160 幼女も納得の最後の希望
「ジャスミー、急ぐにゃ!」
「うん!」
急いでアマンダさんとサガーチャちゃんを追いかけようと、ナオちゃんと頷き合って走り出す。
だけど、私は直ぐに呼び止められる。
「ジャスミン待って!」
「リリィ?」
いつの間にかリリィが目を覚ましていて、私の目の前に立って、私に何かを差し出した。
「あ、パンツ……」
「ええ、そうよ。ジャスミンのパンツよ。本当は家宝にするつもりだったけど、使って?」
「ありがとー」
危うく家宝にされかけた私のパンツを受け取り、私は大急ぎでその場で穿く。
「よし! リリィ、急いでって、えええぇぇぇっ!? 鼻血また出てるよ!?」
「気にしないで。ちょっと今日は鼻血を出し過ぎて、いつもより緩くなっているだけよ」
いやいやいや。
気にするよ?
ポケットからティッシュを取り出して、リリィの鼻血を拭き取る。
すると、それを見ていたトンちゃん達が、何処かホッとした様な口調で話し出した。
「何だか落ち着くッスね。この光景」
「一時はどうなる事かと思ったです」
「主様、アタシの為にありがとうなんだぞ」
「がお」
「妾は恐怖で言葉を失ったのぢゃ」
「おいたんも怖くてちびりそうになったよ……」
「ジャシーは怒らせると怖いの~」
え?
何で皆そんなに、良かったぁ、みたいな感じなの?
私って、そんなにもさっき怖かったの?
「おい見たか? やべえぞ、ジャスミンの野郎。ポセイドーンの奴を吸収して海神の加護持ちになったハデスを、水の魔法を使って一撃で黙らせやがっただけじゃなく、ポセイドーンを恐怖で震え上がらせたぞ」
「ははは。そうだね」
いつの間にかリリオペも目を覚ました様で、ラークと一緒にお喋りしていた。
って言うか、前世ではそうだけど、今の私は野郎では無いので訂正してほしい。
それはそうと、早く行かないとと再び走り出そうとして、今度はハデスに呼び止められる。
「待て! 魔性の幼女よ!」
「え?」
「貴様は神の裁判で有罪になっているのだ。何故そうまでして自ら罰を受けに行こうとしている?」
有罪?
って、あっ、そっか。
ハデスはリリィに吹っ飛ばされたから、ゼウスさんの奇行を見てないんだよね。
「そんなんとっくに無かった事になってるっての。今は、パパがジャスを嫁にするとかロリコン発言して、ドン引きしてるとこっしょ」
「魔性の幼女を嫁に?」
ハデスが驚いて、深いため息を吐き出した。
「あのお方は、またそのような事を……」
またなんだね……。
「ワテの弟ながら、最年少天才魔性のバニー幼女様に目をつけるとは、中々見所があるやないか」
……え? 様?
「馬鹿な男なのよ。幼女先輩は老害なんて興味ないなのよ」
「まったくだわ」
「うむ」
スミレちゃんの言葉に、リリィとフォレちゃんが頷く。
「喋ってないで早く行くにゃ!」
「あ、うん。そうだよね」
「待つです!」
「今度は何にゃ~?」
ラテちゃんが私とナオちゃんを止めて、ナオちゃんが眉根を下げる。
「行く前に【パンドラの箱】について話しておくです」
「それなら走りながら聞くにゃ」
「そうだよね。ジッとしてる時間がもったいないもん」
「ジャスまで何を言ってるです。走る必要なんて無いです。そんなの、ジャスの素粒光移を使えば良いだけです」
「あ、確かにそうかも」
言われてみれば、ラテちゃんの言う通りだ。
素粒光移を使えば、一瞬で噴水広場に行く事が出来る。
そう考えれば、急ぐ必要はあっても、走る必要は無いかもしれない。
「パンドラの箱知ってるー! 私も前世で見たよー!」
ハッカさんがタタターっと走って近づいて来て喋ると、ラテちゃんが首を横に振った。
「ラテもジャスの記憶を契約の時に見たから知っているですけど、それとは違うです」
「そうなんだ?」
「です。この世界の【パンドラの箱】は、ラテが住んでいた地下の上にある噴水広場の昔の呼称です」
