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142 百合も敗北して己の浅はかさを知る

「ハニー、もう諦めた方が良いッスよ」


「何を言っているのよドゥーウィン。この戦い……負けるわけにはいかないの…………よ」


「にゃ~。リリ凄いにゃ。まだ食べるにゃ?」


「……当たり前よ。まだジャスミンのお母様の作る【ジャスミンちゃんが】シリーズの全てを、制覇して……ないのよ」


 私はナオに答えると、目の前に置かれた木ウサギのステーキの最後の一欠片を口に放り込んだ。


 私達が猫喫茶ケット=シーに入店してから、かれこれ一時間以上が経過していた。

 入店して直ぐ【ジャスミンちゃんも両手をあげて喜ぶオムライス】から始まったフードファイト。

 このお店のメニューには、ジャスミンのお母様が作る【ジャスミンちゃんが】シリーズがあり、私はそれを注文して食べ続けていた。

 しかし、延々と食べ続けていた結果、私の胃が限界を迎えようとしていた。


「負けるわけにはいかないの……。あと、あと五品を注文しないと…………」


「何と戦ってるんスか?」


 ドゥーウィンが黒猫に持たれながら愚問を口にするが、私にはそれに構ってやる余裕は無かった。

 私はいつの間にか頭の上に乗っかっている三毛猫をクッションの上に置いて、メニューを取って開ける。

 するとその時、白くてモフモフしている猫の上でミルクティーを飲んでいるフォレに話しかけられる。


「リリーよ。其方の負けぢゃ。諦めるのぢゃ」


「何ですって?」


「よく考えてもみよ。其方が相手にしておるのは、ジャスミン様の母上様ぢゃぞ? 其方、もしやジャスミン様の母上様に勝てると勘違いしておるのではないか?」


「――――っ!!」


 衝撃的だった。

 フォレの言う通り私は愚かにも勘違いしていた。

 ジャスミンの普段食べている料理を味わいたくて始めたこの勝負。

 でも、私なんかでは、ジャスミンのお母様に勝てるわけが無い。

 なんて愚かで浅はかな行為をしていたのだろうと、私は負けを認めるしかなかった。


「そうね……。フォレの言う通り。私の負けよ」


「うむ。また一つ、成長したなリリーよ」


「ええ」


 私とフォレが視線を合わせて微笑み合う。


「だから何と戦ってるんスか?」


 と、またもやドゥーウィンが愚問を口にすると、その時意外な人物が私達の目の前に顔を出した。


「リリィお姉ちゃん、いっぱい食べて凄いね~」


「あら? ルピナスちゃん?」


 意外な人物とは、ウェイトレス姿のルピナスちゃんだった。


 私とジャスミンの一つ年下の、狼の耳と尻尾を生やした狼の獣人の女の子。

 目は丸く黄色い瞳。

 身長はジャスミンより少し高い。

 癖っ毛で黄土色の髪の毛は、今は丁寧にツインテールでまとめられていた。

 ウェイトレス姿はとっても似合っていて、ジャスミンが見たらきっと喜んでいた事だろう。


「どうしたの? もしかして、ルピナスちゃんもここで働いているの?」


「うん!」


 驚きながら質問すると、ルピナスちゃんは笑顔で元気に頷いた。

 それから、ルピナスちゃんが席に座る私達を一人一人見て、最後に不思議そうに首を傾げた。


「いっぱい注文してくれたから、いっぱいいると思ったけど、精霊さん合わせて六人しかいないんだね。マモンお姉ちゃんが味見する為に注文したの?」


「違うッスよ。ハニーが一人で殆ど食べてたッス」


「酷いんだ。沢山あったのに、リリィ=アイビーは一口も食べさせてくれなかったんだ」


「そーなんだ」


「当たり前でしょう? アンタに一口だけでも分け与えてやるくらいなら、死んだ方がマシよ」


「さ、流石にそれは言いすぎではないかしら?」


「何言ってるのよ、アマンダ。良い? こいつは馬鹿なのよ。一口あげたら調子に乗って、一口どころか全部食べかねないわ」


「妾もそう思うのぢゃ」


 アマンダが苦笑いを零して、私とフォレが頷き合う。

 すると、ルピナスちゃんが私の目の前に小さい紙を何枚か置いた。


「それより、はい。リリィお姉ちゃんに良いものを持って来たよ」


「何かしら?」


 目の前に置かれた紙に視線を向けると、紙にはスタンプカードと書かれていた。

 スタンプを押す箇所は全部で一枚につき五か所あり、スタンプが全て押された物が三枚と二つだけ押された物が一つあった。


「スタンプカード一枚につき、お店の特別サービスが選べるの」


「特別サービスッスか?」


「うん。個室一時間コースか、飲み物とデザート一品無料か、猫ちゃん体験コースだよ。えっと、スタンプカード一枚で、利用できるのは一人だけだよ」


「あ、思いだしたッス! 個室ッスよ、ハニー! プリュが接客してる所ッス!」


 ドゥーウィンの言葉で私も思いだす。

 そして、思いだした途端にやってしまったと頭を抱えたくなった。

 ジャスミンのお母様のお料理が美味しすぎて、すっかりプリュを助けに来た事を忘れていた。

 自分の愚かさを呪いたい。


 しかし、運は私に味方している。

 どちらにしても、この個室に入れなければプリュに会えないのであれば、私がここで大量に注文した事も間違いでは無かった。

 結果良ければ全て良しと思っておこう。

 私はスタンプカードを二枚手に取って、ルピナスちゃんに差し出す。


「ルピナスちゃん、個室一時間コースを頼めるかしら? 追加で【ジャスミンちゃんが大好きなママの手作りクッキー】と一緒に!」


