150 幼女は困惑し神は驚愕する
※今回から主人公視点のお話に戻ります。(126話の続きです)
「永遠と続く神の裁きを受け続け、死ぬ事の無い苦しみを味わうがよい!」
そう言葉にしたゼウスが手に持つ杖を振るい、建物内の頭上に広がっていた暗雲から雷が私目掛けて落とされた時、私はリリィの事を想っていた。
リリィは私が転生者だと知ってから、ある意味変な方向に変わってしまったけれど、それでも私に今まで通りに接してくれた。
本当に大切な親友で、私にとって大切な人。
私はゼウスの雷で、きっと永遠と苦しみ続けるかもしれないけど、それでもリリィとの思い出があれば大丈夫だ。
でも、それでも願ってしまうのだ。
最後にリリィに会いたいと。
だけど、私の願いは届かない。
届くのは、私の頭上に落ちたゼウスが放った雷だけだ。
顔を上げて、雷が届く寸でで私は目をつぶり、これから受ける罰を受け入れようと覚悟を決めた。
耳の奥まで響く雷に打たれる轟音。
建物すらも、その威力に悲鳴をあげて悍ましく音を響かせる。
私は雷を浴びて……浴び…………あれ?
浴びて……浴びないなぁ?
うーん……音は凄い聞こえるんだけどなぁ。
中々浴びないけど何でだろう?
……あ!
わかった!
リリィだ!
きっとリリィが私のピンチに駆けつけて来てくれたんだ!
絶対そうだよ!
リリィはいつも私のピンチを救ってくれるんだもん!
間違いないよ!
私は期待に胸を膨らませて、顔を上に向けたまま目を開ける。
そして私の瞳に映ったのは……。
「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃがががががっっ!!!」
まぶたを開けて瞳に映ったのは、なんとここにいなかった筈の人物ならぬ可愛いフォルムのあのお方。
「ポセイドーン!?」
そう。
私のピンチを救ったのは、カウボーイハットがチャームポイントな、可愛い海猫ちゃん姿のポセイドーンだったのだ。
何故かポセイドーンは私の頭上にいて、ゼウスの放った雷を受けて叫び続けて黒焦げになり、そのまま床に落ちて私の側に転がった。
「あ、兄者!?」
ゼウスが驚いて、建物内も騒然として騒がしくなる。
私はと言うと、突然の意味不明な出来事で思考が停止してしまいそうになったけれど、気をしっかり持って床に転がるポセイドーンに視線を向けた。
ポセイドーンはこれでもかと言うくらいに本当に真っ黒になってしまっていて、ピクピクと痙攣している。
でも、それだけでなかった。
よくみるとだけど、お腹に蹴られた痕の様な物がある。
「だ、大丈夫?」
恐る恐る黒焦げのポセイドーンに話しかけてみるけれど、当然大丈夫なわけもなく、ピクピクと痙攣しているだけで返事は無い。
ど、どうしよう?
身を呈してポセイドーンが私を護ってくれたのかなぁ?
うーん……。
でも、そうだとしても理由がないし……。
回復してあげたいけど、今は魔法使えないからなぁ。
私が困惑していると、ゼウスが何かを見つけた様で呟く。
「なんだこの穴は? まさか、兄者が誰かにここまで飛ばされたのか?」
ゼウスの言葉を聞いて視線を向けると、確かに壁に大きな穴が空いていた。
その穴から外の景色が見えてわかったのだけど、恐らく猫喫茶がある方角だ。
私はまだ行った事が無いけれど、昨日リリィ達から聞いた方向だったので間違いない筈だ。
もしかして……。
考えるまでも無い。
ポセイドーンをここまで吹っ飛ばして壁に大きな穴を空けた犯人は、このポセイドーンのお腹に残る蹴られた痕を見る限り、絶対にリリィで間違いないだろう。
もう、リリィってば……。
可哀想だから酷い事したら駄目だよと、リリィにちゃんと言わないととも思ったのだけど、今回は結果としてリリィに助けられたので黙っておこうと考える事にした。
「悪運の強い奴だ。だが、貴様の罪が償われたわけでは無い! 今度こそ、貴様に永遠と続く神の裁きを与え、死ぬ事の無い苦しみを味わせてやろう!」
ゼウスが再び杖を暗雲に向かって掲げる。
そしてその時、ポセイドーンが目を覚ました。
「あ、あかん。ワテが神の力もっとらんかったら、ホンマに死んどったで」
「お、おはよう? って、それどころじゃないよ。早くここから離れて!」
「はあ? ……己は魔性の幼女!? 何でこないなとこにって、何やここ!? ワテはいったい……って、そんなもんどうでもええわ。丁度ええ。魔性の幼女、悪いがおのれを憂さ晴らしの相手にしたるわ!」
ポセイドーンが頭から煙を上げながら、黒焦げのまま私に向かって跳躍する。
「恨むんやったら、おのれの友人を恨んどき!」
「受けよ! 我が神の雷を!」
「あ、待っ――――」
ポセイドーンが私に飛びかかって頭上に来た時に、タイミングが良いのか悪いのか、ゼウスが杖を振るって暗雲から雷が放たれてしまう。
「ごぎゃぎゃぎゃがががごごぎゃごっっっっ!!!」
あぁ、遅かったかぁ。
非情にも放たれてしまった雷が、私では無くポセイドーンに見事に命中してしまった。
「兄者あああっっ!」
ポセイドーンは2度目の雷の直撃を受けて、再び私の横に転がった。
建物内は沈黙に包まれて、と思ったのだけど、他の神様達が一斉に笑いだす。
それはもう、本当に楽しそうに豪快に。
ちょっと神様達、笑ったら可哀想だから我慢してあげて!