「まさか、ジャスの住んでた村が【パンドラの箱】を監視する村だったなんて、もーてんだったっしょ」
「セレネちゃんも知ってるの?」
「私は元々神アルテミスだったんだから、そんなの知っててとーぜんっしょ」
「で? そのパンドラの箱が何だって言うのよ?」
リリィが訊ねると、それにシェイちゃんが答える。
「パンドラの箱は昔この世界にやって来た魔族が、別世界の魂を呼びこむ為に作った場所で、呼びこんだ魂を魔族に転生させていたの~」
「マジッスか!? ラテはその事を知ってたんスか?」
「当たり前です。ラテが元々この地にやって来たのは、この地を監視していた先代のウィスプ様の代わりです」
「あぁ……、それでラテちゃんとウィルちゃんは仲良しさんなんだね」
土の精霊のラテちゃんと、光の大精霊のウィルちゃんが仲が良かった理由が判明して、私は成程と納得した。
「そうなんだよ~。ぐへへへへ」
「仲良くないです! その気持ち悪い笑いを止めるです!」
「一つ聞いていいかにゃ?」
ナオちゃんがラテちゃん達精霊さんにではなく、ハデスに視線を向ける。
「なんだ?」
ハデスが聞き返すと、ナオちゃんは真剣な眼差しをハデスに向けた。
「神様が、何でそんな物に目をつけたにゃ? 別世界の魂を呼びこんで、何をするつもりだにゃ?」
確かに……と、私もハデスに視線を移した。
すると、ハデスは真剣な面持ちで答える。
「あの方、ゼウス様は創造神であり、あらゆる加護と能力を持っておられる。勿論、私が使った――」
ハデスが右手を前に出して、そこから吸収していたと思われていた大精霊のノームさんとサラマンダーとシルフが姿を現した。
「――この【魂吸力操】もだ」
大精霊達は姿を現すと、その場で気を失って横たわる。
私は念の為回復をと近づくと、ハデスがそれを制止する。
「安心しろ。ただ気を失っているだけで、何処にも怪我は無い」
良かった。
私が安堵していると、ハデスはお話の続きを話し出す。
「ゼウス様が私と同じこの力を使えば、あの【パンドラの箱】の封印さえ解放する事によって、魔族に転生する前の莫大な数の魂を取り入れられる。そうなれば、理の糧を外し、魔性の幼女とその仲間の女を極刑に出来ると思ったのだ。私の取り越し苦労だった様だがな」
「そう言う事ッスか。つまりご主人の事をまだ有罪だと思っていたから、ウンディーネ様に老害神を連れて行かせて、パワーアップさせようと思ったんスね」
「なるほど、アタシもわかったんだぞ」
「がお」
「でも、それなら急ぐ必要は無い気がするなのよ」
「どう言う事です?」
「ゼウスは幼女先輩をお嫁さんにしたいだけなの。だから、パンドラの箱の封印を解いた所で、それで何かが変わるって事も無い筈なのよ」
スミレちゃんの言う通りかもしれないと、私は頷く。
だって、私を殺すんだって感じだったらヤバいかもだけど、嫁にしたいって人がそんな所に行ってもねって感じだもん。
「……確かにそうです」
ラテちゃんも納得したようで、あくびをして目を擦った。
「安心したら、眠くなってきたです」
「にゃー。ニャーも何だかホッとしたにゃ。凄い恐ろしい魔族か何かが出て来ると思ってたにゃ」
うんうん。
パンドラの箱って言ったら、最後に残る希望以外は、恐ろしいものって感じだもんね。
と言うか、最後に残る希望って何だったんだろう?
私達が暮らしている村の事かなぁ……って、あれ?
もし私達の村もそのパンドラの箱の一部として考えて、トランスファって名付けられたなら……まさか!
私はリリィを見る。
転生者でも無い、この世界の、しかもトランスファで生まれたチートな女の子!
間違いなくリリィが最後の希望だ!
絶対そうだよ!
ゼウスさんもなんだかんだ言って、無傷で余裕で倒しちゃってたもん。
流石はリリィ、最後の希望だよぉ。
なんだか納得しちゃったなぁ。




