033 幼女の親友は理想的
リリィが記憶喪失になってから早三時間。
私達は今、プルソンさんが宿泊している宿に来ていた。
記憶喪失になってしまったリリィを連れて、ハープの都の中でも一番大きな病院で診てもらい、その後同じ宿で宿泊する事にしたのだ。
プルソンさんはお仕事があるので、今ここにはいない。
今ここにいるのは、私とセレネちゃんとフォレちゃんと記憶喪失のリリィの4人。
トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんは、調べ物をすると言って何処かへ行ってしまった。
「このパンケーキ、とっても美味しいですね。ジャスミンちゃんが作ったのですか?」
「う、うん」
私はリリィを見つめて、自分の軽口で大変な事になってしまったと後悔する。
何だか、凄く遠ざかっちゃった。
絶対敬語なんてリリィは使わないのに使ってるし、ジャスミンちゃんだなんて、なんだか距離を感じるよ。
それなのに……それなのに……。
「ねえリリー。ちょっとソレ取って」
「はい。ハチミツですか?」
「そうそう。それそれ」
「やはりジャスミン様のパンケーキは美味ぢゃのう」
……うん。
「何で皆そんなに呑気な感じなの?」
はい。そうなのです。
リリィが記憶喪失になってしまったというのに、私以外の皆が凄くいつも通りなんです。
って言うか、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんに至っては、いつも通りだからこそ何処かへ行ってしまったくらいだ。
「全然呑気じゃないわよ~。アプロディーテーが、このハープの都にいるってわかったし、これからの殺し合いに備えなきゃじゃん。腹が減っては戦が出来ぬって、ジャスの前世の世界のことわざにもあったっしょ?」
「え、うん。でもぉ……」
「ジャスミン様、心配せずともリリィは大丈夫ぢゃ」
「本当?」
「うむ。リリィの事ぢゃ。その内ジャスミン様のパンツを見たいと言い出すに違いない」
「フォレちゃん……」
それは言いださなくて良いかな。
「私、普段そんな事を言っているのですか?」
リリィが若干引きながら眉根を下げて、私と目を合わせて訊ねた。
いつものリリィと全然違う雰囲気に、私は苦笑して答える。
「そうだよ。やめてって言ってるのに、いつも私のパンツを見ようとスカートを捲ろうとしてくるの」
「そんな酷い事をしていたなんて……ごめんなさい」
「リリィ……」
どうしよう?
何だか涙が出てきちゃう。
だって、だって……。
「そんな事、二度としないわ。だから安心して」
「うん!」
何だかこのままでも良い気がしてきたよ。
って言うか、ほら見てよ?
今のリリィって、凄くいつもより私の事を考えてくれてるの。
実は今、私の膝の上にはブランケットがあった。
何故か?
そんなの決まってる。
いつも通り胡坐をかいて座った私に、リリィがそっと自然にかけてくれたからだ。
正直に私は驚いた。
だってそうでしょう?
今までのリリィなら、ブランケットをかけるなんてしないと言うか、むしろパンツをガン見するのだ。
それが今はどうだろう?
ガン見しないどころか、持ち前の優しさで気遣いを自然にやってのけるのだ。
最早、今のリリィは美人でスタイルも良くて、優しくて気遣いの出来るエッチじゃないパーフェクトリリィと言っても過言では無い!
もし私が男の子だったら、放っておけない位に理想的で魅力あふれる女の子だ。
って、ダメだよ私!
確かに今のリリィは理想的だけど、そんな風に考えちゃダメなんだからね!
私は目の前のリリィの魅力に心奪われそうになったけど、自分にそう言い聞かせて冷静を取り戻す。
するとその時、フォレちゃんが真剣な表情をして話し出す。
「セレネ。アプロディーテーと自称勇者ぢゃが、少々厄介かもしれぬの」
「へ? いきなり何?」
「今、勇者と名乗った男を見つけたと、ラーヴから連絡を受けた」
「え!?」
「ま!?」
私とセレネちゃんが同時に驚き、フォレちゃんに注目する。
「実は、ラーヴには自称勇者を捜させておったのぢゃ」
そっか。
調べものって、お風呂屋さんで会ったあの人達の事だったんだ。
連絡を受けたって事は、加護を利用して通信をしたって事だよね?
そう言う事なら、私にも教えてくれれば……って、私はリリィの事で頭がいっぱいで、それどころじゃなかったもんね。
気を使ってくれたんだろうな。
皆には、後でいっぱいお礼を言ってパンケーキを作ってあげよう。
「あのさー。別にどーでもいんだけど、厄介って何?」
「どうやら、地の大精霊ノームを従えている様なのぢゃ」
「は?」
「フォレちゃん、従えているって、どういう事なの?」
「すまぬが妾にもまだ解らぬ。ラーヴの報告は、ノームが自称勇者に従っていたという事だけぢゃ。ラーヴも真相を突き詰めるべく、これから奴等の後をつける様ぢゃ。暫らくは念の為通信を切断すると言っておった」
後をつけるって……。
そんなの危険だよ!
って、考えてる場合じゃないよね!
「私達も行こう!」
私は立ち上がり、ポーチを腰につけてマントを羽織る。
リリィの記憶喪失はとりあえず後回しにしよう。
今はラヴちゃんの身の安全を優先しなきゃだもん!
ラヴちゃん、今すぐ行くからね!




