132 百合も驚く確かな情報
村まで戻ると私はジャスミンのお父様とお別れして、ジャスミンの捜索を再開するのだけど、この時私は三つの失敗に気がついた。
まず、せっかくゴミカスのサラマンダーがいたのに、蹴り飛ばしてしまった事。
あの時は頭に血が上りすぎて無心で蹴り飛ばしてしまったけれど、今にして思えば、それは愚かな行為だった。
サラマンダーの口ぶりからすると、アレース神、つまりラークの馬鹿の配下の一人がサラマンダーと考えて間違いない。
それなら、ジャスミンの事を知っているかもしれないし、知らなくても脅せば猫喫茶には入れたかもしれない。
もう一つは、ジャスミンのお父様とそのまま何も考えず別れてしまった事。
木ウサギを猫喫茶まで運ぶと言う確実に店内に入れる理由が出来たのに、私はジャスミンの捜索の事に考えが切り替わっていた為に思いつかなかった。
そして最後の一つが、時間をかけすぎてしまったという事。
既に時間も随分と経ってしまっていて、もうルピナスちゃんのお家を伺う時間もあるかどうかと言う時間になってしまっていた。
結局、何の成果も無いまま時間だけが過ぎてしまった。
だけど、このまま集合場所に行くのも気が進まない。
少し遅れるかもしれないけど、謝って許してもらいましょう。
このまま集合場所に行くのも忍びないので、私はルピナスちゃんのお家に向かう事にする。
しかし、その時、突然私は背後から話しかけられる。
「あれ? リリィ……か? どうしたんだその体?」
振り返って視線を向けた先には、運が良いのか悪いのか、元々はルピナスちゃんの家の次に向かう予定だった家の主のタイムが立っていた。
私は一瞬だけ顔を顰めて、自分の感情を押さえて笑顔を取り繕って、質問には答えず質問する。
「丁度良かったわ。ジャスミンを見なかった?」
正直期待はしていなかった。
それ程に私はこの男を信用していないのだ。
「おいおい。やっぱりリリィだな。見た目は可愛くなったのに相変わらず可愛くないな~」
「は? 黙りなさいロリコン。いいから答えてくれない?」
あまりにも苛立って笑顔を忘れて睨んでしまったけれど、タイムは気にせず苦笑だけして質問に答える。
「見たぞ」
笑顔で答えず睨まれて答えるなんて、こいつにはドMの才能でもあるのかしら? と、一瞬思ったが、その思いも直ぐに消え去った。
何故なら、タイムが口に出した言葉が「見てない」ではなく「見た」だからだ。
私は驚き目を見開いた。
まさか、ジャスミンのお父様と別れてからこんなにも早く、しかもこんな男から目撃情報が得られるとは思ってもみなかった。
「カジノにいたんだけど、なんか忙しそうで声かけ辛くてさ。結局俺からは声をかけなかったんだ。ジャスミンは俺に気がついてなかったみたいだしな」
「でかしたわ! 今回ばかりは感謝してあげる! ありがたく思いなさい!」
「お、おう」
そうと決まれば善は急げだ。と、タイムに別れも告げずに走り出す。
だけど、私は走っている途中でふと考えた。
このまま何も考えず、ジャスミンに会いに行って良いものかと。
恐らくカジノにいるジャスミンは既にオぺ子ちゃんの事を知っている。
そして、タイムの口ぶりからすると、ジャスミンは今何かをしているのだ。
私が今行ってそれを邪魔して良いのかと考えた。
勿論、良いわけがない。
ジャスミンは忙しいと思われる位に頑張っているのに、私が何もせずにいるなんて決してあってはならない。
私はカジノに向けて走る足を止めて、この事を知らせる為に集合場所に向かう事にした。
集合場所まで辿り着くと、既にフォレとナオとマモンがその場にいて、私は三人と合流した。
それから各々の報告をする事になったのだけど、フォレもナオも成果を得られなかったようで、私がタイムから聞いた話を教えると驚いた。
「まさか、ジャスミン様があの建物の中におったとはのう」
「ジャスミーはカジノで働いてるのにゃ?」
「働いて……あ。そこは聞いていなかったわね。忙しそうにしていると言っていたから、そうだとは思うのだけれど」
「ふむ。しかし、そうなると加護が効かぬ理由が不明ぢゃな。やはり、これも神の力と言う事かのう」
「そう言う事になるのではないかしら。タイムは信用できないけど、あいつはジャスミンと仲が良いもの。嘘を言うとは思えないわ」
