助ける為にマッサージ店に入ったというのにだ。
ラヴちゃんは個室に閉じ込められ、幾度とない拷問を受けていた。
「が、がお。お腹いっぱい……」
「ちっ。おいおい、精霊さんよお? お腹いっぱいとか甘い事言ってんじゃねーぞ? まだまだ料理は沢山あるんだからな!」
食べ過ぎて、ぽっこりとお腹がふくれてしまったラヴちゃん。
お腹をさすり、けぷっとげっぷを吐き出して、首を横に振って無理だと訴える。
それだと言うのに、非道にも自称勇者が料理を振る舞う。
「さあ食べろ! そしてどれが一番美味かったか教えろ!」
「がお……」
ラヴちゃんは涙目になりながら、目の前に置かれてしまった料理を見た。
「俺のこの、女神アプロディーテー様の加護の力、料理倍速上達の力で、アプロディーテー様を満足させる! そうすれば、あの方が不快に思っている男の俺でも、きっと認めてくれる筈さ! そしてお前には、その手伝いをして貰う! 練習用の材料なら、ちんけな村で手に入れて来たんだ! さあ食え! どうしても食えないなら、三十分だけ待ってやる! その間に消化しろ!」
「ジャチュ……」
ラヴちゃんが一粒の涙を流す。
「三十分で消化しきれないなら、一時間でも二時間でも待ってやる! 但し、その時は料理が冷めてしまってるから、お前の火の魔法で温め直すんだ!」
自称勇者の非道な行いは、誰にも止める事が出来ない。
ラヴちゃんは涙を流しながらも、アレが美味しいコレは不味いと評論していく。
自称勇者の拷問は続く。
それを、私はまだ知る由も無かった……。




