146 百合も時には苦戦する
突然現れたマーレの頭を床にめり込ませると、私の姿が元に戻った。
「元にって、それよりハニー! 来るッスよ!」
ドゥーウィンが厨房入口に視線を向ける。
ロークがビリアを担いで私達に向かって来ていたので、私は小母様と小父様とビリアを助ける為に蹴り上げようと構えると、ロークが私に向かって小母様と小父様が入ったマトリョーシカを放り投げた。
「――っ!?」
急いでマトリョーシカを受け止めたが、隙を作ってしまった。
その隙をロークは見逃さなかった。
ロークは私の背後に移動して、そして……。
「すまないけど、オレに出来るのはここまでだ」
腰を抜かして動けないビリアをクッションの上に座らせたロークは、そのまま店の外に出ようと走り出す。
流石に私もロークの意味不明な仲間を裏切る行為を見て驚いて視線を向けると、ロークが手を上げながら簡単に説明していく。
「魔性の幼女の精霊と毎朝搾りたてのミルクを届けると約束したんだ! 届け先の人間が死んでしまって、せっかく届けたミルクが喉を通らないといけないだろ? だから今回は見逃してあげるのさ!」
「ご主人の精霊? ラテと何かあったんスかね?」
「その様ぢゃな。しかし、これは好都合ぢゃぞ」
フォレがニヤリと笑い言葉を続ける。
「母上様と父上様は鬼人が能力で作りだした入れ物の中。つまり、今この場で最も安全な場所におる」
「そうね。ラテに会ったら、しっかりお礼を言っておかないとだわ」
ただ、既に殆ど片付いていて、残りの相手はプリュだけになっている。
メールの方は既に決着はついていて、ナオとアマンダの二人の手によって、メールは白目をむいて倒れていた。
「って言うか、見てなかったからわからなかったッスけど、何があったんスか?」
ドゥーウィンが驚きながら呟くが、答えられる者はこの場にいない。
ただ一つ分かる事があるとすれば、白目をむいて倒れているメールの上には、いつの間にか猫達が集まっていてナオと一緒にニャーニャー鳴いている事だった。
「おのれ等ええ加減にせえや!」
ナオと猫達の不思議な光景を見て首を傾げると、丁度その時聞き覚えのある声が大きく響き、ついに奴が現れてプリュの横に立った。
「ポセイドーン!」
奴、それは大きな帽子を被る海猫のポセイドーン神。
何がそんなに気に入らないのか、見るからに苛立ちをあらわにして立っている。
「ほんまええ加減にせんかい! 店の中をこないに散らかしよって! 黙って見とるつもりやったが、ワテも我慢の限界や! ワテ自ら落とし前つけさせたるわ!」
「はあ? こっちのセリフよ! アンタのせいで、いい加減我慢の限界がきてたのは私よ糞猫神!」
私がポセイドーンと睨み合っていると、マモンがポセイドーンに向かって飛びかかる。
「お前を殺せば全部解決だ!」
「ワテを殺すやと? 笑わせんなや!」
ポセイドーンの手元に銛が現れて、それをポセイドーンが掴む。
マモンが爪で斬りかかり、ポセイドーンがそれを銛で受け止めた。
「――っ!?」
銛の先端に青色の魔法陣が浮かび上がり、ポセイドーンは銛を真上に放り投げた。
マモンが真上に放り投げられた銛に視線を誘導させられて、ポセイドーンから視線を一瞬だけ逸らす。
「肉球ショックや!」
ポセイドーンの肉球がマモンの顔面にあたって、マモンは勢いよく吹っ飛ばされた。
マモンは散らかった机や椅子の山に突っ込んで目を回し、更にそこへ向かって空中にある銛の先端の魔法陣から圧縮された水の塊が放たれてマモンを襲う。
「ぎゃああっ!」
マモンは汚い悲鳴をあげて、その場でぐったりと目を回して動かなくなった。
「ちっ。使えないわね」
「しかし、マモンはアレでも魔族の中では強い部類ぢゃ。そのマモンの命をこうも容易く奪うとは、神と言うだけはある様ぢゃな」
「ええ、そうね。まさか、マモンが殺されるなんてね」
「いや生きてるッスよ?」
「あんな馬鹿、死んでようが生きてようがどっちでも良いわよ。そんな事より」
ポセイドーンに視線を向ける。
「プリュは返して貰うわよ!」
「はん! プリュイ命令や! そこの阿呆をいてこましたれ!」
「了解だぞ」
プリュが両手を前にかざし、床に魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣の数は大量で、それはそこ等中に描かれていた。