「はーい! ちょっと待っててね!」


 ルピナスちゃんは私からスタンプカードを受け取って、厨房へ向かって走り去った。


「まだ食べるんスか?」


「デザートは別腹よ」


「そうッスか……」


「一枚あまったな! これは私が頂くわ!」


 私とドゥーウィンが話していると、マモンがスタンプカードを取ろうとしたので、取られる前に私が取る。


「あー! リリィ=アイビーばっかりズルいぞ!」


「他に誰か使いたい人いる?」


 馬鹿を放っておいて質問すると、フォレとアマンダとナオは首を横に振った。


「個室と言うのも気になるが、妾は其方が戻ってくるまで、念の為にここにおる」


「そうね。私もそうさせてもらうわ。それに……」


 アマンダは自分の膝の上に視線を落とす。

 アマンダの膝の上には、手足のもの凄く短い小さな子猫が丸くなって眠っていて、アマンダは頬を緩ませた。


「この子を起こしてしまったら悪いもの」


「姉様凄く懐かれてるにゃ~」


「そうかしら?」


 アマンダが嬉しそうに笑う。


「ニャーも残るにゃ。一応ここは敵の本拠地でもあるからにゃ~。何かあった時は姉様を護るにゃ」


「そう。わかったわ」


 フォレとアマンダとナオが三人ともスタンプカードの受け取りを断ると、マモンが口角を上げる。


「決まったな! 仕方が無いから私がそれを貰ってやるわ! ありがたく思えよ! そしてデザートを頼――」


「ドゥーウィンはどうする?」


「こらー! 私を無視するなリリィ=アイビー!」


「そうッスね~。個室に何かありそうな気がするッスし、ボクもハニーと一緒に個室に行くッス」


「決まりね」


「勝手に決めるなー!」


 何やら横の馬鹿が煩いけれど、ようやくプリュに会えそうだと思っていた所に、ルピナスちゃんが戻って来た。


「お待たせー!」 


「ええ。ルピナスちゃん、残り一枚のこのスタンプカードで、ドゥーウィンも私と同じ個室で良いから入れないかしら?」


「良いよ」


「良かった。ありがとう」


「うん!」


 元気よく頷くルピナスちゃんにスタンプカードを渡して、皆に行って来ると言ってから、ドゥーウィンと一緒にルピナスちゃんの後ろをついて行く。

 個室までは意外と距離があり地下にある様で、階段を下って地下まで歩いた。

 地下に辿り着くと、少しだけ歩いて、開けっ放しの扉の前でルピナスちゃんが立ち止まった。


「ついたよ」


 ルピナスちゃんに笑顔で言われて中に入る。

 そこは凄く狭い空間で、机と椅子が一つずつと、机の上には少し大きめの四角い魔石と私が注文した【ジャスミンちゃんが大好きなママの手作りクッキー】だけがあった。


「リリィお姉ちゃん、飲み物の事聞き忘れちゃったから今聞いて良い?」


「そうね~。それなら、ジャスミンティーをお願いしようかしら」


「はーい! ではごゆっくり~」


 ルピナスちゃんは元気に返事をして、扉を閉めて行った。


「なんか、ネットカフェみたいな狭さッスね」


「何それ?」


「ご主人の前世にあった施設ッス。それより、この大きな魔石はなんスかね?」


「そうね~……」


 ドゥーウィンの質問に返事をしながら大きな魔石に触れる。

 恐らく魔力を注ぐと、何か反応を見せるタイプのもの。

 考えても仕方が無いので、私は魔石に魔力を注いでみる。


「あ、何か映ったッス」


「あら? 本当ね。何が映っ――――て!?」


「ど、どう言う事ッスか!?」


 私とドゥーウィンは驚愕した。

 そこに映しだされたのは、なんと、バニーガール姿のジャスミンだったのだ!

 しかも、それは……。


「何でご主人が映ってるんスか? と言うか、これ今のご主人の映像が流れて無いッスか? それに、やけに目線が下から見上げてる感じに見えるんスけど気のせいッスかね?」


 ドゥーウィンの言う通り、映し出されたバニーガール姿のジャスミンは動いていて、もの凄く可愛らしい!

 しかも、常に下からジャスミンを見上げる様に映っているから、とてもエッチで目が離せない!


「これ絶対盗撮ってやつッス! ご主人一度も目線こっちに向けないし、どうやって撮ってるかわからないッスけど、犯罪の臭いがプンプンするッス!」


「これでわかったわね。この猫喫茶に男共ばかりが並んでいて、予約殺到で一ヶ月待ちの理由が! こんなの一ヶ月待ち程度で見られるなら、何度でも通うわよ! 一年以上待っても良い位だわ!」


「は、ハニー? 鼻血、鼻血がめちゃくちゃ出てるッス。て言うか、ハニーは良いんスか? ご主人が知らない所で見せ物にされてるんスよ?」


「もちろんよくないわ。後でこの盗撮犯を捕まえて、今後は私にだけこの映像を流すように注意しましょう」


「それ全然解決になってないッスよ!?」


 待っててねジャスミン!

 この映像を一時間しっかり確認してから、必ず犯人を捕まえてやるわ!


 と、思ったのだけど、ドゥーウィンの言葉で目が覚める。


「しっかりするッスよハニー! ボク達だけじゃなくて、この映像は他の人達も見てるって事ッスよ! それにこれを流している奴も見てるんスよ!」


「そうだったわ! 許さないわよポセイドーン! よくもジャスミンのエッチな映像を流してくれたわね!」


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