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145 百合は怒ると怖い

 メールが私に殺気を向けて睨みながら、メール自身の周囲に無数の魔法陣を浮かび上がらせた。

 それだけでなく、メールは先程私に攻撃を仕掛けたのと同じ鞭撃を繰り出したのだけど、それは先程の様な百程度の鞭撃ではすまなかった。

 軽く千は超える程の鞭撃が私だけでなく、この店内を暴れ回る。

 そして、メールの周囲に浮かび上がった魔法陣から大量にタコ足の様な触手が飛び出して、メールの繰り出す鞭撃と同じ様に店内を無差別に暴れ回った。


「な、何がどうなってるニョロ!? 猫喫茶は憩いの場じゃなかったニョロ!?」


 蛇女が驚き声をあげて、アマンダが蛇女の前に出て護り、ドゥーウィンが蛇女に話しかける。


「蛇女はアイツの仲間ッスよね!? どうにかするッスよ!」


「無理ニョロ~! メールはミーより何倍も強いニョロー!」


「使えないッスね」


 どうやら蛇女は頼りにならないらしい。

 蛇女は頭を押さえてうずくまってしまった。


「厄介ね。ここにいるのは私達だけでは無いと言うのに、ここまで無差別に暴れられるなんて。ナオ、頼むわよ」


「にゃー! 任せるにゃ!」


「私も行くぞ!」


 ナオとマモンが体を低くして構えて、足に力を込めて跳躍し、一気にメールに接近する。

 だけど、メールを護るようにタコ足の様な触手が二人を捕らえた。


「んにゃー! 捕まったにゃ!」


「うわ! 何だこれは!? 柔らかいのに爪で切れないぞ!?」


「何をやっておるのぢゃバカ者共! それは上位の生物魔法で生み出された魔法ぢゃ! 斬撃と打撃に耐性をもっておる神海タコの触手ぢゃぞ! そんなもので切れるわけなかろう!」


「それなら、魔法をぶっ放すにゃ!」


「待ちなさい!」


 ナオが両手に魔力を集中して、赤い魔法陣を浮かび上がらせたが、アマンダがそれを止めた。


「ね、姉様!?」


「ナオ、貴女の魔法は炎属性よ! そんなものを使ってしまったらお店が燃えてしまうわ!」


「にゃー! そんな事言ってる場合じゃ――――にゃああっ!?」


 ナオが触手に揉みくちゃにされて、服を脱がされ始める。

 そしてマモンも同じ様に脱がされてはいたが、流石は馬鹿に定評のあるマモン。


「こんな魔法、私が食ってやるわ! どっちがいっぱい食べられるか勝負だ! リリィ=アイビー!」


 そんな事を言いながら、マモンは脱がされながら触手に噛みついて、触手を食べようとしていた。

 もちろん私の答えは……。


「一人でやってなさいよ」


 馬鹿はとりあえず放っておくとして、実に厄介な事になってきた。

 こんな大事になるなら、皆に話をしに来ないで、さっさと先手をうって暴れてやれば良かった。

 違うわね。

 それどころか、最初から強行突破をすると言ったナオとマモンに賛成していれば良かったと思えてくる。


 集中しすぎて周りが見えていないサガーチャを護りながら、周囲を見て考える。

 さっきまでそこ等辺にいた猫達は非難を終えて、視界の範囲にはいない。

 逃げ遅れた客も恐らくいない。

 ただ、そこ等中が悲惨な事になっていて、そこ彼処に少しだけ赤い血がついていた。


 本当に困ったものよね。

 ジャスミンのお母様とお父様に迷惑はかけられないと、私があれ程我慢して来たというのに……。

 直ぐに終わらせてやるわ。


 一瞬でメールに近づき、私はメールに向かって回し蹴りをする。

 だけどその時、メールの目の前にプリュが現れた。


「――っ!?」


 止め切れない!


