131 百合の我慢も限界を迎える
ジャスミンのお父様と出会った私が、一緒に狩りに出かける事にしたのには理由があった。
ジャスミンは誰もが知っている通りのパパっ子で、お風呂をいつも一緒に入る程に小父様が大好きだ。
もし仮に、今ジャスミンが捕まっているとして、その件を踏まえて考えてみる。
ジャスミンは魔法を使わせたら右に出る者がいない程の才能の持ち主で、それを神共が利用してもおかしくない。
そうなると、弱みを握る事でジャスミンを何かに利用する事が出来るなら、ジャスミンのお父様を狙い弱みを握ろうとしてくるに違いない。
私の狙いは、ジャスミンのお父様と一緒にいる事で護衛して、同時に怪しい気配が無いか調べる事だ。
何となく狩りに行くと言ったのが騙している様で後ろめたい気持ちもあるけど、全部無事に終わったら謝って許して貰おう。
きっと小父様なら許して下さる。
だから私は小父様を騙してでもやらなければならない。
今は綺麗事を言っている場合では無いのだから。
海底神殿でジャスミンのパンツとハンカチでゼウスが召喚された事を考えると、神共に別の事でもジャスミンが利用される可能性は十分にあり得ると私は判断していた。
それに、ジャスミンが無事であっても、小父様と一緒にいれば会える可能性もありそうと言う考えもあった。
私はジャスミンのお父様と歩きながら、一先ず今から狩る獲物について確認する。
「そう言えば小父様、何を狩るおつもりですか? 営業中に狩りをするだなんて、よっぽどの事でも無い限りしないと思うのですけど?」
「ああ、うん。そうだね。実は今朝から臨時で厨房を手伝ってくれているサラマンダーさんの出す炎の火力が凄すぎて、殆どが丸焦げでダメになってしまったんだ」
「は?」
思わず地が出て口を手で塞ぐ。
ジャスミンのお父様は私の行動を見て微笑んで、眉根を下げて言葉を続ける。
「それで、元々厨房を任されていた妻が店の前でお客さんの相手を初めて、僕も無くなった食材の買い出しとかをやっていたんだよ。それで、足りない分を今から狩るんだ」
「大変でしたね……」
「本当にね。いやあ、時間帯が時間帯なら、絶対にもっと酷い事になっていたと思うと冷や汗ものだったよ。まだ時間帯的にも、がっつり食べる様なお客さんは殆どいなくて助かったなぁ」
ジャスミンのお父様は苦笑しながら話して下さるけれど、実際はかなり大変だったと思われる。
サラマンダーとか言う奴は、確か火の大精霊だった筈。
小父様達の事だから、相手が臨時の助っ人なのもありサラマンダーとか言うゴミの事を思って責めたりはしなかった筈。
小父様と小母様の苦労が目に浮かぶようで心中お察ししてしまう。
もし私であれば、そんなゴミ同然の相手など、蹴り飛ばしてゴミ箱に捨ててしまうに違いない。
「あ、話が変わってしまったね。えぇと、それで狩るものだけど、ツリーラビットを狩る予定なんだ」
「ツリーラビット……木ウサギですか。それなら、捕まえるのはそこまで大変ではなさそうですね」
ツリーラビットは別名で木ウサギと呼ばれるウサギ。
ここ等一帯で多く生息しているウサギの一種で、猿の様に木に登り、木の実を餌にして食べるウサギで比較的おとなしめの生物。
木ウサギの肉は主に家庭料理で使われる事が多く、柔らかくて美味しい印象がある。
「うん。まあ……そうなんだけどね。実は五十羽ほど必要で……ははは」
ジャスミンのお父様が乾いた笑いを零し、まるで死んだ魚の目の様な瞳で遠くを見つめる。
「そんなに!? その量を小父様がお一人で狩らなくてはいけないのですか!?」
「うん。サラマンダーさんに厨房の責任者の旦那だから、嫁の代わりにお前が責任もって行って来いって言われちゃってね。いやあ、まいっちゃったよ」
サラマンダー!
見つけ次第絶対殺す!
