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035 幼女は美の神にドン引きする

 リリィと睨み合いをしながら私のお尻を揉んでいる女の店員さんが、神様のアプロディーテーだとセレネちゃんから聞いて私は驚いた。

 まさかこんな所で、こんな形で出会ってしまうとは思わなかったからだ。

 それに、アプロディーテーは他の店員さんと同じ格好をしていて、本当にこのマッサージ店の店員さんとして馴染みすぎていた。

 マッサージのお店に行くとよくいるお姉さんって感じなのである。

 そんなわけで、どう見ても神様になんて全く見えない。

 でも、今はそんな事より……。


 いい加減私のお尻を揉むのを止めて?

 もうこれ、絶対マッサージじゃないよ。

 完全に事案だよ!


 神様であるアプロディーテーには、セレネちゃんの吸血能力が効かない。

 それは察する事が出来るし、仕方が無いと思う。

 だけど、アプロディーテーともう一人、私のお尻を揉んでいる店員さんもいる。

 だから、私はセレネちゃんに眉根を下げながらお願いする。


「せめて、もう一人の方をどうにかしてもらっても良いかな?」


 セレネちゃんは私がお願いすると、もう一人の店員さんに視線を向けて頷いた。

 そして、私に視線を戻して、首を横に振る。


「アプロディーテーの加護が邪魔して無理っぽい」


「そんなぁ……」


 神様の加護って、かなり強力なんだよね?

 精霊さん達の持つ自然の加護の力より強いって言ってたし。

 うーん……。


 私がどうしたものかと悩んでいると、フォレちゃんが私のピンチに気がついてくれた。


「おい貴様、誰の許可を得てジャスミン様のお尻を触っておる?」


 小さくて可愛らしい姿になっても、流石は大精霊だ。

 一瞬で場の空気が凍り付く。

 フォレちゃんの可愛らしいおめ目が鋭く細められ、アプロディーテーと店員さんを睨みつける。


「――っ!?」


 店員さんはフォレちゃんに睨まれて怯み、私のお尻から手を退けてくれた。

 だけど、アプロディーテーには通じない。

 やっぱり、アプロディーテーも神様だけあって、全く動じずにフォレちゃんと目を合わす。


「へえ~。姿は木の精霊だけど、貴女、大精霊ドリアードね?」


 嘘!?

 フォレちゃんの正体を見破った!?


「ほう、其方、ただの変態では無いようぢゃな」


 場が静まり、アプロディーテーが私のお尻から、ようやく手を離す。

 そして、アプロディーテーはリリィの手を払いのけて腕を組む。


「私の名はウェヌス。この店のオーナーよ」


 え? ウェヌス?

 お店のオーナーさん?

 アプロディーテーじゃ?


「ウェヌス? 何言ってんのあんた? ばっかじゃない? あんたアプロディーテーでしょ? 偽名とかサイテー」


「え?」


 セレネちゃんとアプロディーテーの目がかち合う。

 呆れた表情のセレネちゃんは立ち上がり、アプロディーテーに指をさす。


「私の命を奪った罪、その身を持って償って貰うかんね!」


 私の命を奪ったって……。

 セレネちゃん、私ね、決めつけは良くないと思うの。


「その容姿、面影がある! まさかアルテミス!?」


 アプロディーテーが目を見開いて、口を手で押さえて驚く。

 その様子に、さっきまで私のお尻を触っていた店員さんも動揺してうろたえる。


「そーよ! そのアルテミス様よ! って言うか、なーにがウェヌスよ! いつからあんたはマッサージ店のオーナーになったってのよ!?」


「そ、それは、この世界で生きる上で、名前も変えた方が良いかな~って思って……。それに、お店のオーナーって言うのも、嘘じゃないのよ」


 あれ?

 何だろう?

 私、アプロディーテーさんが凄く良い人そうに見えるよ?

 変態だけど。

 って言うか、動揺しながら私のお尻を触らないでくれるかな?


