166 幼女は涙を拭い決戦に挑む
リリィがゼウスさんに向かって走り出し、ゼウスさんがバチバチと電気を右手に発生させて、それは槍へと姿を変えた。
ゼウスさんが槍を構えてリリィを迎え撃つ。
「ストーンシャワー!」
いつの間にかマモンちゃんがゼウスさんの背後に立ち、魔法で石の雨を降らせて攻撃する。
「脳に直接ぶち込んでやるっての!」
マモンちゃんの横にはセレネちゃんが立っていて、ゼウスさんの頭を狙って何本もの矢を放つ。
だけど、ゼウスさんは矢と石の雨を全て殴って消し飛ばした。
「だああっ! 不意打ちでも駄目かああ!」
「ムカつくー! マモン! しっかり狙ってくんないとマジ困るんだけど!」
「お前も人の事言えないだろ!」
二人が喧嘩する中、リリィがゼウスさんとの距離を詰めて、顔を蹴りとばした。
「オオオッ……!」
ゼウスさんは地面を転がったと思ったけど、直ぐに地面を蹴って転がる勢いを消して、その場に立った。
そして、槍を構えて、マモンちゃんに向かって飛んだ。
「ぎゅぁっっ!」
一瞬だった。
マモンちゃんはゼウスさんの槍の攻撃を避けたけど、直ぐに追加攻撃でお腹を殴られてしまい、もの凄い勢いで吹っ飛んで地面を転がってしまった。
「……っ! パパ……っぁ」
セレネちゃんがマモンちゃんが吹っ飛んだ後に直ぐ弓を構えたけど、いつの間にか近づいていたゼウスさんに殴られて気絶した。
だけど、その直後だ。
「これで!」
リリィがゼウスさんの頭上に跳んでいて、ゼウスさんの頭にもの凄い勢いでかかと落としを食らわせた。
「ガッ……!」
ゼウスさんはその場で倒れて動かなくなった。
「ったく。やっと動かなくなったわね」
り、リリィ凄い!
「リリィー!」
私はリリィに駆け寄ろうと走り出す。
まさか、リリィがゼウスさんを戦闘不能まで追い込んでしまうとは思わなかった。
「流石リリさんなんだぞ」
「がお」
「うん。一時はどうなる事かと思ったよぉ」
「ご主人待つッス!」
「え?」
トンちゃんに呼び止められて首を傾げたその時、ゼウスさんがゆらりと立ち上がった。
「コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ。コノ罪深キ世界ニ死ヲ…………」
本能が逃げろと警鐘を鳴らす。
ゼウスさんの体から、黒紫色の光がドライアイスの煙の様に湧き出て来て、ゼウスさんが宙に浮かぶ。
「ヤバいです! 本当に暴走化してるです!」
「気をつけるの~。暴走していると思っていた今までのは、暴走では無かったみたいなの~」
アマンダさんが何かに気がついたのか、慌てた様子で声を上げる。
「いけない! ジャスミン! ゼウスが左手に魔力を大量に集束しているわ! アレを放たれたら村が丸ごと消えてしまうわよ!」
「え!?」
村が丸ごと消えちゃう!?
「いい加減諦めなさいよね!」
リリィが跳躍してゼウスさんに蹴りかかる。
ゼウスさんはリリィの蹴りをかわして、リリィを地面に蹴り飛ばした。
リリィは地面に衝突して、ケホケホと血を吐いた。
「リリィ!」
なんとかしなきゃ!
そう思った時には、既に遅かった。
ゼウスさんの左手には魔法陣が浮かび上がっていて、それを私に向けていた。
「ジャスミン様はやらせぬ!」
「おいたんも護ってあげるよ!」
フォレちゃんとウィルちゃんが私の頭上でゼウスさんの攻撃に備える。
「それは私の役目よ」
不意にリリィの声がして、その瞬間に、信じられない程の目に見えるもの凄い質量の魔力が私に向かって放たれた。
その魔力は恐ろしい程に暴力的で、瞬きする暇も無く眩しく目に映る光線。
そして、私の目の前に出たフォレちゃんとウィルちゃんの、更に前に出たリリィを襲った。
ゼウスさんが放った光線がリリィにぶつかった瞬間に、大気は震え、地面は割れ、凄まじい衝撃波が私達を襲う。
私は咄嗟に魔法で何重にも及ぶ様々な属性の壁を作り上げたけど、それは全て消し飛ばされてしまった。
そして、衝撃波が終わり、あまりの凄まじさに私は放心状態となる。
ドサッと何かが倒れる音が聞こえて視線を向ける。
「リリィ……?」
視線を向けた先にあったのは、私を庇って気を失ったリリィの姿。
体中がボロボロで全身が焼けていて、爛れている所さえあった。
「リリィ……」
涙が溢れて、私はリリィを抱き寄せる。
私の側にいたアマンダさんがケホケホと血を吐いて、私が抱きしめているリリィを見た。
「くっ……。ジャスミン、ゼウスは私が引きつけておくわ。貴女は早くリリィを回復してあげて?」
