147 百合を同情させる海猫の扱い
気絶したメールを脱がせて奪ったウェイトレスの服に着替えた私は、ポセイドーンに視線を向けた。
ポセイドーンは空中に放り投げた銛を手に取っていて、何かを探す様に店内をチラチラと見ていた。
下着姿で気絶しているメールの近くにいる猫達に、アマンダが視線を向けて私に話す。
「ポセイドーンの相手はナオに任せて、貴女はプリュイをお願い。私はこの子達を護るわ」
「ええ、ありがとう。頼むわね」
プリュに視線を向ける。
ドゥーウィンには小母様と小父様とサガーチャ、フォレにはビリアをそれぞれ任せているから、そっちの心配もいらない。
ナオがポセイドーンの相手をしてくれるのなら、今までの実力を考えれば、きっと任せてしまって大丈夫。
でも、安心は出来ない。
ここからが本当に大変なのだから。
プリュを助けたくても、いったいどうすればいいのかは見当もつかない。
虚ろな瞳は光を宿す事なく、ただただ何処か遠い所を見つめている様で何の感情も見えない。
プリュはジャスミンと同じ様に、顔の表情をコロコロと変える子だった。
でも、今のプリュは無表情で、何処か寂し気で……私は、あの時見せた涙を思いだす。
そして、プリュに何か呼びかけてみようと考えた。
「プリュ――」
「おのれ等! 動かん方がええで!」
プリュに呼びかけようとしたその時、ポセイドーンが大声を上げて、私の声がかき消された。
若干の苛立ちを感じながら、ポセイドーンに視線を向けて驚いた。
「こいつ等はおのれ等の仲間やろ?」
そう言ってニヤリと笑ったポセイドーンの横で、いつの間にかプルソンとルピナスちゃんが縄で縛られて気を失った状態で倒れていた。
ナオは既にポセイドーンに向かって走っていた様だったけれど、二人の人質を取られて身動きが取れなくなっていた。
だけどそんな中、私が驚いたのは人質にとられてしまった二人にでは無い。
その二人を縄で縛って、二人の背後に立っていた人物だった。
「ママ、パパ、何やってるの?」
私は二人の背後に立っていた人物、馬鹿親共に冷めた視線を向けて質問した。
「リリィ、少し見ない間に成長してしまったね。パパは悲しいぞ!」
「リリィお願い! 元のあの可愛らしい姿に戻って!?」
馬鹿親共が悲痛に叫び、見ているだけで苛々する。
「ナオー。その馬鹿な私の両親諸共ポセイドーンをぶっ殺しちゃっていいわよ」
「にゃー!? 流石にそれは出来ないにゃ」
ナオが困惑して未だに躊躇うので、私は心の底から微笑んで助言してあげる。
「良いの良いの気にしないで。そいつ等馬鹿だから一度死んだ方が良いわよ」
「にゃー……」
ナオが冷や汗を流して、パパが叫び出す。
「なんて事言うんだリリィ! わたしは、パパはそんな風にリリィを育てた覚えはないぞ!」
「何言ってるのよ。見事に育ったんだから、そう言う風に育てたんでしょう?」
「リリィがいつにもまして辛辣な事を言ってるわ! でも、ママはツンデレだってわかってるわよ!」
「ナオ、やっぱり私が引導を渡すから、ちょっと待っててもらえるかしら?」
「にゃー。リリ、ママとパパは大切にした方が良いにゃ」
「娘の友達を人質にとる様な馬鹿親を大切に出来るわけないでしょう?」
「にゃ、にゃぁ……」
今度は少し苛立って微笑みながら眉間にしわを寄せて話すと、流石に言い返せなかったのか、ナオは言葉を失って黙り込んだ。
「さて、ママ、パパ、今までありがとう。感謝をこめて苦しまずに殺してあげるわ」
馬鹿親の息の根を止めようと思ったが、突然海猫集団が現れて「捕まえろー!」と声を上げながら、馬鹿親共を縄で縛りあげる。
「うわー! な、何をする!?」
「きゃー! 私達は仲間よ!」
馬鹿親共が悲鳴を上げて、海猫集団に頭を押さえ付けられて床に寝転がされた。
「海猫!?」
しまった!
喋ってる間に、私の親だってわかったポセイドーンに先手をうたれてしまったわ!
馬鹿親とオカマはともかく、このままだとルピナスちゃんが助けられない!