「あ、貴女こそ、どうしたのよその体。とってもキュートで、この女の子の次に可愛いくらいだけど、貴女以前はもっとセクシー系だったわよね?」


「こっちにも事情が! ……って、あれ? アプロディーテー。あんた、私がこうなった理由知らないの?」


「知るわけないじゃない。私は十年前から、この世界でここのオーナーとして生活してるのよ」


「それを早く言いなさいよ!」


 どうやら、空振りだった様だ。

 セレネちゃんはご機嫌ななめな表情で、その場で乱暴に座った。

 アプロディーテーさんも、私のお尻から手を離して、近くにあった椅子に腰かけた。

 すると、セレネちゃんに操られていない方の、私のお尻を揉んでいた店員さんがアプロディーテーさんの横に立つ。


「ウェヌス様。もしかして、この幼女達はアレース様が言っていたターゲットですか?」


 ターゲット? って、あっ。そっか。

 アレースさんは戦争を起こそうとってあれ?

 戦争を起こす事と、私達に何の関係があるんだろう?


「ええ、そうよ」


 アプロディーテーさんが返事をしたその時、私は何故か場の空気が変わるのを感じた。

 アプロディーテーさんはセレネちゃんにではなく、私と視線を合わせる。


「ジャスミン、と言ったかしら? アレースの話では、この子を殺す事で世界が戦争に包まれると言っていたわ」


「え?」


 一瞬にして場の空気が張り詰めて、アプロディーテーさんが妖美に微笑んだ。

 そして、急ぐ様にフォレちゃんが私の前に立ち、両手を前に構える。

 その瞬間、フォレちゃんの構えた両手に、突然バチバチと電流が走って火花が散った。


「フォレちゃん!」


「問題無い。この程度の魔法、妾には通じぬ」


 ごくりと、私は唾を飲み込む。


 気がつけば、操られていた筈の店員さんも、アプロディーテーさんの横に立っていた。

 それだけじゃない。

 私には一瞬の出来事で見えなかったけど、電流を、雷の魔法を放ったのは、その店員さんだったのだ。

 その証拠に、店員さんが右手を構えていて、そこから煙が立ち上がっている。


「アプロディーテー、どー言うつもり? 私はてっきり、あんたは関係ないと思ったんだけど?」


「まあ、確かに関係ないわね。でもね、アルテミス。貴女がそうなってしまった理由は知らないけれど、アレースの提案には賛成してるのよ。私は美の神アプロディーテー。汚い物は嫌いなの。ここまで言えば解るでしょう? この世界で戦争を起こせば、汚い男共を一気に処分出来る。素敵だと思わない?」


 アプロディーテーさんが妖美に笑う。

 その笑みは、とても美しいと言えるようなものではなく、不気味だと私は感じた。


 そんな理由で戦争!?

 アプロディーテーさんは、良い人じゃない。

 全然良い人じゃなかったよ。

 むしろヤバい系の人だったよ!


 私がアプロディーテーさんに引いたその時、私の頭上に魔法陣が出現して、突然体が重くなる。


「うきゃっ」


 お猿さんみたいな声がでちゃった、って、そんな事考えてる場合じゃない!

 これって重力の魔法だよね!?

 誰が……え?

 嘘だよね?


「フェール! 其方、どう言うつもりぢゃ!?」


「申し訳ないですけど、ジャスミン、貴女を拘束させてもらいますの」


 そう。私を襲ったのは重力魔法。

 そして、それを使ったのはフェルちゃんだった。


「この程度の魔法が、妾に破れぬとでも思うたか!?」


「っ!」


 フォレちゃんが私の頭上を手で掃い、その瞬間に重力の魔法が解かれる。

 そして、フォレちゃんはリリィに叫ぶ。


「リリー! 分が悪い! ジャスミン様を連れて逃げるのぢゃ!」


「は、はい!」


 リリィは返事をして、私を抱き上げた。


 リリィ……?


 今まで気がつかなかったけど、リリィは凄く震えていた。

 記憶を無くして、普通の女の子になったリリィには、今のこの状況が恐ろしくて堪らなかったのだろう。


「セレネ! 行くぞ!」


「もう! 仕方が無いなー!」


 私はリリィに抱えられながら、フォレちゃん達と一緒にお店の外に逃げ延びた。

 いいや、逃げ延びたわけではなく、逃がされたのかもしれない。

 何故なら、追手が来なかったからだ。


「あーっ。マジムカつく。でも、これでハッキリ解ったわ」


 セレネちゃんが、リリィに降ろしてもらっている私に視線を向けた。

 そして、真剣な眼差しで言葉を続ける。


「ジャス、あなたは神の連中から、命を狙われているわ」


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