032 幼女と親友の身に起こる事件は突然やってくる
ここはハープの都の有名なお風呂屋さん。
肌に良いと言われるこのお風呂屋さんのお風呂は、乙女達に大人気。
今日も己を磨く為、乙女達は我先にとお風呂を目指し、そして、困惑する。
何故困惑なのかって?
そんなの聞くまでもない事。
男湯は今、女の子であふれていたからだ。
あふれると言っても、私とリリィとセレネちゃんとラヴちゃんとフォレちゃんだけだけど。
でも、リリィは一見10歳には見えない程にスタイルが良いので、リリィ一人いれば困惑するには十分過ぎる位ではあった。
もちろん、だからと言ってエッチな目で見る人は一人もいない。
だって皆、心が乙女だもん。
同じ乙女同士な私達に、そんな邪な感情は不要だもんね。
「リリィ、ちょっとだけ頭を前に出してもらっていい?」
「勿論よ~」
そう返事をして、リリィはだらしない笑みを浮かべながら頭を下げる。
私はリリィの頭を抱き寄せて、リリィの頭についている泡を綺麗に流した。
さて、私が今何をしているのかと言うと、リリィの頭を洗ってあげている真っ最中だ。
結局男湯に来たリリィは、私と一緒にそのまま男湯に入る事になったのだ。
真っ赤な顔で倒れたオぺ子ちゃんは、リリィに勝負で負けて落ち込むちょっと涙目のマモンちゃんが介抱している最中だ。
トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんは、3人で女湯を楽しんでいるらしい。
私はリリィの頭を洗い終わると、今度はセレネちゃんの頭を洗い始める。
この後、ラヴちゃんとフォレちゃんの頭も洗ってあげないといけないので、結構大変だ。
プルソンさんは、そんな私を見て苦笑していた。
そうして、頭に続いて、背中の流し合いっこをし終えて湯船に浸かる。
私は久しぶりのお風呂で、疲れがとれていくのを感じながら、ラヴちゃんと一緒にボーっと堪能する。
「って言うかさ~。流石にリリーが男湯はヤバいよね~。何人か本気で困ってんじゃん」
セレネちゃんが、その何人かをチラッと見るので、私もつられて見る。
確かに、何人かは心が乙女じゃなさそうな人もいて、気にしている感じがした。
「私じゃなくて、きっとジャスミンよ。この世のものとは思えない可愛さだもの」
それは無いと思うなぁ。
「そうぢゃな。妾もジャスミン様の裸体を見れて、もう死んでも構わんとすら思ったのぢゃ」
死んじゃダメだよ?
「ふっ。甘いわねフォレ。私はそんな事思わないわ。むしろ、永遠と見ていたいと思ってるわ」
見なくていいよ?
「永遠……ぢゃと!? リリー、やはり其方は妾の唯一無二の好敵手の様ぢゃな。ジャスミン様を娶るには、やはり其方を越える必要があるようぢゃ」
娶られるつもりは無いよ?
「いつでもかかって来なさい。まあ、私はジャスミンを誰にも渡すつもりは無いけどね」
リリィのものでもないよ?
全く困った2人である。
私は前世がおっさんだったから、確かに可愛い女の子と言うか幼女が大好きだけど、それとこれとは別の話なのだ。
でも、前世がおっさんだったのもあって、男の子とつきあう気もないし結婚する気も無い。
私は一生独身で生きていくのだ!
などと、私は残念思考を巡らせる。
「って言うか、ジャスって超エグいよね」
「え? 何が?」
いきなりお話をセレネちゃんにふられて驚くと、セレネちゃんはイタズラっぽく笑みを浮かべて話し出す。
「何となく分かってきたんだけどさ~。ジャスって、結局いつもリリーの猛烈アタックを強く断らないじゃん。それって所詮キープみたいなもんっしょ? 気が無いのに断り切らないとか、ホントにエグいじゃん」
「え? 私いつも全力で否定してるんだけど?」
「がお」
ラヴちゃんが私の言葉に頷く。
「えー? でもでもー、今の話とか否定しないじゃん」
「うっ……」
確かに、その通りなのかも。
そっかぁ。
キープって思われても仕方ないのかなぁ?
そう言うつもりは無いんだけど、でも、よくないのは確かだもん。
よし!
