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135 百合を奮い立たせる幼女の笑顔

 朝陽がまだ昇りきらない早朝に、私は小鳥のさえずりを聞きながら目を覚ました。

 目が覚めて直ぐに思いだすのは昨日の事。

 私は天井を見上げながら、ジャスミンのお母様に頭を下げさせてしまった事を思いだした。


 ナオとマモンは強行突破だなんて、あんな事を言っていたけれど、絶対にこれ以上は迷惑をかけられないわよね。

 他に方法を考えないと……。


 上半身を起こして考え始めると、私はこの場にジャスミンがいない事に気がついた。


 ジャスミン?


 周囲を見回してもジャスミンの姿は見当たらず、まだ眠る皆を起こさない様に、私は静かにジャスミンを捜しに秘密基地を出た。


「あ、リリィおはよー」


 秘密基地を出ると、ジャスミンが直視出来ない程の眩しい笑顔を私に向けた。

 ジャスミンはパンケーキを作っていた様で、私に挨拶をするとフライパンを振ってパンケーキを裏返す。

 近くには小さな机と椅子が並んでいて、そこにはドゥーウィンとラヴが眠たそうな眼をして座っていた。


「おはよう、ジャスミン、ドゥーウィン、ラヴ」


「ハニーおはようッス、ふぁあ……」


「がお。おはよー」


「リリィもパンケーキで良い?」


「ええ」


 返事を返すと、ジャスミンはドゥーウィンとラヴが座っている場所の近くに、私の為に魔法で木の椅子と机を作りだす。

 更に魔法で水を出してパンケーキの素を混ぜたり、もう一つパンケーキを作る為の焼き場を魔法で作りだして、一度に二つ同時にパンケーキを作り始める。

 その一連の作業は、ドゥーウィンとラヴの分のパンケーキを作りながら全て同時にやっていた。

 相変わらずとんでもない事を自然とやって見せる私の最愛の人は、鼻歌交じりで楽しそうだ。


「起こすのも悪いし、冷めちゃうから先に食べちゃおっか」


 パンケーキが焼き上がるとジャスミンが提案したので、私とドゥーウィンとラヴはそれに賛成してパンケーキを頂く事にした。

 ジャスミンの焼いたパンケーキは相変わらずプロ顔負けの美味しさで、私は幸せを文字通り噛みしめる。


 昨日は随分と失敗ばかりしてしまったけれど、今日こそは……と、パンケーキを口に運びながら考えていると、ジャスミンの視線を感じて目を合わす。

 すると、ジャスミンは優しく私に微笑んだ。

 いつものジャスミンの百面相と雰囲気が違っていて、その微笑みは柔らかく包み込まれる様な優しい微笑みで、私は胸の鼓動が早くなるのを感じながら質問する。


「どうしたの?」


 ジャスミンは特に慌てる様子も無く、私に向けていた視線を机の上のパンケーキに移して、パンケーキをナイフで切ってフォークで刺す。

 それから、パンケーキの切れ端を口に運んで食べ終わると、ジャスミンは嬉しそうに話しだす。


「ううん。昨日の夜、リリィ何だか元気が無かったでしょう? だから、元気になって良かったなって思ったの」


「ジャスミン……」


「ねえ、リリィ」


 ジャスミンが優しく微笑み、私はその微笑みに吸い込まれそうになった。

 その瞳は先程感じた優しさよりも優しく、私はまるで全身を包まれる様な気持ちになって心が温かくなるのを感じた。

 胸の鼓動は早くなり、顔だけでなく、体全体が温かくなるのを感じる。

 私は世界に存在するのが二人だけになってしまったかのような感覚を覚えて、ジャスミンから目が離せなくなる。

 そして気がつけば、ジャスミンは私の手を両手で優しく包み込んでいた。


「パパとママの事は気にしないで良いんだよ。もちろん私の事も」


 ジャスミンの言葉で私は現実に引き戻される様な感覚を味わって、ドゥーウィンに視線を移す。

 すると、ドゥーウィンは私が視線を向けた意図を察して、それに答える。


「ボクは何も言ってないッスよ。ラヴだって言ってないッス」


「じゃあ何で……?」


 まさか、私も百面相をしていた?

