149 百合の本気は友の為に
「ごめんなさい、ごめんなさいだぞ。リリさん、酷い事してごめんなさいだぞ」
「バカね。私はいいのよ。私なんかの事より、プリュが元に戻ってくれて本当に良かったわ」
正気に戻ったプリュが私に抱きしめられながら、何度もごめんなさいと言って泣き続ける。
私はプリュを優しく撫でながら、ポセイドーンに視線を向けた。
ポセイドーンは苛立ちが頂点に達したのか、私に殺気を放って睨んでいた。
「おのれは何してくれとんのじゃボケエッ!」
「言いたい事はそれだけ?」
私とポセイドーンは睨み合い、ポセイドーンが銛を構えて私に飛びかかる。
「めんどい事しよってからに! 精霊如きに傷を負わされる様な格下の人間如きがワテを怒らすとどうなるか、その毒で死ぬ前に教えたるわ!」
ポセイドーンの銛が私の心臓を突き刺す様に肌に接触して、私はガードもせずにそれを弾き飛ばす。
「なんやと……!?」
ポセイドーンが顔を青ざめさせて後退る。
「嘘や! そんな筈無い! ワテの攻撃が効かんなんてありえへん! ワテの一突きは海を斬り裂くほどの威力やぞ!」
私はため息を一つ吐き出して、ポセイドーンに汚物を見る様に視線を向けた。
「この程度が海を斬り裂く? 本当に人を笑わす事だけは得意みたいね。まあ、アンタが愚かで馬鹿すぎるせいで、全く笑えないけど」
本当に笑えない。
大切な友人のプリュが利用されて、こんなにもプリュが悲しい思いする事になってしまったと言うのに、糞みたいにギャーギャーと煩く話されて私の堪忍袋の緒はとっくに切れている。
全身を襲う痛みや痺れなど、目の前の糞神への怒りで最早無に等しい。
糞神ポセイドーンを睨みつけて、プリュを体から離す。
「覚悟は出来た? 糞神」
「ひ……っ!」
手加減などしてやらない。
私は全身の痛みや痺れがどうでも良いと思える程に怒っている。
もしかしたら、後でジャスミンが私に可哀想な事をしたらダメだと、暴力をしたらダメだと怒るかもしれない。
だけど、それも甘んじて受け入れよう。
例えこれがきっかけで、酷い奴だとジャスミンに嫌われたって構わない。
私はプリュに悲しい思いをさせて泣かせたこの糞神を絶対に許しはしない!
全身のあちこちにある傷や毒の影響で、内臓に至るまで全身が痺れて蹲り叫びたくなる程の痛みが私を襲い続けているけど、そんなもので私を抑える事など出来よう筈もない。
糞神との間合いを一瞬で詰めて、私は本気で糞神を蹴り飛ばした。
糞神が光速で吹っ飛んで、吹っ飛ぶ速度を変えずに店の壁を突き破っていく。
そして、糞神がいなくなった瞬間に、時間差で私を中心に強風が発生する。
風は店内の中ではおさまり切らず、店を破壊して屋根が天井諸共吹き飛んでいった。
この場に残ったのは、私と私の友人達。
そして、馬鹿親二人に横たわる海猫達と机の下に隠れていた蛇女とアマンダに護られていた猫達と気絶しているマーレとメールと、ジャスミンのお母様とお父様だけだった。
そう、ジャスミンのお母様とお父様…………ジャスミンのお母様とお父様!?
私は血の気が引いていくのを感じながら、ジャスミンのお母様とお父様に視線を向ける。
間違いない!
いつの間にか、何故かマトリョーシカからお出になられておられる!?
「お、小母様、小父様、あの……えっとですね…………」
糞神をぶっ飛ばして冷静になったからか、私はもの凄くヤバい事をしてしまったと混乱する。
よくよく考えてもみれば、本当にやり過ぎたかもしれない。
後悔なんかこれっぽっちもしてないけれど、だからと言って、猫喫茶を廃墟どころか建物ごと消す事はないと今の私ならわかる。
ジャスミンが楽しみにしていた猫喫茶を亡き物にして、更にはジャスミンのお母様とお父様の働き口を消し去るなんて、決して許される事では無い。
自害しかないわね。
私は決意し、そこ等辺に転がっている瓦礫の、丁度喉を一突き出来そうなお手頃サイズを探し始める。
「リリさん? 何やってるんだぞ?」
「猫喫茶を壊してしまったお詫びをする為に、自害しようと……」
丁度お手頃サイズの瓦礫の破片を見つけたので、私はそれを拾いあげる。
すると、先程まで涙を流していたプリュが、凄く驚いた表情を見せて叫ぶ。
「じ、自害か!? やめるんだぞ! そんなのダメなんだぞ!」
プリュが私からお手頃な瓦礫の破片を奪おうとして、私はそれに抵抗する。
「止めないでプリュ! 私が悪いの! 猫喫茶を壊してしまったんだもの! きっとジャスミンが悲しむわ! いいえ。もしかしたら怒るかもしれない。私はもうジャスミンに合わせる顔が無いのよ!」
「そんな事で主様は怒ったりしないんだぞ! リリさん落ち着くんだぞー!」
「そうッスよハニー! そこまでする必要ないッスよー!」
私が必死に罪を償おうとするも、プリュと横から入って来たドゥーウィンがそれを阻止してしまう。
それだけでは無い。
フォレやアマンダ、それにナオとマモンまで私に近づいて来た。
「何をやっておるのぢゃ?」
「どうしたの? 何かあったの?」
「にゃー。リリ、ちょっと落ち着いた方が良いにゃ」
「こらー! リリィ=アイビー! 死ぬなら私に頼め! 殺してやるぞ!」
「化け猫は話をややこしくするから向こうに行ってるッスよ!」
「リリさん! お願いだから止めるんだぞー!」
「離してプリュ! 私は罪を償う必要があるのよ!」
それにしても本当に強いわねプリュ。
ドゥーウィンと二人がかりとは言え、ここまで抵抗出来るなんて流石だわ。
でも、今はその強さは出さないでほしいわね。
だって、このままだと不味いのよ!
罪を償う為に自害できないじゃない!
お手頃な瓦礫の破片を私と必死に奪い合うプリュとドゥーウィンは手強くて、流石に私もこのままでは不味いと焦り始める。
すると、そこでジャスミンのお母様とお父様が私の側に近づいて来て下さった。
私は慌てて二人に向き合って、これでもかと言う程腰を曲げて頭を下げる。
「ごめんなさい! 小母様と小父様の――」
「リリィちゃん、こんなになってまでプリュイちゃんを救ってくれてありがとう」
「え?」
頭をあげると、小母様も小父様も私を優しく見つめてくれていた。
二人の表情を見て私が驚くと、小母様が私を抱きしめて下さって、小父様が微笑みながら口を開く。
「僕達は、プリュイちゃんがあんな事になってるなんて、全く気がつかなかった。本当に情けないよ。プリュイちゃんは僕達の家族なのに気がつかないだなんて。でも、だからこそ本当に感謝したい。ありがとうリリィちゃん。君のおかげでプリュイちゃんが助かったんだ」
「小父様……」
「パパさんの言う通りなんだぞ。リリさん、アタシを助けてくれてありがとうなんだぞ。とっても嬉しかったんだぞ」
プリュが満面の笑みを見せて、プリュの瞳から涙が零れる。
私はプリュの笑顔を見つめながら、プリュを助ける事が出来て本当に良かったと、心からそう思った。




