028 幼女の前に現る世紀末の使者
「わぁ。凄く高いね」
ハープの都を目指して歩き始めてから早二日。
私達は、ついにハープの都に到着した。
ハーブの都は、高い塀に囲まれていて、私は塀を見上げて驚いた。
「ここがハープ。乙女の園ってわけね。入口はー……あったあった。あそこね~。ほらほら。早く行こーよ」
セレネちゃんがそう言って、私の手を引っ張る。
「うん」
私は手を引っ張られて、セレネちゃんと駆け足でハープの都の出入口へ向かった。
出入口に辿り着き、リリィが不思議そうに呟く。
「こんなに高い塀で囲っているのに、見張りの兵はいないのね」
「そう言えばそうッスね」
「ハープは古い都ぢゃからのう。昔、人と魔族が争っておった頃の名残ぢゃろう」
「へ~、そうなのね」
そうなんだ?
私は、てっきり異世界アニメによくある高い塀に囲まれた町みたいに、とりあえず囲ってみた感じだと思ってたよ。
って、あれも元々はそういう感じの設定なんだっけ?
などと私が失礼な事を考えていると、私達に近づく騒々しい誰かが近づいて来た。
「ヒャッハー! 流石は乙女の園! 入る前から上玉発見だぜ!」
ヒャッハーだなんて、何処の世紀末だよと思いながら、私は声のした方へ振り向く。
すると、私達の背後に、見事なモヒカンおじさんが20人くらい立っていた。
私はギョッと驚いて一歩後ずさる。
モヒカンおじさん達の服装は、本当にもうなんと言うかアレな感じで、本当に何処の世紀末だよだ。
「へっへっへっ。そこのカワイ子ちゃん、今夜俺達とフィーバーしようぜ!」
モヒカンおじさん達の中でも、とても立派なモヒカン頭のおじさんに話しかけられ、私はもう一歩後ずさる。
と言うか、話しかけないでほしい。
「またまた濃いのに絡まれちゃったッスね」
「ラテは寝るです」
「フィーバーってなんだぞ?」
「がお?」
「ジャスミン、早く行きましょう? 私、二日もお風呂に入っていないから、早くお風呂に入りたいわ」
「え? あ、うん。確かに入りたいかも」
私とリリィがそう言って、モヒカンおじさん達を無視して都に入ろう歩き出す。
すると、モヒカンおじさん達は額に血管を浮かばせて、もの凄く怒った顔で私達を囲んだ。
「おいおいおい! 無視するとは良い度胸じゃねーか!」
うぅ。
やっぱり見逃してくれないよね。
ヤバいなぁ。
このままだと、リリィが瞬殺しちゃう。
私はモヒカンおじさん達を心配して、恐る恐るリリィに視線を向ける。
案の定、リリィは少しイライラしている様で、今にも瞬殺してしまいそうな雰囲気だった。
「おい姉ちゃん! 何だ? その目は! 脱がされてーのか!?」
あ、ヤバい。
モヒカンおじさんの言葉で、更にリリィの苛立ちは悪化する。
多分、もう止められない。
と、私は思ったのだけど、この時、まさかの人物によってリリィのイライラは治まった。
「あーら? やけに騒がしいと思ったら、大の大人が寄って集って幼気な女の子を囲んで情けないわね」
聞き覚えのある声でそう言いながら、その人物はハープの都の出入口からやって来た。
「なんだあ? おいてめえ! 男は引っ込んでろ! 俺達はてめえみてーな筋肉野郎じゃなく、こっちの可愛い嬢ちゃん達に用があるんだよ!」
「ええ。そうよ。確かに私の体は男の体。でもね、心は乙女なの。私にも、お嬢さんと言ってほしいわね」
「ぎゃっはっはっ! 笑わせんじゃねーよ! 何が心は乙女だ! せめて身なりをそれっぽくしてから言え!」
モヒカンおじさんの言葉に、他のモヒカンおじさん達が声を上げて笑い出す。
「血祭りに上げてやるぜー!」
「良いわ。相手をしてあげる」
モヒカンおじさんが、その人物に襲い掛かる。
「ねえ? リリィ、私からは見えないんだけど、もしかして、この声って……」
「ええ。そうね」
リリィが私に振り向いて微笑む。
そしてその時、私を囲んでいたモヒカンおじさん達が、一人、また一人と、次々に倒れだす。
モヒカンおじさん達が倒れていき、私の目にも、ようやくその人物の姿が映った。
その人物の見事なまでの筋肉が、陽の光に照らされて光り輝く。
