番外編 幼女のドキドキバレンタイン! ビターな前日
「え? ルピナスちゃん、もう一度言ってもらって良いかな?」
「うん。バレンタインの日に、手作りのチョコレートを渡したいから、手作りチョコの作り方を教えてほしいの」
……ぐふぅ。
ルピナスちゃんの突然のカミングアウトに、私は驚愕を通りこして精神的ショックを受けて白目をむきかけた。
今日は喜怒哀楽や阿鼻叫喚が飛び交う運命のバレンタインデーの前日。
そう。
前世にあった、モテない男子の精神をエグるあの忌まわしきバレンタインデーが、この異世界にも存在するのだ。
ちなみに私は前世ではモテない側だったので、バレンタインデー? 何それ美味しいの? 状態だった。
それはさて置きとして、朝ご飯を食べ終わった頃に、お家に遊びに来たルピナスちゃんに手作りチョコを作りたいと相談を受けていた。
ルピナスちゃんは私の1つ年下の、狼の耳と尻尾が可愛らしい獣人の女の子だ。
今日もまん丸おめ目が可愛らしくて、モフモフの尻尾を撫でながら、ギュウッと抱きしめたくなる可愛さだ。
って、今はそれどころでもない。
私は小心な心を鬼にして、ルピナスちゃんに確認しなければならない。
それに、何をショックを受けているんだ私って感じである。
まだ慌てる様な段階でも、精神的ショックを受けている段階でも、ルピナスちゃんの可愛さに我を忘れている場合でも無いのだ!
私は一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
「る、ルピナスちゃん。ぱ、パパに手作りチョコを作ってあげるんだねぇ?」
「違うよ」
「そ、そっかぁ……」
じゃあ誰にあげるのぉー!?
聞きたい!
聞きたいけど怖いから聞けない!
うわぁーん!
正直泣きたくなる気持ちを抑えながら、私はニッコリと笑顔を取り繕う。
「けもっ娘も隅に置けないッスね~」
「ジャス、ラテもバレンタインチョコほしいです。ラテの為に友チョコを作るです」
「アタシも主様と一緒に友チョコ作るんだぞ」
「がお~。わたちもちゅくるー」
「精霊ともあろう者が、人間風情のイベントに現を抜かすとは、なんと嘆かわしい事ぢゃ。其方等も妾を見習い、少しは精霊らしくせぬか」
「そんな事言って、おいたんは知ってるよ~。昨日、こっそり村はずれにチョコの木を植えたよね?」
「フォレは皆を出し抜いて、ジャシーに本命チョコを渡そうとしてるの~」
精霊さん達が私の周りで騒ぎ出す。
私はルピナスちゃんの手作り、即ち本命相手が誰なのか気になりすぎてしまって、精霊さん達の声が右から左に流れていっていた。
「ジャスミンお姉ちゃん、手作りのチョコレート……教えるの嫌?」
ルピナスちゃんが眉根と尻尾を下げて、おめ目をうるうると潤ませて私を見つめた。
そんな事をされてしまっては、最早ノーとは答えられよう筈も無い。
私は首をぶんぶんと横に振り回して、両手で自分の頬っぺたをペチンと叩いた。
「そんな事ないよ! 一緒に手作りのチョコを作ろう!」
「うん! ありがとう、ジャスミンお姉ちゃん!」
ルピナスちゃんは凄く喜んで、尻尾を振りながら笑顔で私に抱き付いた。可愛い。
こんなに可愛いルピナスちゃんの手作りチョコを貰えるなんて、何処の誰だか知らないけれど羨ましすぎるよ!
良いなぁ……。
そんなわけで、私はルピナスちゃんを連れて台所に行き、手作りチョコを伝授しました。
…………気になる。
◇
その日の午後。
私はルピナスちゃんの手作りチョコを渡す相手が気になり、リリィに相手が誰か知らないかと、聞いてみる事にした。
直接本人から聞けば良い?