アマンダさんが空に浮かぶゼウスに向かって跳躍した。
私はリリィを抱きしめながら、地面に座り込み、リリィの頭を膝の上に乗せて回復の魔法を使う。
「ご主人……」
「私ね。甘えてたんだと思う」
「ジャス?」
「昨日見た悪夢に今のゼウスさんが出て来て、それが怖くて、ずっと怖がってたんだ」
「主様……」
「リリィがこんなにボロボロになるまで、ずっと……」
「ジャチュ……」
私の涙が落ちて、リリィの頬を伝う。
「ジャスミン様、正直に話そう。リリーはもう長くないやもしれぬ。ゼウスからの攻撃を、あまりにも多く受けすぎておる。極めつけに先程の魔法ぢゃ。本来であれば、ここ等一帯が消失してもおかしくない程の魔法。それを、リリーがその身を持って全て受け止めてくれたのぢゃ」
「フォレの言う通りだよ。ジャスミンたん、この子の魂は大分弱ってるみたいだよ。多分、もう直ぐで命が尽きるよ」
フォレちゃんとウィルちゃんの言葉が、私の心に突き刺さる。
心臓を握りつぶされる様に、胸を締め付けられる。
「ごめんね。ごめんねリリィ」
フォレちゃんとウィルちゃんの言った言葉は、リリィを回復していて感じていた事だった。
今までは、回復の魔法を使えば体の傷を癒す事は出来ていた。
だけど、今回は違っていたのだ。
リリィの体を蝕む火傷の後は消えなくて、いくら回復しても変化が無い。
私の魔法ではリリィを助けてあげられないと、嫌でも思い知らされる。
「この子の為にも、泣いている暇はないの。ジャシー」
「………………うん」
私は涙を拭う。
シェイちゃんの言う通りだ。
アマンダさんは今、たった一人でゼウスさんと戦ってくれている。
アマンダさんも既に満身創痍で、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
それでも、暴走しているゼウスさんに、力強く立ち向かっていた。
「ジャスミンくん」
サガーチャちゃんから声をかけられて、私はサガーチャちゃんに振り向いた。
サガーチャちゃんは私の側まで来ていて、穏やかな表情で、私と目を合わせて微笑んだ。
「一つ言っておきたい事がある。私が作った【空間隔離装置アイソレーションくん】は、敵からの被害を抑える為に作ったものでは無いんだ」
サガーチャちゃんは一度目をつぶり、そして、真剣な眼差しを私に向けた。
「ジャスミンくん。何ものにも囚われず、本気を出したまえ」
「うん。ありがとう、サガーチャちゃん」
私はサガーチャちゃんにお礼を言って、リリィの顔を見つめた。
「私を護ってくれてありがとう、リリィ。今度は、私がリリィを護るからね」
リリィの頬にキスをする。
それは、ごめんなさいの謝罪の気持ちと、ありがとうの感謝の気持ち。
今の私が、リリィに出来る精一杯の気持ち。
もしリリィが知ったら、どうせするなら、お口に頂戴とか言われるんだろうなぁ。
私はリリィに微笑んで、頭を撫でる。
「ずっと、ずっと一緒だよ、リリィ」
不老不死になった所で、結局何の意味も無かった。
神様相手には不死なんて関係ないし、チートで滅茶苦茶なリリィだって、神様相手にはこの通りだ。
きっと、私も死んでしまうだろう。
回復した所で、殆ど意味が無いのだから。
もう直ぐで命を落とす友の為に、私も命を懸けて戦う。
全力で、ゼウスさんを止めるんだ!
私は膝の上に乗せていたリリィの頭を、地面にそっと置いて立ち上がり、空高く【空間隔離装置アイソレーションくん四号】を放り投げて起動させる。
【空間隔離装置アイソレーションくん四号】を起動すると、一瞬で周囲からの色が無くなっていく。
私と精霊さん達とゼウスさんだけが、世界から切り離されて、私とゼウスさんの目がかち合う。
「オオオオオオオオオオッッッッッッ!!!」
ゼウスさんが咆えて、私も負けずに大声を上げる。
「トンちゃん、ラテちゃん、プリュちゃん、ラテちゃん、フォレちゃん、ウィルちゃん、シェイちゃん、お願い! 皆で私に力を貸して!」
「当然ッスよ!」
「任せるです!」
「頑張るんだぞ!」
「がお!」
「目にもの見せてくれるのぢゃ!」
「勿論だよ~!」
「全力でいくのー!」
皆気合は十分だ。
止めて見せると心に誓う。
大切な人達を護る為に、私も命を懸けて戦う。
恐怖にだって打ち勝ってみせる。
リリィ、私、絶対に負けないからね!
「ねえ、ジャスミン。私の名前は呼んでくれないの?」
「わひゃあっ!?」
不意に声をかけられて、変な声を上げてしまいながら振り向くと、そこに立っていたのは――
「――り、リリィ!?」