そう思った矢先に、海猫達が私の許にルピナスちゃん達を連れて来た。
その謎の行動に、私だけではなく、この場にいる殆どの者が驚き海猫集団に注目する。
「ど、どないしたんや!?」
ポセイドーンが驚きながら質問すると、海猫達の代表が前に出た。
「お給料をあげろー!」
「はあ!?」
「水の精霊を早く帰す事になったせいで抜けた穴を、ぼく達にやらせるなー!」
「じゃかあしいわ! おのれ等、誰のおかげで陸で暮らせるようになったと思っとるんや!?」
「「「ゼウス様だー!」」」
海猫集団が一斉に声を合わせて答えると、ポセイドーンが顔を真っ赤にして怒りだす。
「ワテのおかげやろ! 恩人に向こうてその態度、なめとんのか!?」
「うるさーい! サービス残業させて何が恩人だー!」
「「「そーだ! そーだ!」」」
海猫集団とポセイドーンが言い合いを続けるなか、一匹の海猫が私の足元まで来て話しかけてきた。
「恩人とはまさにお姉さんの事です」
「え? 私?」
話しかけてきた海猫に聞き返すと、海猫は頷いてから答える。
「はい。実はぼく達、ポセイドーン様に不満があったんです。一日のお給料が銅貨一枚で買えるお魚一匹だったり、女の子に見つからない様にスカートの中を覗かされたり、水の精霊が早退する様になった代わりをぼく達がサービス残業でやらされる事になったり……。とにかく、いっぱい命令されるんです」
「迷惑な話ね」
流石に私も海猫に同情してしまう。
もし自分がそんな仕打ちを受けたら、ポセイドーンを蹴り飛ばしてジャスミンのスカートの中を確認するだろう。
本当に酷い話だと心から思う。
しかし、それが何故恩人に繋がるのかわからない、と私が首を傾げると海猫がその答えを話す。
「だから、いつか訴えようと皆で話し合って、そのタイミングを見計らっていた所でお姉さん達が現れたんです。まさに訴える機会を与えてくれた恩人です」
海猫はそれだけ答えると、集団の中に戻っていった。
ポセイドーンと海猫集団が言い争いを始めて、ナオは困惑した表情を浮かべて私の側にくる。
そして、私の許に連れて来られた馬鹿親二人と、気絶しているルピナスちゃんとプルソンを見て呟く。
「この四人はニャーが見ておくにゃ。リリはプリュリュを早く助けてあげるにゃ」
「ええ、そうよね。ありがとうナオ。それから、私の両親は護らなくて良いわよ」
「にゃー。リリはまたすぐそう言う事言うにゃ」
ナオが呆れて呟いたけど、私はそれには返事をせずにプリュの許に走る。
随分時間が経ってしまったけれど、ようやくまたプリュと話せる場が出来た。
プリュの虚ろ気な瞳を真っ直ぐ見つめて、プリュに近づき話しかける。
「プリュ! 貴女にそんな顔は似合わないわよ! 目を覚ましなさい!」
「何を言っているかわからないんだぞ」
プリュが両手を前にかざして、周囲に幾つもの魔法陣が浮かび上がる。
「アシッドホイールだぞ」
全ての魔法陣から魔法が飛び出して、それは店内を無差別に暴れ始めた。
プリュはそこから更に魔法を唱える。
「アイシクルレインだぞ」
いつの間にか天井に魔法陣が咲き乱れ、そこから鋭く尖った氷の雨が大量に降り注ぐ。
それは止む事なく店内全域にわたって降り続けて、私達を襲った。
店内はプリュの魔法によって大変な事になっている。
触れた物を斬り裂き溶かす水の車輪が幾つも飛び回り、頭上からは貫通力の高い鋭く尖った氷の雨が降り続ける。
不思議な事に床は傷一つつかないが、この猫喫茶の責任者がポセイドーンなので特に気にする事でも無い。
問題は、この魔法を出し続けているのがプリュと言う事。
メールやらマーレやらポセイドーンの様な雑魚共が相手なら何も問題無いが、プリュが相手だとそうはいかない。
プリュの出す魔法の猛攻を紙一重で避けてはいるけれど、全てを避けきる事は出来ない。
何故なら、この鋭く尖った氷の魔法はつららの様な見た目をしているのだけど、上の部分がジャスミンをデフォルメした様な形をしていたからだ!
「くっ……。流石はプリュね。何て激しい攻撃なの」
「激しい攻撃も何も、なんで自分から攻撃にあたりに行ってるんスかハニー!? 頭に刺さりまくりッスよ!」
私の頭に氷が刺さり血が噴水の如く噴き出して、この恐ろしい猛攻を見事に防いでいたドゥーウィンが顔を青くさせて叫んだ。
流石はドゥーウィンね。
プリュのこの恐ろしい魔法を防げるなんて、ジャスミンと契約を交わした精霊だけあるわ。
私も負けてられないわよね。
でも、今のままでは駄目。
今こそ限界を超える時よ!
集中力を高めて、私は天井を見上げて精神を研ぎ澄ます。
見えたわ!
天井に咲く魔法陣から氷の雨が現れる瞬間に、私はそれが落ちる速度や方向を先読みする。
「ここよ!」
私は叫び、光の速度で動き続けて、全ての氷の雨を避けようとした。
しかし、流石はプリュ。
一筋縄ではいかなかった。
氷の雨が降り注ぐ場所を先読みして光速で動き続ける私だったが、プリュの出す氷の雨は更にその上をいっていた。
「……っ! まさか、プリュの実力がこれ程だったなんて……。でも、当然と言えば当然かもしれないわね」
再び頭から噴水の如く血を噴き出させる私は、真剣な眼差しをプリュに向けて呟き、再びドゥーウィンが顔を青くさせて叫ぶ。
「いやそれハニーが自分からまたあたりに行ってるだけッスよ!」
【ジャスミンが教える幼不死マメ知識】
猫喫茶で働く海猫ちゃん達のお給料は銅貨一枚で買えるお魚さんだけなんだけど、海猫ちゃん達は食べ物には困らないみたいだよ。
何故なら、猫喫茶のメニューに猫ちゃん用のご飯やおやつもあるからなんだ~。
だから、お客さんが猫ちゃん達の為にご飯やおやつを注文するから、海猫ちゃん達も他の猫ちゃん達と同じ様にお腹一杯ご飯やおやつを食べられるみたいなの。
ポセイドーンはせこいけど、海猫ちゃん達がひもじい思いをしなくて良かったよねぇ。