何を仰いますか。
そんな事、小心者の私が出来るわけありません!
「成程ね。それで、私を猫喫茶に呼び出したってわけね」
「うん……」
ルピナスちゃんの手作りチョコの事をリリィに説明すると、リリィはジャスミンティーを一口だけ口に含んで、小さく息を吐き出した。
「ジャスミンがこの世の終わりみたいな顔だったから、何事かと思ったじゃない」
え? 私そこまで酷い顔してたの?
「ご主人ずっと目の焦点があってなかったッスからね」
それヤバくない?
って言うか、それもっと早く教えて?
私、ルピナスちゃんの前で、ずっとそんなヤバい顔してたって事だよね?
「いつもの事です」
そんな事ないよ!
……ないよね?
「そうね~……」
「え!? そうなの!?」
「違うわよ。そう言う意味で言ったわけでは無いわ」
リリィが苦笑しながら、もう一口ジャスミンティーを口に含む。
それにしても絵になるなぁ。
リリィってば、私と同じ歳なのに、可愛いだけじゃなくて綺麗で大人っぽいんだもん。
私も自分の可愛さには自信あるけど、リリィには敵わないよねぇ。
「私も、ルピナスちゃんの意中の相手は知らないわ。そうね~、誰なのかしら? って、言おうとしたのよ」
「そっかぁ」
やっぱりリリィも知らなかったかぁ。
ぐぬぬ……。
私はへの字口を作り、テーブルに置かれた猫ちゃん用クッキーに群がる猫ちゃん達に視線を移す。可愛い。
もうこうなったら猫ちゃん達を愛でて癒されるしかないと、諦めかけたその時、私の目の前にチョコパフェが置かれた。
「一日早いけど、私からのバレンタインチョコよ。良かったら食べてね」
「ビリアお姉様」
私の目の前にチョコパフェを置いたのはブーゲンビリアお姉さんだった。
ブーゲンビリアお姉さんは今、ここ猫喫茶のウェイトレスさんとして絶賛お仕事中だ。
ニッコリと綺麗な微笑みを見せたブーゲンビリアお姉さんに、私も微笑んだ。
「ありがとー。いただきます」
「うふふ。召し上がれ~」
ブーゲンビリアお姉さんは軽く手を振って、お仕事に戻っていった。
私は早速スプーンを取って、いただきますをしてチョコパフェを頬張る。
「くっ……油断していたわ。前日とは言え、ビリアに先を越されるなんてっ」
「アタシもさっき、主様にチョコをプレゼントしたんだぞ」
「がお。わたちもー」
「な、なんですって……っ!?」
「ご主人のチョコ美味しかったッスね」
「とっても優しい味がしたの~」
「おいたん、今日は興奮して眠れないかも」
「それなら村の外にマラソンでもしに行けば良いです」
精霊さん達が楽しそうにお喋りを始めると、リリィが悲しみのオーラを纏ってテーブルに突っ伏して、何やらどんより黒い靄の様な何かを全身から出し始める。
う、うわぁ……。
なんか凄く落ち込んじゃったよ?
「酷いわジャスミン。バレンタインチョコを最初に渡す喜びと、最初に貰う喜びの両方を、私から奪うなんて……」
え、ええぇぇ。
そんな事言われてもぉ……。
順番なんて別にどうでも良いと思うけどなぁ。
「其方の気持ち、妾にはよくわかるのぢゃ」
そう言って、フォレちゃんがリリィの肩にそっと触れて、優しく微笑んで言葉を続ける。
「と言っても、妾はジャスミン様に最初にチョコを渡したがのぅ」
「裏切り者」
「好きに呼ぶが良い。其方が何を言おうと、最早負け犬の遠吠えぢゃ」
フォレちゃんがニヤリと笑い、リリィが顔を上げてフォレちゃんを睨む。
気にしていても仕方が無いので、私は2人の事は放っておいて、チョコパフェを食べながら猫ちゃん達を見て癒される事にした。