とくにそこ!
「ぎゃははははっはっひーいはっはっはっはっゲホッゲホッ……」
さっきまで離せと叫んでいたラークがポセイドーンに指をさして、これでもかと言うくらいに笑って咽ていた。
「兄者が身を呈してまで二度も魔性の幼女を助けただと!? まさか……っ!?」
ゼウスが動揺して、こめかみに一粒の汗を流す。
いやいやいや。
絶対に貴方が考えている様な事は無いと思うよ?
って言うか、アレ見てたよね?
助けるって言うよりは、まき込まれたって感じだったでしょう?
私は再びポセイドーンに視線を向ける。
ポセイドーンは最早痙攣すらしていなくて、ピクリとも動かない。
流石に心配になり、息をしているか確かめようと、しゃがもうとしたその時だ。
私の目の前に、ハデスと呼ばれていた神様が現れた。
「これで助かったと思うなよ。判決は既に決まっている。貴様には死よりも恐ろしい罰が待っているのだ」
目の前に立つハデスを見上げ、私はごくりと唾を飲み込んだ。
ハデスは漆黒のマントに包まれていて、手には大きな鎌を持っている。
そして、その鎌の刃は私に向けられていて首に触れていた。
間違いなく、今少しでも動けば、私の首は真っ二つにされてしまうだろう。
「魔性の幼女……いや、ジャスミン=イベリスと言う名だったな? ジャスミン=イベリスよ。首を切断されても、尚生き続けなければならない苦しみを、貴様にまずは味わって貰お――――」
「自分で味わいなさい糞野郎!」
ハデスが私の首を斬ろうとしたその時だ。
突然目の前にリリィが現れて、私をお姫様抱っこした。
そして、ハデスが言葉を言い終わる前に、リリィがもの凄い勢いでハデスの顔を蹴り飛ばした。
「――ぐおおおおおーっっ!!」
ハデスが吹っ飛び建物に大きな風穴を開けて、何処かへ向かって飛んで行く。
私は大きく空いた風穴には目もくれず、目の前に現れたリリィと見つめ合う。
「リリィ……。ありが――」
ありがとうと感謝の言葉を口にしようとしたけど、その言葉は私の口から発せられる事は無かった。
何故なら……。
「――ちょっとリリィ大丈夫!? 凄い鼻血出てるよ!? って、凄い傷! 何があったの!?」
私を助け出してくれたリリィは、私を見ながら幸せそうに微笑んでいたけれど、鼻血を大量に出し続けていたのだ。
しかも、それだけでは無かった。
更には、体のあちこちが傷だらけで、何やら紫色に変色している所まであった。
この紫色に変色した肌の形状を見る限り、もしかしたら毒に侵されているのかもしれない。
リリィと言えば、チートな身体能力に頑丈で何も効かない強靭な体。
そんなリリィが、鼻血はともかく体中が所々ボロボロになっているだなんて、いったい何があったのかと私が驚くのは当然だった。
私が驚いてリリィに訊ねると、リリィがそれに答える前に、リリィの背後からプリュちゃんがぴょこっと可愛らしく姿を現す。
「主様ー!」
「プリュちゃん!」
プリュちゃんが私に飛びついて、私はプリュちゃんを抱きしめた。
「良かった。無事だったんだね」
「リリさんが操られていたアタシを助けてくれたんだぞ」
「操られて……、そっか。そんな事があったんだ。リリィ、ありがとー」
「私は何もしてないわ。プリュが頑張ったからよ」
リリィに笑顔を見せて感謝すると、リリィは鼻血を流しながら微笑んだ。
その鼻血付きの微笑みを見て私は何とも言えない気持ちになり、ティッシュでリリィの鼻血をまずは拭きたいなと考えたけど、バニーガール姿の私がそんな物を持っている筈も無く諦める。
って言うか、リリィ鼻血出すぎだよ?
致死量超えてると思うのは気のせいかな?