「うむ。妾もあの男にはエルフの里で何度も会った事があるが、嘘をつくような男では無かったと覚えておる」
「そう言えばそうだったわね」
「にゃー。それなら、これからどうするにゃ? まだ終業時刻までは時間があるにゃ」
「そうよね……」
と、呟いてから、黙って私達の話を聞いているマモンに視線を向けた。
「で? アンタは何でさっきから黙ってるのよ? だいたい、アンタにはプリュの事も任せたのよ。そっちの方はどうなのよ?」
「入れさせてもらえなかった……」
「は?」
「お店の中に入れさせてもらえなかったんだ!」
「は? 何よそれ? アンタ副店長じゃなかったの?」
「知るか! 何故だって聞いたら、今は忙しいからタダ飯食らいはいらないって、ボスに言われたんだ!」
タダ飯食らいと聞いて私は眉間にしわを寄せるのを抑えて、冷静に質問を続ける。
「ボスってアスモデよね? アスモデにちゃんとお願いしたの? 働くから入れてくれって」
「言ったわ! 味見は任せておけって! それなのに入れてもらえなかったんだ!」
駄目だわこいつ。
本物の馬鹿だわ。
私は馬鹿を無視する事にして、フォレとナオに質問する。
「このまま時間を無駄に過ごすのももったいないし、何か思いつく良い案は無いかしら?」
「そうぢゃな……。プリュイは猫喫茶で、ジャスミン様とオぺ子はカジノにおる様だしのう」
「いっそカジノに行くのも一つの手だと思うにゃ」
「どう言う事?」
「ニャーがジャスミーを捜している時にわかった事だけど、攫われた港町の人達は、この村のいたる所にいるんだにゃ。しかも、みんな自由に動いてるにゃ。意外と平和そうにしてて拍子抜けしたにゃ」
「本当なの!?」
こう言ってはなんだけれど、私は既に港町の人達の事なんて忘れいていた。
だけど、ナオはしっかりそれを覚えていて情報まで得ていた。
アマンダもそうだけど、このナオと言う子も本当に頼りになる。
「だにゃー。港町はこの村より大きいのに、どうやって皆が村の中に入れているのか不思議に思って調べたにゃ。そしたら面白い結果が出たにゃ」
「ふむ。何がわかったのぢゃ?」
フォレが質問すると、ナオは苦笑しながら答える。
「実は捕まっていたのは港町の一部の人だけだったにゃ」
その答えには、私もフォレも驚いた。
港町の住人全員が攫われたと思っていたからでもあるし、何より、私達は港町で散々助かった人がいないか捜しまわったからだ。
それだと言うのに攫われたのは一部だけだと言われて、信じられるわけが無い。
「港町の近くに緊急避難用の施設があるらしいにゃ。ここにいる港町の人に聞いたから間違いないにゃ」
「先程攫われたのが一部と言ったな? つまり、吸血鬼に町を襲われた時に、殆どの者はそこに逃げたという事か? それなら確かに、それも頷けるのぢゃ」
「あの自称勇者様に後でたっぷりお話を聞かないといけないわね」
「そうぢゃな」
私とフォレが眉根を上げながら笑い合う中、ナオが構わずに話を続ける。
「ここからが本題にゃ。その攫われた一部の人の話だと、カジノにアレースがいるのは絶対にゃ。それと、もう一つ気になる事も聞いたにゃ」
「ふむ。他にも何かあったのか?」
「アレースと知らないお爺さんが一緒にいる所を何度も見たって目撃情報だにゃ」
「知らないお爺さん? それだと、ラークの祖父の村長と言うわけでは無いわよね」
「にゃー。そのお爺さんはゼウスの事だとニャーは思ってるにゃ」
「確かにありえるわね」
「うむ。妥当ぢゃろうな」
私とフォレとナオは頷き合う。
「カジノにはアレースとゼウスがいる。そう考えれば、一度行ってみて戦いを挑むのもありだと思うにゃ」
「うむ。そもそも、オぺ子を仲間に入れるのもアレースを倒す為の手段の一つぢゃ。早めに片付ければ、プリュイに専念出来るかもしれぬしな」
「ええ。行きましょう! カジノに!」
「うむ」
「了解だにゃー」
「私も行くわ……」
よっぽど店に入れなかったのがショックだったのか、いつものウザさを感じさせないマモンが力無く頷く。
これはこれで辛気臭くてウザいと感じたけど、馬鹿に構ってあげる暇はない。
私達はラークとゼウスを始末する為に、カジノへと向かって歩き出した。




