161 幼女を震え上がらせる悪夢の始まり
素粒光移を使い、私はリリィと精霊さん達とナオちゃんを連れて、噴水広場へとやって来た。
スミレちゃん達は、後片付けやらがあるので、残ってもらった。
それにラークからお話を聞いて驚いたのだけれど、カジノで賭博をしていた人達や働いている人達は、皆建物の外に避難していた。
だから、ラークは皆に事情を説明しないといけないと、珍しく真面目な事を言ってリリオペとお話していた。
そんなわけで噴水広場にやって来たのだけど、到着した途端に、私は異様な光景を見て驚いた。
「やあ、ジャスミンくん、遅かったね」
「サガーチャちゃん……? それにアマンダさんまで、何してるの?」
「ごめんなさい。ゼウスの能力にやられてしまったわ」
「能力? また随分と意味不明な能力を受けたわね」
確かに、と私はリリィの言葉に頷く。
「にゃ、にゃ~……。姉様、いったい何の能力にやられたにゃ?」
「魚が釣れるまで釣り意外の行動が出来なくなる能力よ」
はい。そうです。
私が見た異様な光景とは、サガーチャちゃんとアマンダさんが、2人揃って魚のいない噴水で釣りをしている姿です。
何だこれ?
「また妙な能力に引っ掛かったッスね」
「釣りだけに引っかかったんだぞ? ドゥーウィン上手いんだぞ」
「が、がお」
「バカな事言ってないで、それよりゼウスは何処です?」
「そう言えば、ゼウス、それにウンディーネの姿も見当たらんのぅ。何処に行ったのぢゃ?」
ラテちゃんとフォレちゃんが訊ねると、サガーチャちゃんとアマンダさんが何も言わずに頭上に指を指した。
上?
私も皆も一斉に上を見上げる。
「な、何やってるッスか? アレ」
「結構ヤバいかもしれないの~」
よく分からないけど、確かにヤバい気がする。
私はこめかみに汗を流して、ごくりと唾を飲み込んだ。
上を見上げて目に映ったのは、上空で両手を広げているゼウスさんだった。
それだけなら、特に何も問題は無いのだけど、そうはいかない。
まず、ゼウスさんの眼球が真っ黒に染まっていた。
それからゼウスさんの背後には、ゼウスさんの背丈ほどの大きな円盤があり、それが禍々しく黒紫の光を放っていた。
そして、ゼウスさんからも黒紫色の淡い光が放たれていて、微かに見える透明感の強い何か……魂の様な物が大きな円盤から出て、それが次々にゼウスさんの中に入っている。
「姉様、どうなってるにゃ!? ゼウスの魔力が尋常じゃないにゃ!」
「ええ。私達にこの能力を使ってから、ずっとあの円盤から何かを取り入れている結果よ。ウンディーネは、ゼウスがああなってから直ぐに逃げ出したわ」
あの円盤から何かって、多分あれって円盤を通じて別世界から流れてきた魂だよね?
多分あの円盤が、この世界に別世界の魂を呼び込む為の【パンドラの箱】の本体なんだ。
でも、それより何だろう?
凄く、凄く嫌な感じがする。
ゼウスさんのあの姿、何処かで見た様な……気のせいかな?
でも、つい最近何処かで……。
「ジャス、ヤバいです! 暴走状態になる前にさっさとやめさせるです」
「――ふぇ?」
不意にラテちゃんに話しかけられて、一瞬反応が遅れる。
「私が行くわ!」
私がラテちゃんに聞き返すのとほぼ同時に、リリィが空を飛び、ゼウスさんの所まで移動する。
あ、行っちゃった。
何か嫌な感じがしたけど、リリィなら大丈夫だよね。
「ジャスミンたん、ちょっとヤバいかも」
ヤバい?
ウィルちゃんの言葉を聞いて、私がウィルちゃんに視線を向けた瞬間だった。
私の横に、何かが勢いよく落ちる。
地面にヒビが入って、地震が起きたかのように大地が揺れる。
私の側に蹴り飛ばすだなんて、リリィにしては珍しいなぁ。
空を見上げて、リリィに視線を――
「――リリィ?」
空を見上げても、リリィはいない。
それどころか、そこにいるのは、黒紫色に淡く光るゼウスさんだった。
そして、ゼウスさんは真っ黒な目を私達に向けて、息を荒げながら野生の動物の様に唸り声を上げていた。
私は驚きのあまり目を見開いて、そのまま、私の横に……地面に視線を向ける。
そこには、気を失ったリリィの姿があり、頭から大量に血を流していた。
「リリィ!」
私は急いでリリィを抱きかかえて、回復魔法でリリィを癒す。
「は、ハニーがやられたなんて、そんな……マジッスか?」
「気をつけるです!」
ゼウスさんが唸り声を上げながら、猛スピードで私に向かって急降下を始める。
「ファングフレイム! 噛み砕くにゃ!」
ナオちゃんがゼウスさんに向かって跳んで、魔法を放った。
その魔法は、炎で出来た大きな虎の顔。
ゼウスさんに向かって大きく口を開けて牙を剥き、ゼウスさんに噛みついた。
「オオオオオオオッッッ!!」
ゼウスさんが咆えて、ナオちゃんの放った魔法を殴って吹き飛ばす。
そして、ゼウスさんはそのままの勢いで、私に向かって突進する。
「不味いにゃ!」
ナオちゃんが咄嗟に私とリリィを両脇の下に抱えて、ゼウスさんの突進を回避した。
ゼウスさんは地面に激突して、再び大地が揺れて、地面が裂ける。
砂や土が混じった煙が舞い、突風が吹き荒れた。
私は頭の中が真っ白になっていた。
それは恐らく、私だけでは無い。
トンちゃんを含め精霊さん達も、皆私にしがみついて声一つとして出せないでいた。
「ウオオオオオオオオオオッッッッッ!!!」
ゼウスさんが雄叫びを上げて、もの凄い勢いで真上に飛んだ。
「今度は何にゃ!?」
ゼウスさんは空で停止して、何処かをジッと見つめる。
「あやつ、何を見ておるのぢゃ?」
「あっち、みんないる」
「みんな……トランスファがある方向だぞ!」
嫌な予感がした。
そして、私は思いだしてしまった。
私が昨日見た夢の事を……。
昨日見た夢。
それは、皆が襲われて、村が地獄へと変わる夢。
皆が殺されて、村が赤色に染め上げられる恐ろしい夢。
そしてそれをやったのは、間違いなく、黒紫色に淡く光るゼウスさんだった。