その姿は、正に、猛々しく勇ましい筋肉を持つ男らしい姿。
私はその人物を見て、顔を綻ばせて笑顔になる。
そして、私は駆け足で近づいた。
「オネエさーん」
そう。その人物とは、私が9歳の頃に出会った魔族のオネエさん、プルソンさんだった。
私はプルソンさんに勢いよく抱き付き、プルソンさんも私を受け入れる。
「あら? 誰かと思ったら、ジャスミンちゃんじゃない。久しぶりね。元気だった?」
「うん。オネエさんも元気そうだね」
「うふふ。勿論よ」
私はプルソンさんから離れて、キョロキョロと周囲を見回す。
「ねえ、オネエさん。スミレちゃんは一緒じゃないの? 確か、今はオネエさん達と一緒に、マモンちゃんのお手伝いしてるって聞いたんだけど?」
「そう言えば見当たらないわね。何だっけ? 猫喫茶って言うのを作る為に、世界中の猫を集める旅に出たんでしょう?」
私がプルソンさんに訊ねると、リリィも近づきながらプルソンさんに訊ねる。
すると、プルソンさんは苦笑しながら答える。
「今は別行動中なのよ。でも、マモン様ならハープの宿でお休みしているわ」
「マモンちゃんが!? 早く会いたい!」
「うふふ。それに……、いいえ。何でもないわ」
え? 何だろう?
何だか気になる。
「マモン? めんどくさいのがいるわね……」
リリィがもの凄く嫌そうな顔をする。
すると、セレネちゃんがリリィの顔を見て質問する。
「マモン? マモンって強い部類の魔族の名前っしょ? 様とか言ってるし、まさか、こいつも魔族なの?」
「ええ。そうよ」
「ま? ちなみにリリー、めんどいってどういう事?」
「一々勝負勝負と煩いのよ。最近は見なくなったから、やっと静かになったと思っていたのに、また会わなきゃいけないと思うと残念だわ」
とか言いながら、リリィもマモンちゃんの事好きだって、私も知ってるよ。
「ジャス、またニヤニヤしてて気持ち悪いです」
「ジャチュ、によによー」
「う、うん。って、ラテちゃんもう起きたんだね」
「寝ようと思ったですけど、思ったより早く終わりそうだったから眠らなかったです」
あはは。と、ラテちゃんの言葉に私は苦笑する。
すると、プルソンさんが私の身に着けた猫耳フード付きのマントに気がついて、顔を顰めてフードの中を覗き込んだ。
「ジャスミンちゃん、また新しい子と契約したの?」
「うん。フォレちゃんって言うの。仲良くしてね」
実は、私のお気に入りになったこの猫耳フード付きマントの、猫耳フードの中はフォレちゃんの特等席になっていた。
フォレちゃんが言うには、
「ジャスミン様の髪の毛は、肩まで伸びる綺麗でサラサラの髪ぢゃ。しかし、それ故に、せっかくのうなじが隠れてしまうであろう? ぢゃが、この特等席ならば、いつでもジャスミン様のうなじを堪能できるのぢゃ」
だった。
正直変態発言は控えてほしいのだけど、私はそれをフォレちゃんの可愛さで何とか聞き流す。
ちなみに、フォレちゃんがその変態発言の後に、私のうなじについてリリィと熱く語り合っていたのだけど、私は聞かない事にした。
とまあ、それはさておき、フォレちゃんがプルソンさんを一瞥して喋る。
「誰かと思ったらプルソンか。久しいの」
あ、そっか。
そう言えば、フォレちゃんはドリちゃんだから、エルフの里でプルソンさんと会ってるんだよね。
うっかり忘れてたよ。
「あら? その声にその喋り方、もしかして大精霊のドリアード?」
「そうぢゃ。今はフォレ=リーツと名乗っておる。身分を隠しておるのでな、好きに呼ぶがよい」
「まあ、そうなの? じゃあ、お言葉に甘えて、私もフォレちゃんって呼ばせてもらうわ」
「うむ。結構ぢゃ」
良かった。
オネエさんとフォレちゃんは仲良く出来そうだよ。
でも、何でだろう?
セレネちゃんはオネエさんの事、警戒してる気がする。
セレネちゃんは私達から少しだけ距離を置いて、じぃっとプルソンさんを見つめていた。
魔族って聞いたから、警戒してるのかな?
オネエさん凄く優しいし、大丈夫なのになぁ。
こうして、私達はプルソンさんに連れられて、ハープの都へ入って行った。