「何を言ってるのよ? セレネ、アンタ何も分かってないわね。ジャスミンは私の事を――」
「そうだよね。うん」
わたしは立ちあがり、天井に拳を振り上げる。
「じゃ、ジャスミン?」
「これからは、もっとリリィを拒むよ! 私、リリィと結婚なんて、これっぽっちもする気がないもん!」
「ジャスミン、落ち着いて?」
私はリリィに呼ばれて振り向く。
「これっぽっちもって……嘘よね?」
「嘘じゃないよ。いつも言ってるでしょう? 私、リリィは大切なお友達だと思ってるけど、恋愛対象にはならないもん」
「恋愛対象に、な……ら……な……い……?」
瞬間、リリィが白目をむいて気絶する。
「え!? り、リリィ!? しっかりして!」
私は慌てふためき、オロオロと動揺する。
プルソンさんが呆れた表情で、セレネちゃんを見る。
「はあ。ダメよセレネちゃん。余計な事言っちゃ。この子達は、このバランスが一番良いのよ」
「え? これ私のせーなの? おもっきりジャスがフッたのが原因じゃん」
どどど、どうしよう!?
だってだって、いつも言ってる事だもん!
なのに何で今回に限ってこんな事に!?
「リリ、息ちてない」
ほ、本当だ!
息してないよ!
どうすれば!?
「おおリリーよ。死んでしまうとは情けない」
ちょっとフォレちゃん!
どこぞのゲームみたいな事言わないでって……。
「そんなおバカな事を言ってる場合じゃないよ! リリィ! ねえリリィ! しっかりしてー!」
私は涙目で必死にリリィを呼びかける。
するとその時、近くでお風呂に入っていた人が、大声を上げる。
「ピーチクパーチクうるせーガキどもだな!」
私は驚いて、大声を出した人に視線を向けた。
「ったく、こっちは冒険の疲れを癒す為に風呂に入ってんだ! 風呂ぐらい黙って入りやがれガキどもが!」
鋭く睨むその視線は、私の目とかち合う。
大声を上げた人物は、それなりに筋肉が整っている細マッチョ系の男の人で、お風呂の中だというのに剣を持っていた。
「やめておきなさいレオ。相手は子供の女です」
「だけどよ! ロンデ、そもそもここは男風呂だぜ! ガキとは言え、女が入る様なとこじゃねーだろが!」
「そうですね。それに関しては、わたしも同意します。しかし、勇者が少女を泣かすなど、格好がつきませんよ」
「ちっ」
勇者!?
まさか、こんな所で目的の自称勇者に出会うなんて思わず、私は緊張でごくりと唾を飲み込んだ。
そして、私の横にいるセレネちゃんも、緊張した面持ちで呟く。
「うわ。あのロンデって呼ばれた男、ヤバくない? お風呂なのに眼鏡掛けてんですけど」
え?
そこ?
「ちっ、まあいい。俺達は今忙しいんだ。ガキに構ってる暇はねえ。おいガキども、今回は見逃してやる。ありがたく思え」
「早く行きましょう。アプロディーテー様がお待ちです」
「わあってるよ!」
自称勇者と眼鏡のお兄さんがお風呂を出て行く。
私は2人の後姿を見送りながら、首を傾げて考えていた。
アプロディーテー……?
何処かで聞いた事がある様な無い様な?
うーん……。
「ジャス……」
セレネちゃんが私の腕を掴む。
「うん?」
私は腕を掴まれてセレネちゃんを見た。
セレネちゃんは顔を青ざめさせていて、少しだけ震えていた。
「どうしたの?」
「あの自称勇者共、変人アプロディーテーの差し金だったんだわ」
変人アプロディーテーの差し金……?
あ、思い出した!
アプロディーテーって、神様の名前だよ!
「ジャスミンちゃん! リリィちゃんが目を覚ましたわよ」
「え!」
プルソンさんに教えて貰って、私は急いでリリィに駆け寄る。
リリィは虚ろ気な目をして、ボーっと周囲や私達の顔を見た。
「良かったぁ。息が止まっちゃった時は、どうなる事かと――」
「誰?」
「――え?」
き、聞き間違いかな?
今リリィの口から、誰って聞こえたよ?
「ここは……大きなお風呂?」
……どうしよう。
凄く嫌な予感がする。
「リリィ?」
私は恐る恐るリリィの名前を呼んだ。
すると、リリィは私と目を合わせて、首を傾げた。
そして、私の嫌な予感は的中する。
「リリィって、私の事ですか?」
リリィは、記憶喪失になってしまった。