 回し蹴りを止め切れなくて、プリュに直撃してしまった。


「効かないんだぞ」


 目を疑った。

 直撃したと思った回し蹴りはプリュにあたる直前に、プリュが作りだした氷の盾で防がれていた。

 足に冷やりとした冷たい感触が残り、私は戸惑いながら後ろに下がる。


「お客様、ポセイドーン様の命令で、今から排除するんだぞ」


 さっき会った時の比では無かった。

 そう言葉を口にしたプリュの瞳は悲しくなる程に虚ろ気で、感情の持たないお人形と同じ表情をしていた。


「よくもプリュにこんな酷い事をしてくれたわね!」


 メールに向かって走り出す。


「何が起きたの!?」


「どうなってるんだ!?」


「二人共駄目ですって! 危ないですよ!」


「小母様!? 小父様!?」


 突然現れたジャスミンのお母様とお父様の登場で、私はその場に立ち止まる。


「母上様と、もしや、あのお方は!?」


「ご主人のパパさんッスよ!」


「やはりそうか!」


 ジャスミンのお母様とお父様の登場で立ち止まってしまった私は、一瞬気が動転して動揺した。

 そして、その動揺がよくなかった。


 メールは私が動揺している隙に、端で壁にもたれかかって俯いて座るロークに何か話しかけて、その途端にロークが顔を上げて立ち上がった。

 そして、ロークはジャスミンのお母様とお父様に視線を向けた。


「ヤバいッスよハニー!」


 ドゥーウィンが叫んだその瞬間に、ロークの能力でジャスミンのお母様とお父様がマトリョーシカの中に閉じ込められる。

 近くにいたビリアは腰を抜かしてその場に座り込み、震えながら両手を使って少しずつ後ろへ下がって行く。


「油断した!」


 お二人とビリアを救い出す為に、私は急いでマトリョーシカに近づく。

 しかし、それをプリュがさせてくれない。

 プリュが両手を私に向けてかざし、青色の魔法陣が浮かび上がる。


「アシッドホイールだぞ」


 プリュが呪文を唱えたその瞬間に、魔法陣から車輪の形をした水の塊が飛び出して、それは私目掛けて放たれた。

 私はそれを見て、直ぐにそれが危険なものだと察して避ける。

 プリュの放った水の車輪は私に避けられると店の壁に衝突して、壁を瞬時に溶かしてしまった。


「しゃ、洒落になってないッスよ! 当たった所からめちゃくちゃ広範囲に壁が溶けたッスよ!? プリュがマジでハニーを殺す気ッス!」


「何を慌てておるのぢゃドゥーウィン。いくらプリュと言えど、リリーであれば問題はあるまい」


「フォレ様何言ってるッスか!? 壁だけじゃないッスよ! ハニーをよく見るッス!」


「何を焦っておるのぢゃ。リリーは…………まさか!?」


 ドゥーウィンが焦っているのも無理ないかもしれない。

 プリュの攻撃は確かに避けた筈だった。

 だけど、流石はプリュだった。

 私が避ける事を見越して、プリュは魔法を私に気がつかれない様に同時に放っていた。


「リリー、其方、その腕……」


「安心しなさい。ちょっとかすっただけよ」


 背後からフォレに心配されたから、振り向かずに前だけ見て答える。

 フォレに答えた通り、それは掠っただけに終わっていた。

 同時に放たれた魔法も私はしっかり避けていた。

 ただ、それは完全にでは無かった。


 同時に放たれたのは小さな水の車輪。

 それは私の左腕の二の腕を掠り、掠った部分から私の腕が少しずつ腐敗していくのがわかる。


「リリーが傷をつけられたぢゃと!?」


「あ~ら。やるじゃな~い水の精霊ちゃん。この子って誰にも傷を負わされない子なんでしょ~う?」


 メールがニヤリと微笑み、私に視線を向ける。


「これなら簡単に殺せそ~う」


 メールの鞭撃が私に集中する。

 左腕を使えなくなった私は、左腕を襲う腐敗の侵食の痛みに耐えながら、メールの鞭撃を蹴り飛ばそうと構えた。

 だけどその時、私の背後から氷の銃弾が何発何十発何百発と大量に放たれて、メールの鞭撃を全て相殺した。


「全く、困ったわね。私の浅はかな判断のせいで、怪我をさせてしまってごめんなさい。リリィ。龍族の事は私とナオに任せて、貴女は捕らわれた二人をお願い」


 アマンダが私の左横に並んで話すと、それを聞いたナオが腰に着けた鉤爪を両手に装着し、それは炎に包まれる。

 そして、ナオは触手を斬り裂き、床へと着地して乱れた服を整える。


「姉様、ニャーを指名したって事は、本気を出して良いのかにゃ?」


「ええ。但し、殺さない事」


「おやすいご用にゃ」


 ナオが猫の様に低く構えて尻尾の毛を逆立てる。


「リリィ、腕の痛みはまだある?」


「え?」


 アマンダに言われて気が付く。

 私の左腕は、いつの間にか横に並んだアマンダに魔法で治療されて治っていた。


「魚姫様の回復魔法凄いッス!」


「ありがとうアマンダ!」


 私はアマンダにそれだけ言うと、今度こそはと走り出そうとするが、またもや邪魔者がこの場に現れてしまった。


 突然目の前に黒い靄の様な物が現れて、そこから私を幼児化させた張本人である龍族のマーレが、床に落ちる様にして飛び出したのだ。


「いった~! くそっ! シェイドーッ!」


 次から次へとイラつく連中ね!


「って、何ここ? あ~らら。ふーん。あーしってば、最高に超良い場所とタイミングでここに出てきちゃった?」


 突然現れたマーレが周囲を見て、最後に私と目をかち合わせてニヤリと笑う。

 そして、マーレは瞳を鋭く光らせて言葉を続ける。


「お前、魔性の幼女の仲間だったな? あーしってば最高についてる! さっさとこいつ等殺して、今直ぐ戻ってあーしの手で殺してやるよ! 魔性の幼じ――――かはっ!」


 出て来て早々にマーレは勢いよく床に顔から叩きつけられる。

 いったい誰にやられたのかなんて説明するまでも無い。


「はあ゛!? 誰が! 誰を! 殺してやるですってえええっっっっ!?」


 床に顔を埋めて痙攣するマーレを見下ろしながら、そう言って背中に片足を乗せた私の姿は、みるみると大きくなって元の姿に戻っていった。


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