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137 百合は嵐じゃ止まらない

 シルフの号令で、操られている兵士と吸血鬼が一斉に私達を襲い始めた。


「こんな雑魚、私の相手じゃないわ! どっちが多く倒せるか勝負だ! リリィ=アイビー!」


「嫌よ。一人で勝手にやってなさい」


「にゃー。それなら、ニャーが食後の軽い運動代わりにぶっ飛ばすにゃ」


 マモンとナオが戦闘態勢をとって、向かって来る兵士と吸血鬼に飛びかかる。

 二人共魔法を使うまでも無いと判断したのか魔法を一切使わずに、瞬く間に全ての兵士と吸血鬼を制圧した。


「そんな……こいつ等は特別強い奴等だったのに、一瞬で片付けられたなんてありえないって事よ。噂のリリィ=アイビー以外にも、こんなでたらめな奴等がいたって事?」


 シルフが驚き上空から私達を見下ろして、私に向かって視線を向けた。


「せめて、君だけは殺してやるって事よ!」


 シルフが上空から私に向かって手をかざす。

 すると、シルフの周囲、上空に数えきれない程の魔法陣が浮かび上がった。


「トルネードアロー!」


 シルフが魔法を唱えると、魔法陣から回転する針の様に渦巻く竜巻が私に向かって幾つも向かってきた。

 その威力は周囲を巻き込み、豪風が木々を揺らして、ラヴやハッカが風に飛ばされそうになりドゥーウィンが助ける。

 そして私は、風がここまで強いと流石に鬱陶しいと感じながら、全ての竜巻を殴って打ち消した。


「……っ!?」


 シルフが目を見開いて驚き、私を見下ろす。

 私は風で飛ばされそうになったラヴとハッカに話しかける。


「ラヴ、ハッカ、ケガは無い?」


「がお」


「うん。精霊さんが護ってくれたよ」


「そう。良かったわ。ドゥーウィンやるじゃない。シルフってドゥーウィンと同じ風の精霊で、しかも大精霊なのでしょう? そのシルフの魔法から二人を護れるなんて驚いたわ」


「この位は当然ッスよ。と言うか、むしろボクとしてはハニーが無傷な方が驚きッス。まあ、いつも通りと言えばいつも通りッスけど」


 ドゥーウィンが冷や汗を流しながら私に呟くと、その瞬間に私達を囲む様に幾つもの魔法陣が浮かび上がる。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! シルフちゃんは大精霊、こんな子供に負ける筈無いって事よ! エアパンク!」


 魔法陣から緑色をした半透明な丸い塊が飛び出して、それが一斉に破裂する。

 その破裂の威力はそれなりで、私達がいるこの場だけでなく、周囲百メートル程の草木を一瞬で吹き飛ばした。


 土や砂や草木の切れ端が煙となって周囲に舞い上がり、シルフはそれを見下ろしながら愉快そうに笑いだす。


「きゃはははははははははははっ! シルフちゃんは正義の味方、これが当然って事ね! みーんな悪者は吹き飛んでざまあないって事よ!」


 思わずため息を漏らしたくなる。

 困ったものよね。


「正義にこだわっている所こんな事言うのも悪いのだけど、アンタのやり方は正義では無いと思うわよ。まあ、私は正義とか悪とか興味ないから、間違っているのは私かもしれないけれどね」