 そんな馬鹿な事があるわけない。

 だけど、それなら何故解ってしまったのだろう?

 ジャスミンには、昨日小母様と小父様に会った事を言っていないのに。


 私は困惑して、だけどそれを決して顔に出さずに考えた。

 しかし、ジャスミンは全てを見透かすように、優しく微笑みながら静かに話す。


「言わなくてもわかるよ」


 ジャスミンの瞳は何処までも真っ直ぐで、私の心臓の鼓動が早くなり、再びジャスミンから目が離せなくなる。


「だって、リリィの元気がない時って、私の事で考え事をしてくれている時ばっかりなんだもん。私が関係なかったら、関わってるのはパパかママでしょう?」


 ジャスミンは少しだけ頬を赤く染めて、苦笑しながら言葉を続ける。


「自意識過剰って思われちゃうかもだけど、それだけは私自信もてるもん。でも、それに気がついたのは今朝起きてからなんだけどね」


 私の手を包み込むジャスミンの両手に力がこもるのを感じた。


「何があったか知らないのに、こんな事言っても的外れだって思われちゃうかもだけど……リリィ」


 ジャスミンはもう一度頬を染めたまま微笑むと、とても優しい声で私に囁く。


「私のパパとママなんて関係ないんだよ。リリィの思った通りにやればいいんだから。だって、私も、私のパパとママもリリィの事が大好きなんだもん」


「ジャスミン……」


 ジャスミンの言葉に涙腺が緩み、思わず涙を流しそうになってしまった。

 そこまで落ち込んでいたわけでは無かったけど、そのジャスミンの優しさは、私にとってとても温かく心が安らいだからだ。

 自然と私も微笑んで、ジャスミンにゆっくりと頷いた。


「あ、もしかしたらパパとママは大好きじゃなくて、これは愛だって言うかも。リリィの事、娘みたいで可愛いって、いつも言ってるもん。娘って事は愛してるって事だもんね」


「家族愛ってやつッスか? ご主人のママさんとパパさんなら、確かにそんな感じの事を言いそうッスね」


「うんうん。だからリリィは、娘みたいに甘えちゃって良いんだよ」


「ジャチュのママとパパ、リリに甘えてほちい言ってた」


「うふふ。そんな、悪いわよ」


「そんな事ないよ。ねー」


「ねー」


 ジャスミンとラヴが顔を合わせて、笑顔で顔を傾け合う。

 その二人の姿はとても可愛らしくて、私は沢山の元気を貰った。


 不意に爽やかな風が吹きぬけて、私の頬を優しく撫でる。

 昨日は失敗続きの挙句ジャスミンのお母様に申し訳ない事をしてしまったけど、ジャスミンの優しさにふれた後にその爽やかな風を感じたおかげからか、今日はとても良い一日になりそうだと肌で感じとる。

 気がつけば、私もジャスミン達と一緒に笑っていた。


 それから少し経ってフォレ達が目を覚まして起きてきて、ジャスミンが楽しそうに再びパンケーキを作り始めた。

 そんなジャスミンの姿を見て、私は近くにいたドゥーウィンに話しかける。


「ドゥーウィン、ついて来るなら来なさい。その代わり、何かあった時は小母様と小父様の事を任せるわよ」


「もちろんッスよ。ママさんとパパさんは全力で護ってみせるッス」


「ええ。頼むわね」


 今日こそプリュを連れ戻す! 


 強行突破するしないに関わらず、必ずプリュを連れ戻すと、楽しそうにパンケーキを作るジャスミンを見ながら私は決意した。


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