ジャスミンのお父様の手前だからこそ、平静を装っている私ではあったが、内心腸が煮えくり返りそうだ。
自分で食材を駄目にしておいて、その癖責任を取れだとか本当に存在がゴミでしかない。
「まあでも、凹んでいても仕方が無いし、頑張らないとね」
「小父様、素敵です!」
それからの私はジャスミンのお父様の為に頑張った。
木ウサギを次々と見つけ出して仕留めていく姿は、とても十歳の女の子とは思えない程正確で素晴らしいと、ジャスミンのお父様に褒めていただけた。
そうして、暫らく時間が経って、目的の五十羽に到達しようとする頃の事だ。
私はジャスミンのお父様と今は別々で木ウサギを捕まえていたのだけど、捕まえた木ウサギを持って、捕獲している木ウサギの所に行く途中で話声を耳にする。
「おい。何故もう四十羽以上もツリーラビットを捕まえてやがる? 流石に早すぎないか?」
「はい。娘の友達に会って手伝って貰えたんですよ。おかげで夕飯時には間に合いそうです」
話声?
小父様と、あと一人は……。
ジャスミンのお父様と一緒にいるのは初めて見る顔の大男で、私はその大男が火の大精霊サラマンダーだと直ぐに気付く。
気付くと言っても、実に簡単な事ではあった。
その大男は燃え盛る炎の様に赤く、ドゥーウィン達から聞いていた大精霊の見た目そのものだったから気がついたまで。
私はそのまま出て行かず、あえて木の陰に隠れて様子を見ながら聞き耳を立てる。
「ほう。そいつはいい。なら、後百羽追加だ。そのガキにも手伝わせて、一時間以内に持って来い。ここにあるツリーラビットは俺様が持っていってやる。ありがたく思えよ?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。流石にそれは娘の友達に申し訳ないし、一時間でそんなに捕まえるのは無理ですよ」
「ああん? 誰が口応えを許した? 俺様はアレース神の命で貴様等下等な人間の管理をしてやっている大精霊のサラマンダー様だぞ? それにわかっているのか? 食材を台無しにした責任は重い。厨房の責任者である貴様の嫁の命で償わせないのは、俺様なりの優しさだ。嫁の罪に目をつぶって許してやった俺様への感謝の気持ちが足りないんじゃないか?」
「そんな横暴な! そもそも食材を全てダメにしてしまったのは、サラマンダーさんじゃないですか!」
「おい貴様。責任を俺様に擦り付ける気とは、良い度胸じゃねーか。あれは貴様の嫁が、俺様に偉そうに料理を教えようとしたのが原因だ! だから俺様が貴様の嫁に力の差を見せつけてやったまで! 俺様に教えをするなどといった愚かな行為をした貴様の嫁が悪いのだ! まあ、貴様も貴様だな。こうして今、俺様に口応えをしている。出来損ないの嫁を持つだけはあるな」
「立場上、僕は貴方の指示に従っていましたが、流石に我慢の限界だ。これ以上妻の悪口を言う事を僕は許さない」
「はん! 許さないだと? 下等な人間風情が偉そうに言ったものだ。仕方が無い。貴様はもういらん。死――――」
ジャスミンのお父様だけでは無い。
私も我慢の限界だった。
気がつけば、私はサラマンダーを力の限り蹴り飛ばしていた。
サラマンダーは蹴り飛ばされた勢いで光速で何処かへ飛んで行き、既にこの場に姿形は無い。
先程までジャスミンのお父様が睨みつけていたサラマンダーが立っていた場所には、今は私が立っている。
ジャスミンのお父様からしたら、サラマンダーが突然私へと姿を変えた様に映ったのかもしれない。
私がそう思ったのは、私がサラマンダーと入れ替わった事でジャスミンのお父様が私に向けた睨む目が、そのまま驚きの目に変わったからだ。
「あ、あれ? リリィちゃん? え? あれ? サラマンダーさんがさっきまでそこに……あれ?」
驚きどころか混乱させてしまった。
ジャスミンのお父様はもの凄く周囲をキョロキョロと見て、サラマンダーの姿を捜しだす。
私は苦笑してから、手に持っている木ウサギを肩の高さまで持ち上げて、笑顔を向けて話す。
「小父様、これで全部で五十羽です。帰りましょう?」
「あ、ああ。うん。そうだね。帰ろうか。ははは」
本当はサラマンダーの息の根を止めたか確認したい所だけど、今はあんなゴミカスよりも、ジャスミンのお父様の方が比べものにならない程大事なのでやめておく。
私はジャスミンのお父様と一緒に木ウサギを運んで、村に帰る事にした。




