157 幼女は今一度自分の姿に向き合う
私が暮らす村トランスファは、人口約60人程度の小さな村。
特に何か変わった所があるわけでもなく、辺境にある何の変哲も無いただの平和な田舎の村。
そんな何も無いこのトランスファの名前の意味なんて、今まで考えた事も無かった。
私も何度か前世では耳にした事のある【パンドラの箱】と言うものが、ここトランスファと何か関係があるらしい。
パンドラの箱とハデスが言った途端に、何かを知っているラテちゃんが、私が頭に着けているうさ耳を持つ手にギュッと力を加えた。
「ウンディーネ、このお方を村の近くにある噴水広場に連れて行け」
噴水広場?
確か、ラテちゃんが私と出会う前に住んでいた所だよね?
「あ~、そう言う事ね~。良いわ」
ウンディーネがハデスからゼウスさんを受け取り、この場から去ろうとする。
「ジャス! 行かせては駄目です! パンドラの箱を使わせたら大変な事になるです!」
「……うん。わかったよ」
意味は全くわからないけれど、今は聞いている余裕は無さそうだし、私はラテちゃんを信じてウンディーネの前に【素粒光移】で移動する。
私は両手を広げて、ウンディーネの前を通せんぼした。
「ウザいわね~。今は構ってあげてる暇無いの。どいてくれない?」
「どかないよ」
「ウンディーネ様、本気です? パンドラの箱を使うと言う事は、せっかく封印されていた魔をこの世界に呼び込む事になるです!」
「そんなのアタイには関係ないし。このまま大精霊として、下等な人間共になめられたままじゃ終われないってヤツ~」
「おいたんはジャスミンたんに舐められたいな」
「ウィスプ様は黙ってるです! ウンディーネ様、考え直すです!」
「邪魔ね~。ちょっとハデス、こいつ等邪魔なんだけどー?」
ウンディーネが面倒臭そうにハデスを見て訴える。
いつの間にか、ハデスはセレネちゃんを片手で持ち上げながら、ポセイドーンの側に立っていた。
ポセイドーンの側にいたハッカさんとレオさんは、ハデスから逃げて少し距離を置いた所で震えていた。
2人の無事に安堵していると、ハデスが私を一瞥してから、とんでもない事をしでかす。
「ポセイドーン、哀れな神よ。我が力の糧となり、私の中で永遠となれ」
ポセイドーンの体の中から、白く淡い光を放つ半透明な何かが現れる。
そして、ハデスがそれを掴んで食べてしまった。
ハデスは、セレネちゃんに大きな鎌の刃を向けて話す。
「動くなと言っただろう? 魔性の幼女。アルテミスの……貴様の友の首が飛んでも構わんのか?」
「……っ」
軽率だったと、素直に反省した。
セレネちゃんが人質にとられているのに、リリィがこの場にいるから、多分大丈夫だろうと何も考えずに動いてしまったのだ。
流石にリリィも身動きが取れないでいたのだ。
当たり前だ。
リリィだって、お友達が人質にとられていれば……と、思ったのだけど、はい。
違いますねあれは。
私はリリィに視線を一瞬だけ映して、二度見する。
リリィは何故かラークと2人で、こそこそと言い合いをしていたのだ。
え?
何やってるのあの2人?
喧嘩?
今そんな事してる場合じゃないよ?
そんな事を私が思っていると、次第に2人の言い争いがエスカレートしていって、声が建物内に響き渡る。
「だーかーらー! 俺が直接更衣室に入ったわけじゃないって言ってんだろ!」
「どーだか! どうせアンタの事だから、ジャスミンの脱ぎたての服の匂いを嗅ぐために更衣室に忍び込んだんでしょう!?」
「するか! 何で俺があんなブスの臭いなんて嗅がなきゃいけねーんだよ! 何度も言ってるが、あの時はこのポーチにジャスミンの強さの秘密があると思って、部下に奪って来させただけだ!」
え?
ポーチ!?
よく見ると、ラークが私の愛用腰かけポーチを持っていた。
「私が言った言葉が理解出来ないのか? これだからガキは嫌いだよ。どいつもこいつも人の話を聞きゃしない。本当に目障りな奴等だ」
ハデスが周囲に殺気を放って、セレネちゃんに向けていた刃がギラリと光る。
すると、セレネちゃんが刃を首元に向けられているにもかかわらず、不敵に笑ってハデスを見た。
「だっさ。所詮ハデスもその程度っしょ。無視されて顔真っ赤にして、ホントださ過ぎ」
「死にたいようだな」
させない!
魔力を集中し、ハデスでは無く、狙いをセレネちゃんに定める。
使うのは闇の魔法。
シェイちゃんが使っていた黒い靄だ。
「魂ごと斬り落としてやろう!」
「させないよ!」
ハデスがセレネちゃんの首を大きな鎌の刃で斬り落とす寸でで、私はセレネちゃんに魔法を使用する。
セレネちゃんは刃で首を斬り落とされる前に、黒い靄に包みこまれてその場で消える。
「何っ!? 私のスピードを超えた魔法だと!?」
ハデスが驚きの声を上げて私を見た。
それと同時に、私の側に黒い靄が現れて、セレネちゃんはそこから床に落ちて尻餅をする。
「痛た~」
「セレネちゃん、大丈夫?」
「お尻以外はね」
「あはは……」
セレネちゃんの答えに苦笑していると、セレネちゃんが立ちあがりながら言葉を続ける。
「ごめんね、私のせいでパパを逃がしちゃった」
「え? あ、ホントだ」
どうやら、セレネちゃんを助けている間に、ウンディーネがゼウスを連れていなくなってしまっていたようだ。
既に姿は無く、目で見える範囲にもいないようだった。
「ジャスミン、お前のだ!」
「え?」
不意にラークに声をかけられて、ラークに振り向く。
すると、ラークが私に向かって腰かけポーチを投げた様で、私は慌てて腰かけポーチを受け止めた。
「ありがとー!」
「貸しにしてやるぜ」
貸しって、そもそも……うぅん。
まあ良いか。
ラークだもんね。
「何が貸しよ! そもそもアンタが勝手に盗んだんでしょーが!」
「ああっ!? うっせーな! ホントに一々うるせー女だな! これだから女は嫌いなんだよ!」
まだ喧嘩してる。
2人共本当に飽きないなぁ……。
もうここまでくると、逆に気が合うんじゃって思えてくるよ。
私は受け取った腰かけポーチを腰に巻いて、ポーチを腰に着けたバニーガールへと進化した。
顔を下に向けて、改めて今の自分の姿を見てふと思う。
何で私ずっとこんな格好で動き回ってるんだろう?
うぅ……今更すぎるけど、なんだか恥ずかしくなってきたよぉ。
あ、そうだ。
ポーチの中にお洋服を入れてる小瓶があったよね!?
着替えちゃおう!




