148 百合と精霊の絆は深い
プリュの激しい攻撃を受け続ける私の頭からは、噴水の様に血が大量に噴き出ていた。
そんな中、私はプリュを助け出す方法を考える。
正直操られている相手を元に戻す方法なんて思いつかない。
殴る蹴るで解決出来る様なものでも無いし、出来たとしてもプリュを傷つけるのは出来れば避けたかった。
私は一度気持ちを落ち着かせる為に目をつぶる。
先程も避けるつもりで集中力を高めたのは良いけれど、ドゥーウィンの言う通りで、攻撃に自ら無意識にあたりに行ってしまっている。
しかし、だからと言って攻撃を全部避けられるかと言われたら、出来ないと言えてしまうくらいのものではあった。
プリュの魔法は私の立ち位置から避ける範囲を予測して、その先に他の攻撃が行くように何重にも予測されて魔法が繰り出されていた。
それが止む事なく出続けていて、流石に私も無傷とはいかない。
それ程凄いものだった。
目をつぶって気持ちを落ち着かせている今この時も、延々と止む事の無い氷の雨が降り続けているし、切れ味が良いだけでなく物を溶かす強力な水の車輪が私を襲い続けている。
私は目をつぶりながらも空気の動きを感じ取って水の車輪を最低限避けて、氷の雨を受け続けている。
そして、そんな私を見て気分を良くしたのか、ポセイドーンが笑いだした。
「愉快やなあ! リリィ言うたか? なんやえろお強い子供がおる聞いとったけど、おのれももうお終いやな!」
目を開けてポセイドーンに視線を向ける。
流石はプリュと言って良いだろう。
ナオはプリュの広範囲にわたる魔法からアマンダと一緒に猫達を護る為、ポセイドーンに攻撃する余裕は無さそうだった。
そしてポセイドーンの周りで抗議していた海猫集団は、いつの間にかぐったりと倒れていて、床に力無く横たわっていた。
私の視線に気がついたポセイドーンは、顔を顰めて言葉を続ける。
「このボケ共は煩あてかなわんから黙らせたんや。ちったあ静かになったやろ」
ジャスミンであれば、きっとここで怒るだろう。
だけど、私はジャスミンと違って、たいして興味も無い海猫達の為に怒ってあげる程優しくはない。
それでも、海猫達が不憫だったからか、少しだけ苛立ちを覚えた。
「しかし、魔性の幼女と契約しとる水の精霊を使うて正解やったな。ワテはな、魔性の幼女の実力だけは認めとるんやで。せやから水の精霊をワテのもんにしたったんや」
「使う? もんにした?」
段々と苛立ちは高まっていく。
本気で腹ただしくてどうにかなりそうだ。
プリュを自分の道具か何かだと勘違いするのも大概にしろと言うもの。
「ホンマにええもん拾うたわ。こんなに才能のある精霊、他にはおらんで。ワテも神やからな、大精霊を超える実力なんは直ぐに見ぬいたったで。この才能は人間如きには勿体無いやろ? 神が使うた方がええに決まっとる」
苛立ちを我慢出来そうにない。
ポセイドーンを睨んで今直ぐに蹴り飛ばしてやろうかと動こうとしたのだけど、ドゥーウィンが突然笑い出して、私はドゥーウィンに驚いて足を止めた。
「ぷぷぷ。プリュが才能ある精霊って、何言ってるッスか? ぷぷぷ。ポセイドーン神って、人を見る目が無いッスね。あ、この場合は精霊を見る目ッスかね? ぷぷぷ」
笑いながら喋るドゥーウィンに苛立ったのか、ポセイドーンがプリュに魔法を停止させて、店内を静かにさせてドゥーウィンを睨みながら質問する。
「おい、おのれはワテをなめとんのか? ワテはおのれ等精霊よりも遥かに格上の神やぞ? ワテは見ての通り真っ直ぐでな、残虐非道は好かん。せやけどな、なめた態度とるん言うなら、事と次第によったらただじゃすまさへんで?」
「別にボクは本当の事を言っただけッスよ。神様ともあろうお方が、事もあろうかプリュに向かって才能あるだなんて、もうギャグにしか聞こえないッス」
「あ゛あ゛んっ! いてこましたるぞわれええっっ!」
ドゥーウィンのおかげで、先程までの苛立ちが嘘の様にひいていき、私も可笑しくて笑ってしまう。
「ふふ。そうね、ドゥーウィン」
私がドゥーウィンと一緒に笑うと、ポセイドーンが血管が切れるのではないかと言う程に顔を真っ赤にさせる。
「おのれ等、五体満足でここから出られると思わん方がええで!?」
ポセイドーンがプリュを一瞥してから偉そうに命令する。
「やったれプリュイ! ぶち殺したりー!」
「わかったんだぞ」
プリュが両手を前にかざして、再び天井に魔法陣と、今度はプリュの背後に幾つもの魔法陣が浮かび上がる。
私はそれを見て、ゆっくりとプリュに向かって歩き出した。
そして、プリュの目を真っ直ぐ見つめながら、優しく話しかける。
「プリュ、可笑しいわよね。ポセイドーンは神のくせして、全然貴女の事をわかってないのだもの」
「アイシクルレインとポイズンキャノンだぞ」
天井からは氷の雨が再び降り始め、プリュの背後の魔法陣からは毒の砲弾が放たれる。
私はそれを避けようとはしなかった。
違うわね。
もう、避けようとは思わなかった。
「私は知ってるわ。プリュがジャスミンに隠れて、ずっと努力してきた事」
氷の雨が全身を襲い、氷の雨を受けた所から血が流れ出す。
毒の砲弾が体にあたれば、そこが紫色に染まって、私の体を蝕んでいく。
「貴女は自分を受け入れてくれたジャスミンに報いたくて、ジャスミンの優しさに応えたくて、必死にずっと自分の弱さを変えようと努力してきたんだもの」
毒が手足を麻痺させて、立つのもままならない程の痺れが私の歩みの邪魔をする。
「それを才能の一言で片付けちゃうなんて、本当に可笑しくて笑ってしまえるわよね」
今まで味わった事の無い、今直ぐ叫びたくなる程の酷い痛みが全身を襲う。
「ねえプリュ。貴女がこんなにも強くなれたのは才能なんかじゃなくて、ジャスミンの為に頑張ったからなんだって、あの馬鹿な神に言ってやりなさいよ」
私はプリュの目の前に立つ。
プリュの瞳からは涙が零れ落ちて、いつの間にか魔法も止まっていた。
「プリュ、もう悲しまないで。貴女には、笑顔が一番似合うのだから」
プリュの瞳から零れる涙を指で拭った。
「一緒に、ジャスミンの所に帰りましょう?」
指では拭いきれない程の涙が次から次へと流れ出して、プリュは私の指を握って眉根を下げて目を合わす。
「リリさん、ごめんなさいだぞ」
「プリュ、気がついたのね。本当に良かったわ」
プリュの瞳には光が戻って、溢れ出る涙は止まらない。
私はプリュを抱きしめて、微笑みながら優しく頭を撫でた。




