152 幼女は長話を聞きたくない
サガーチャちゃんから怪しげな薬を貰って、私が飲むのを躊躇っていると、それまで驚きすぎて黙って見ていたゼウスが叫び出す。
「貴様等、我等神を前にして、よくも好き放題蛮行を繰り返してくれたな!」
「はあ? アンタこそたかが神の分際で随分と偉そうね。ジャスミンに平伏しなさいよ」
「何だと? 貴様あっ! 神を愚弄するか!?」
ゼウスが怒号し、リリィに殺気を放つ。
だけど、リリィはゼウスに興味が無いらしく、全く視線を合わせようともせずに私を見た。
「ジャスミン、飲まないの?」
「え? あ、ううん。飲むよ。飲む飲む」
私がリリィに返事をしている間も、ゼウスは何やら怒鳴っている。
私はと言うと、リリィに返事をしてから薬を見つめる。
虹色に輝く怪しげな液体は、本当に飲んで大丈夫なのかと疑いたくなる。
と言うか、聞かない様にしているけど、ゼウスが「貴様! 儂の話を聞いておるのか!?」などと怒鳴っていて煩い。
「心配しなくても大丈夫だよ、ジャスミンくん。良薬口に苦しと言うことわざもあるだろう?」
「そ、そうだね」
それもそうなんだけど、背後が煩い……。
薬の入った小瓶に口をつける。
周囲に雷が迫ったような気がするけど、リリィが蹴り飛ばしていたので気にしないように努力する。
私は勇気を出して、虹色に輝く液体を一気に飲み干した。
液体を飲みほした瞬間に暖かな光に包まれる様な感覚を覚えて、先程まで感じていた鉛の様に重たかった体の重みも消えていった。
凄い。
ハッキリとわかる自分の中で起きている変化に驚き、両手に魔力を集中する。
「リリィ」
リリィの名を呼び、リリィの腕にそっと触れて魔法を使う。
使うのは、リリィの体を癒す為の回復の魔法。
水と光の癒しを使い、リリィの体を優しく水と光が包み込む。
「ありがとう」
リリィの体を蝕む紫色の毒は消え、リリィの全身についた傷は全て無くなった。
私はリリィにお礼を言われて頷いて、それからポセイドーンも回復しようと近づいた。
だけどその時、ポセイドーンを回復しようとした私に、トンちゃんが近づいて止めてきた。
「ご主人、こんな奴回復しなくて良いッスよ」
「でも、このままだと可哀想だよ」
「全然可哀想なんかじゃないッスよ。こいつのせいで、プリュが辛い目に合ったんスよ」
「え? どう言う事?」
トンちゃんに首を傾げて訊ねると、丁度その時ゼウスがまた叫ぶ。
「何故だ!? 何故儂の神の能力が破られた!? その娘は魔法を封印したはずだ!」
「問題無いさ。私はその神の能力を調べたからね」
サガーチャちゃんがゼウスに向かって話しかけると、ゼウスがサガーチャちゃんを睨んだ。
すると、サガーチャちゃんは余裕の笑みを浮かべて言葉を続ける。
「私が作りだした【神無理】は、そこにいるアレース神が加護を与えたギャンジと言う男に協力してもらって、神の加護の力を調べて作り上げた物なのさ。神の加護は中々調べがいがあって楽しかったよ」
ゼウスがラークに視線を移す。
ラークは腕を組んで顔を顰めて首を傾げていた。
「ギャンジ? 誰だそいつ?」
こらこら。
ラークの反応を見て、ゼウスは更に怒り狂う。
「アレース! なんと言う愚かな事を! 貴様を下界に行かせるべきでは無かったな!」
「一々うっせーな~。馬鹿みたいに怒りやがって、カルシウム足りてないんじゃねーの?」
「貴様あ!」
ゼウスが右手をラークにかざし、ラークに向かって青白い電流を放つ。
ラークは慌てて横っ飛びして電流を避けて、元いた場所に視線を向けた。
先程までラークがいた場所は、ゼウスの放った電流で、見事に文字通りの消炭になっていた。
「あ、あっぶねえ」
「アレース、貴様には分かるまい。儂がこの下界に降りてきて、如何にこの下界に嘆いたのかを!」
ゼウスがラークを睨み叫ぶと、宙に浮かんで私達の頭上で停止して、私達を見下ろしながら語りだす。
「あの海上で召喚された儂は、兄者と共にこの地に降りた。だが、儂を待っていたのは非情な現実であった」
え? 何?
突然語りだしちゃったよ?
「兄者の計画は実に素晴らしく、儂も若い女子のおパンツを楽しみにしていたのだ」
おパンツ!?
ど、どうしよう?
何の前振りも無く、突然本当におバカな事を語りだしちゃったよ?
うぅ……聞きたくない。
これ聞かないとダメなのかな?
「しかしどうだ! 海猫共の視界を共有する兄者と見たその景色は、若い女子のおパンツだけでなく、年老いた老婆の汚らしい物まで見えてしまったのだ!」
う、うわぁ……。
本当にどうしようもなくおバカな内容過ぎて、もうお腹いっぱいだよ。
って、あれ?
リリィは何処に……あ、いた。
ゼウスがおバカなお話を語る中、リリィはセレネちゃんを助けだしていた。
「それだけでは無い! 海猫共は自由に動き、見たくもない男共の――」
うん。
とりあえずゼウスは無視が一番だよね!
リリィがセレネちゃんを私の許まで連れて来て、私はセレネちゃんの無事を確認する。
他の皆もそうだけど、透明な箱の中に入れられると眠らされるだけの様で、特に外傷も毒の様なものも無かった。
そうだ!
アプロディーテーさんの怪我も治さなくちゃ!
アプロディーテーさんの怪我を治療しに行こうとすると、丁度その時、トンちゃんに話しかけられてしまう。
「ご主人、あのゼウスとか言う神様の話が中々終わらないッス」
「え?」
トンちゃんに話しかけられて、ゼウスに視線を戻す。
「だからこそ、儂はこの下界を粛清すべきだと考えに至ったのだ! そして、魔性の幼女の存在を知り――」
校長先生の長話みたい……。
って言うか、本当にお話長すぎない?
「もー怒った」
「え?」
不意に声が聞こえて振り向くと、セレネちゃんが目を覚ましてゼウスを睨んでいた。
「セレネちゃん、良かった。目を覚ましたんだね」
話しかけるとセレネちゃんは頷いて、ゼウスに向かって大声で怒鳴る。
「パパ! くだんない話してないで降りて来てくんない!? 今直ぐ殺してやるから!」
う、うわぁ。
もの凄く怒ってらっしゃるよぉ。




