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136 百合は出鼻をくじかれる

「先に行くね、リリィ。行って来ます」


「ええ。いってらっしゃい、ジャスミン」


 パンケーキを食べ終わると、ジャスミンは先に秘密基地を出て行った。

 私はジャスミンを見送ってから、秘密基地の中で寝転がる馬鹿に視線を向ける。

 馬鹿は幸せそうな顔をして、よだれを垂らしながら寝息をたてている。


「マモンちゃん、まだ起きないね」


 ハッカが馬鹿の頬をつついて笑い、その横ではレオがあくびをしながら様子を見ていた。

 ハッカのすぐ側にはジャスミンがマモンの為に作り置きしてあげたパンケーキがあって、ラヴもその横に座ってマモンの寝顔を見ていた。


 この馬鹿が眠っているせいで、私はジャスミンと一緒にここを出て村に行く事が出来なかったから苛立っている。

 先程も、叩き起こそうとしたら、可哀想だとジャスミンに止められてしまった。


 ジャスミンに止められてしまったので、ジャスミンが行ってしまった今でも叩き起こすかどうか迷いが出る。

 ここで叩き起こすという選択を選んでしまったら、ジャスミンがいない所ではジャスミンの意見を無視するようなクズになってしまう。

 私は馬鹿を蹴り上げたい気持ちを抑えて、平常心を保つために外に出ようとしたその時、馬鹿が寝言を呟く。


「リリィ=アイビー、本当にしょうがない奴だな~。いつまで寝てるつも――――ぐぎゃああっ!?」


 寝言を聞いて苛立ちを抑えられなくなり、私は気がつけば馬鹿を蹴り上げていた。


 ジャスミンごめんなさい。

 私はジャスミンのいない所で約束を破る悪い子になってしまったわ。


「うわっ。おっかねー」


 それを見ていたレオが顔を青ざめさせて呟いて、この場から逃げる様に出て行く。

 ラヴとハッカは目を点にして口を開けながら驚いて、蹴り上げられて秘密基地の天井を突き破って空高く飛んで行った馬鹿を見上げた。


 私はと言うと、もう馬鹿は放っておいて、猫喫茶に向かおうと考えて秘密基地を出た。

 秘密基地を出た直後、秘密基地の中で何かが落ちるような音が聞こえてきたけれど、特に気にする様な事でも無いだろう。


「ハニー、ボク達も出発するんスか?」


「ええ。気持ちよさそうに眠っている馬鹿を起こしたら可哀想だもの」


「リリーよ、その馬鹿が先程空に舞い上がって落ちたように見えたのぢゃが、妾の気のせいかのう?」


「気のせいよ」


「にゃー。気のせいじゃ無いと思うにゃ」


「まあ、そんなのどうだって良いわよ。早く猫喫茶に向かいましょう」


「そうッスね」


 外で待っていたドゥーウィン達と会話して、見張りをしているノームに後の事を任せて出発しようとしたその時、誰かが秘密基地に近づいて来る気配を感じた。

 それは私だけでは無く、ドゥーウィンとフォレとナオとノームも同じだった。


「この加護の気配、まさかシルフか!?」


 ノームが声をあげて空を見上げ、私も同じ様に空を見上げた。

 するとそこには、ジャスミンと身長が左程変わらない程度の背丈の少女が空に立っていた。

 少女には八枚の羽が背中に生えていて、それは雷を思わせる様な姿形をしていた。

 そして、そこにいたのは少女だけでは無い。

 少女の背後には鎧を身に着けた男が五人。

 それから、精気の感じられない男女が三人ずつ並んでいて、少女を合わせて十八人が空を飛んでいた。


「な、なんだよこいつ等?」


 レオが震えて、ノームの背後に隠れる。

 ノームはレオを背後に隠すと、鎧を着た男達に視線を向けてナオに話しかける。


「ナオ殿、あの鎧はもしや……」


「間違いないにゃ。あの鎧は姉様の国の兵だにゃ」


「マジッスか? じゃあ、行方不明になっているって言う兵って事ッスよね?」


「そうなるにゃ」


「リリー、あの見た目が幼い女子おなごがシルフ、風の大精霊ぢゃ」


「ええ。その様ね」


 シルフ達は私達の目の前に降り立って、シルフが一歩前に出て口を開く。


「アレースが言っていた事は本当だったって事ね。まさか、こんな所で寝泊まりしてたなんて、シルフちゃんもビックリって事ね」


 シルフが喋り、私達を一人一人見まわしてから、がっかりしたように呟く。


「例の最年少天才魔性のバニー幼女ディーラーちゃんはいないって事? 会えるのを楽しみにしてたのに残念って事ね」


