164 幼女も困惑する神の狙い
私達はラークが建てたカジノまで戻って来ていた。
既に村は酷いありさまになっていて、幾つかの家は倒壊していて、そこ等中に人が倒れていた。
ただ、私が悪夢で見た様に血の池なんかは出来上がっていなかったのが、唯一の救いだろうか?
「皆眠らされている様だね」
サガーチャちゃんが倒れている人達に駆け寄って呟いた。
どうやら、サガーチャちゃんの言う通りで、倒れている人は皆眠らされていて命に別状は無いようだ。
「一先ず安心って感じッスね」
「うん……」
「もぬけの殻……か。ドゥーウィン、ゼウスが何処にいるか、加護の力でわからないの?」
リリィがカジノの建物の中を覗き込んでトンちゃんに訊ねると、トンちゃんは首を横に振って答える。
「わからないッスね~。ノーム様達四大精霊の加護の力も感じないッス」
「大精霊様も吸収されたかもしれないんだぞ」
「可能性はあるです。だけど、今更大精霊様達を吸収するとは思えないです」
「がお?」
「おいたんもそう思うよ~。ゼウス神は、既に魂の吸収が必要無い位には強くなってたからね~」
「多分、ここでは無い別の場所に移動しているの~」
「うむ。そうぢゃな。しかし、果たして何処へ移動したのやら……む? いや、待て。微かにノームの加護の力を感じるのぢゃ。皆の者、妾について来るのぢゃ」
フォレちゃんがノームさんの加護の力を感じた様で、私達は直ぐに走り出した。
移動の途中で、何度も倒れている人達と倒壊している建物を見かけて、私は凄く心が痛むのを感じた。
村を離れて噴水広場に行くべきでは無かったと、後悔していたのだ。
あの悪夢を、もう少し早く思いだしていれば、こんな事にはならなかったかもしれないのにと……。
「いたのぢゃ!」
少しの間走っていると、ノームさんの倒れている姿を見つけた。
ノームさんの周りには他の大精霊も倒れていて、サラマンダーとシルフ、そしてウンディーネの姿もあった。
更に、ここでは戦闘があったのか、其処彼処に争いの形跡があって穴だらけになっていた。
フォレちゃんがノームさんに近づくと、ノームさんが倒れたまま口を開いた。
「この力……そうか。ドリアードか……」
「ノーム、何があったのぢゃ?」
私もノームさんに近づき、回復魔法をノームさんに使う。
「ありがたい。ジャスミン殿、助かる」
「ううん。遅くなってごめんね」
ノームさんは首を横に振って微笑する。
「気にするな。それより、ゼウス神には気をつけろ。奴は、目覚める事の無い睡眠を、人々に与えておるようだ」
目覚める事の無い睡眠?
「恐らく、人を大量虐殺するのを、神として躊躇った為にとった手段だろう。しかし、結果としては同じだ。永遠と目覚める事なく、死ぬまで眠り続けるのだからな」
「倒れている人の見た目は気にならなかったッスけど、結構エグイ事されてたッスね」
「そうだね。目覚める事がないのなら、既に死んだも同然だ。どうにかしないといけないね」
トンちゃんとサガーチャちゃんの言葉に、私は頷いた。
思っていた以上に大変な事になっていた。
血が流れていないから一見そこまで危険な感じには見えないけど、眠っている人達は、このままだと2度と目覚めないのだ。
それは、サガーチャちゃんの言う通りで、もう死んでいるのと何も変わらないのだ。
「逃げて来たウンディーネを説得して、ゼウス神と戦ったが、このザマだ。奴は強い」
「そんなのわかってるわよ。ゼウスが何処に向かったか教えなさい」
リリィが訊ねると、ノームは頷いて答える。
「ゼウスは猫喫茶に向かった。他の者も、奴を追って猫喫茶に向かった……」
「はあ? どう言う事よ? あそこは私が吹き飛ばしてしまって、今は何も無いのよ?」
「まさか!? ジャスミン様のご両親に会って、ジャスミン様を嫁にすると挨拶に行ったのではあるまいな!?」
「何ですって!?」
いやいやいや。
流石にそれは無いでしょ。
人の生死がかかっているシリアスな雰囲気の所で、いきなりおバカな事言わないで?
「恐らく、そうで……あろう…………な………」
えええぇぇぇぇっっ!?
私が困惑して驚く中、ノームさんは気絶した。
多分だけど、ゼウスさんに攻撃されたリリィと一緒で、傷を癒せてもダメージを癒す事は出来ないのだろう。
しかし、それはそれとして、困った事になってしまった。
今の私は困惑しすぎて、ノームさんに悲しんであげる事も出来ない。
どうしよう?
もの凄くヤバい状況なのに、もの凄くおバカな展開だよ?
「不味いわね。あの老害、ジャスミンのお母様とお父様に取り入って、意地でもジャスミンと結婚するつもりよ」
「何て奴ぢゃ。まさか、これ程までに行動の早い奴ぢゃったとは」
「急ごう! このままだと、ジャスミンくんのご両親が危ない」
「ええ!」
「うむ!」
リリィとフォレちゃんとサガーチャちゃんが頷き合う。
果たして本当に危ないのだろうかと、私は困惑しながら、笑う所なのか真剣になる所なのか考えようとしてやめておく。
と言うかだ。
「私のパパとママって、猫喫茶があった所にいるの?」
「あ、そう言えばご主人は知らなかったッスか」
「うん」
もしかしたら、そうなのかもなぁって思ってはいたけど、まさか本当にいたなんてって感じだよね。
「主様のママさんとパパさんは、猫喫茶で働いてたんだぞ」
「そうなんだ? って、そんなお話してる場合でも無いよね。早く行かないと!」
「ええ。急ぎましょう!」
猫喫茶跡地に向かって走り出す。
本当は素粒光移を使った方が良いのだけど、残念ながら私自身が猫喫茶に言った事が無いので、そこに辿り着くイメージが出来ないのだ。
RPGのゲームによくある、一度行った事のある町や城にしか行けない魔法なんかと、ようは一緒なのだ。
私の魔法だって、行った事の無い場所にポンポン行ける程便利では無い。
猫喫茶跡地に近づいて来ると、ついに私達の目にも、激しい戦闘の片鱗が目に映りだした。
遠くに見えるのは、激しい炎や雷の数々。
風が激しく吹き荒れて、私達の所まで熱風を運び、凄まじい轟音が響き渡る。
皆が戦ってる。
私はごくりと唾を飲みこんで、気合を入れて一歩一歩駆け抜ける。
戦いはもう既に始まっている。
怖いけど、でも、怖がってなんかいられない。
絶対、ゼウスさんを止めるんだ!
そう心に誓い、私は猫喫茶が以前あった猫喫茶跡地へと辿り着いた。