 空を飛んでシルフの背後に立って話しかけてやると、シルフは驚きの表情を見せて歯をガタガタと震わせた。

 だからと言って私は許してやるつもりは無かった。

 何を許さないかと言うと、それは言うまでも無いのだけど、このシルフとか言う愚かな馬鹿には言う必要がある。


「それと、もう一つ。アンタ、よくもジャスミンの作ったパンケーキを無駄にしてくれたわね」


 秘密基地の中には、眠っていたマモンの為にとジャスミンが残してくれたパンケーキがあった。

 それが、この愚かな馬鹿のシルフの先程の魔法で、秘密基地もろとも吹き飛んでしまった。

 こんな事が許されて良いわけが無い。


「ぱ、ぱ、パンケーキって何の事?」


「ジャスミンが焼いたパンケーキをアンタが吹き飛ばしたのよ!」


「そんなもの――」


「そんなもの? ジャスミンの優しさが詰まった大切なパンケーキをそんなもの呼ばわりとは、随分と言ってくれるわね!」


「ひっ――――!」


 シルフが小さく悲鳴をあげたと同時に、私はシルフの頭に向かってかかと落としを食らわせてやった。

 私の攻撃を受けたシルフは未だ舞い続ける煙を掃う勢いで地面に落下して、その瞬間に大地が揺れてシルフを中心にひびが入る。


 煙が無くなると、シルフの魔法に耐えて元気な姿のままのドゥーウィン達が私を見上げた。

 シルフの魔法は確かにそれなりには強かったが、ジャスミンと契約を交わしたドゥーウィンとラヴと大精霊のフォレ、それにノームがいれば問題無かったと言うわけだ。


 地上に降り立ち、地面で寝転がるシルフに近づくと、丁度そこにドゥーウィンとフォレもやって来る。

 それからシルフの姿を確認すると、ドゥーウィンとフォレが困惑した。


「ハニー、これヤバくないッスか? シルフ様息してるッスか?」


「は? 何がよ? 別にこんな奴死んだって問題無いでしょう?」


「それもそうぢゃがリリーよ。其方、もしや忘れてはおるまいな?」


「どう言う事?」


 意味が分からず私が質問するのと同時のタイミングで、ノームとラヴが声を上げながら近づいて来る。


「シルフは無事か?」


「チルフちゃまちんぢゃった?」


「は? ラヴとノームまでシルフの心配? 本当に何なのよ?」


 精霊二人と大精霊二人に質問すると、ドゥーウィンが代表して答える。


「もしここでシルフ様がハニーに殺されたなんて事になったら、スピリットフェスティバル再開が中止になって、楽しみにしていたご主人が悲しむッスよ」


「……あ」


 血の気が引くのを感じ、私は未だピクリとも動かないシルフに視線を向けた。


「どうしましょう!?」


 私は焦り、慌ててシルフの肩を揺らす。


「生きてるわよね!? 気を失ってるだけなんでしょう!? 起きなさいよー!」


「ハニー、そんな乱暴に揺らさなくても、息があるかの確認をするだけでも良いんじゃないッスか?」


「そ、そうよね!」


 ドゥーウィンの提案にのって、シルフが息をしているか確認しようとしたその時、シルフが目を大きく開けた。


「良かった! 生きてたわ!」


 私は安堵してシルフを離すと、私に離されたシルフは大きく目を開けながら私に視線を向けた。

 そこで私は気がついた。

 シルフの瞳からは光が失われて、何処か虚ろ気な瞳になってしまっていた。


 シルフは私の顔を見るなり顔の表情を歪めていき、それは恐怖していると一目でわかる顔になる。

 そして、羽があると言うにもかかわらず、シルフは私から逃げる様に走り出してこける。


「大丈夫?」


 歩いて近づきながら話しかけると、シルフは地面にお尻を付けたまま、私を恐れる様に見て呟く。


「い、いやっ。こっちにこないでって事よ」


「わ、私が怖いの? 大丈夫よ。もう何も――」


「わああああああああああっっっ!!」


 シルフが叫びながら、私から逃げる様に再び走り出す。

 私は呆然として見送ると、背後からドゥーウィンが声をかけてきた。


「シルフ様のあんな姿初めて見たッス。最後なんて目の焦点が合って無かったッスよ? あれは重症ッスね」


「やってしまったわ……」


「まあ良いんじゃないッスか? 最初に仕掛けてきたのはシルフ様ッスし……。あ、そんな事より、秘密基地が壊れちゃったッスね」


「ええ……」


 私とドゥーウィンは秘密基地があった場所へと視線を移す。

 そこには既に何も無く、ハッカとレオとナオが立っていて、地面に視線を向けていた。

 視線の先に何があるのかと思って見てみると、マモンがうつ伏せで寝転がっていた。


「何あれ?」


 誰にともなく私が質問する様に呟くと、ドゥーウィンが答えるように呟いた。


「シルフ様の魔法にやられてたッスね」


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