「ドゥーウィンは小母様と小父様とサガーチャを、フォレはビリアをお願い!」
ドゥーウィンにマトリョーシカを渡して、ポセイドーンに向かって走る。
背後から二人の了承の返事を聞きながらポセイドーンに跳び蹴りを仕掛けると、プリュが私の目の前に跳び出した。
「ウォーターシールドだぞ」
プリュが魔法で水の盾を作りだして、私の飛び蹴りを防ぐ。
しかし、プリュの行動はそれだけでは無かった。
「アシッドピラーだぞ」
そこ等中に浮かび上がっていた魔法陣が青色の輝きを放って、そこから大量の水が噴水の柱の様に噴き出した。
しかしそれは、ただ真っ直ぐ伸びるのではなく、一つ一つがランダムに色々な角度で噴き出し続けていた。
噴き出した水はどう言うわけか天井を突き抜ける事は無かったが、そこ等に散らばる椅子や机や店内にある様々な物を溶かして暴れ狂う。
ドゥーウィンが小母様と小父様が入っているマトリョーシカと未だ周りを気にせず発明に没頭するサガーチャを護り、フォレがビリアを護る。
アマンダとナオは側にいる猫達や意識を失っているメールを護り、蛇女は一人悲鳴を上げながら、私達が座っていた場所にある机の下に潜って身を隠していた。
私は噴き出す水を避けながらポセイドーンに近づこうとするも、再びプリュが前に出て、両手を私に向かってかざして魔法陣が浮かび上がらせる。
「アシッドホイールだぞ」
「……っプリュ!」
魔法陣から水の歯車が私の顔面目掛けて放たれる。
私はそれを紙一重で避けたが、プリュの攻撃はそれで終わってはくれなかった。
プリュは自分が着ているウェイトレスの服のスカートに手をつっこむと、そこから一枚のパンツを取りだした。
そしてそれを宙に放り投げて手をかざし、パンツを覆う様に魔法陣が浮かび上がる。
「バレットウォーターだぞ」
パンツを覆う魔法陣から水の銃弾が飛び出して、それはパンツを巻き込んで明後日の方向へ飛んで行く。
本来であれば、何処を狙っているのだとなるだろうがそうはいかない。
私は急いでパンツを連れた水の銃弾を追いかけて、未だに噴き出し続けていた魔法アシッドピラーの中に飛び込んだ。
忽ち私はプリュの魔法の餌食となり、それでも水の銃弾で一緒に飛ばされたパンツを抱きしめる様に守りぬく。
「……っく」
元々小さい子供用の服を着ていたせいで、元の姿に戻った私は無理矢理子供用の服を着ているような状況だったわけで、プリュの魔法を受けた為に服が溶けた勢いで破れてしまった。
その為に、私はパンツのみの姿となってしまったが、何とかプリュが放り投げたパンツは守りきる事に成功した。
「ハニー!? 何をやってるんスか!?」
「何を? そんなの決まっているでしょう? これを見なさい!」
どうやら、何も気がついていない様なので、私はドゥーウィンにパンツを見せる。
「これはジャスミンのパンツよ!」
「流石はリリー、よく守りきったのぢゃ」
「ご主人のパンツを守るために自ら魔法に突っ込むなんて、流石はハニーッス! って、本当に何やってるんスか!?」
「何を言うておる。ジャスミン様のパンツを使い罠にはめるプリュイの計画を知りながら、ジャスミン様のパンツを守りきったリリーを称賛せぬか」
「称賛する要素が何処にも無いッスよ!」
ドゥーウィンが何やら煩く叫びだすが、今はドゥーウィンに構っている場合では無い。
私はジャスミンのパンツをポケットに…………ポケットが無いので握り締めて、周囲を見回す。
あまり気はのらないけど、仕方が無いわよね。
狙いを定めて、私は直ぐに駆け出した。
私が狙ったのは気絶をしているメールの服。
メールが着ているウェイトレス用の服を脱がして奪う作戦だ。
私自身はパンツ一枚のこの姿でも問題は無かったけれど、このままではジャスミンのパンツを守りながらポセイドーンを倒さなければならない。
ポセイドーン一人なら問題は無いが、プリュがポセイドーンを護っている以上このままでは戦い辛い。
「借りるわよ」
気絶しているメールを脱がして瞬時に着替え終わり、私はポケットにジャスミンのパンツをしまい込んだ。
そして、メールを護っていたナオがその一連の流れを見て、私に向かって呟いた。
「リリって、たまにどうしようもないくらい頭おかしくなるにゃ」