「その何とかのバニー幼女ディーラーって、もしかしてご主人の事ッスか?」


 ドゥーウィンが冷や汗を流しながらシルフに質問すると、シルフはドゥーウィンに視線を向けて答える。


「あ~、君は確かトンペット=ドゥーウィンって事ね。確か最年少天才魔性のバニー幼女ディーラーと契約を交わしている子って事ね」


「そうッスよ、シルフ様。って、本当にご主人の事だったんスね」


「それよりシルフよ。其方、ここに何しに来たのぢゃ?」


 フォレがシルフを睨んで質問すると、シルフは髪の毛をいじりながらそれに答える。


「アレースに頼んで、サラマンダーを一撃で倒したって言う子に会いに来たって事よ。この中にいるって事よね?」


「あー、それ私」


 右手を肩まで上げて名乗り出ると、シルフが私に視線を向けた。


「なんぢゃリリー、其方、サラマンダーに会うたのか?」


「昨日言わなかった? それに会ったと言うより、会う前に……そうね。蹴り飛ばしたわ」


 フォレの質問に答えると、それを聞いたシルフが顔を顰めた。


「こいつが噂に聞いていたリリィ=アイビーって事? 魔力値も全然無いし、見た目はただの子供って事ね」


「シルフ、お主は何故アレースの味方をしているのだ? 見た所、お主の背後に立つ者達と違って、操られている様には見えん」


「そんな事もわからないって事? ノームは本当に頭が悪いって事ね」


「何?」


「アレースは神と言うこの世界の上に立つ存在で、そこに正義があるって事よ。シルフちゃん達大精霊は正義の味方だから当然って事」


「ふん。たわけた事を申すでない。妾達大精霊が、事もあろうか正義の味方ぢゃと? シルフよ、其方、もしや何か勘違いしているのではあるまいな? 妾達は正義でも何でもない。己を正義と語るなど、随分と堕ちたものよのう」


「はあ゛っ?」


 フォレの言葉でシルフが怒り、表情に怒気が宿る。


「フォレ様、ご主人がたまに言ってる可愛いは正義もそれに含まれるんスか?」


「愚問ぢゃ。ジャスミン様が認めたものは全て正義で他は全て悪ぢゃ」


「言ってる事がめちゃくちゃッス」


「正義とか悪とか、そんなくだらない事はどうでもいいわよ。そんな事より、さっさとこいつ等を片付け――」


「待たせたな!」


 正義だの悪だのとつまらない話をするドゥーウィン達を止めて、シルフを片付けようと私が言い終える前に、突然秘密基地の屋根の上から大きな声が聞こえてきた。

 その声に眉間にしわを寄せて屋根の上に視線を送ると、案の定馬鹿がいた。

 かと思いきや、そこにいたのは馬鹿だけでなく、ラヴとハッカまで謎のポーズを決めて立っていた。


「あーっはっはっはっはっ! 私が来たからには、もう好きにはさせないわ! 覚悟しろ! とお!」


「とお!」


「がおー!」


 三人は屋根から飛び降りて、私とシルフの間の中間あたりに着地する。


「決まったわ!」


「決まったわじゃないわよ。何やってんのよアンタ達」


 呆れて質問すると、ラヴとハッカが私に駆け寄って、満足した様な笑顔を向けて話す。


「マモンちゃんがかっこいい登場の仕方を教えてくれたの」


「がお。かっこいい!」


 あの馬鹿、高い所がトラウマになる位に、今度はもっと高く蹴り上げてやろうかしら?


「さあ! えっと、よく分からないけどお前! 逃げるなら今の内だぞ!」


 馬鹿がシルフに指をさす。

 シルフは本気で苛立っている様で、顔の血管が浮かび上がっていた。

 シルフが馬鹿や私達を睨みつけ、羽を広げて空を飛ぶ。


「君等、シルフちゃんを馬鹿にするのもいい加減にするって事よっ! 奴隷共、あのナメ腐ったはえどもを今直ぐにぶち殺せって事よ!」




【ジャスミンが教える幼不死マメ知識】

 風の大精霊のシルフちゃんは精霊さんだから性別は無いけど、見た目がとっても可愛い女の子なんだよ。

 髪の毛や瞳の色、それに服が緑や黄緑で統一されていて、風の精霊のトンちゃんと違って8枚もある羽が雷の形をしてるの。

 正義の味方に憧れていて、世界の平和の為に悪と戦うのを夢見てるんだって。

 可愛いよね~。

 でも、正義の為だからって、誰かを奴隷なんかにしたら駄目だと思うんだけどなぁ。

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