129 百合は猫耳に賛成する
猫喫茶に入る為に予約で一ヶ月も待たなければならないと聞いて、打つ手なしの状況で舞い降りた好機は、バカしか取り柄の無いマモンによってもたらされた。
マモンは猫喫茶の副店長だったようで、その権限を使って入店させてくれると言った。
私は喜んで、初めてマモンに感謝する。
「マモン、見直したわ!」
と、喜ぶのも束の間。
マモンの背後に一つの影が突然現れて……。
「職権乱用禁止!」
「ぎゃあーっ!?」
マモンが勢いよく蹴り飛ばされて、地面に落下してピクピクと痙攣する。
私は役に立たなそうなバカは放っておいて、突然現れたその人物を見上げた。
「勝手に仕事サボって帰って来たと思ったら、職権乱用するなんて最低ね」
「アスモデ!」
私は声をあげて突然現れた人物の名を呼んだ。
マモンの上司にして、魔族ケット=シーの親玉。
ジャスミンが不老不死になる前に私達の敵として現れて、戦った事がある魔族の自称色欲のアスモデだ。
アスモデはその頃と姿は全く変わっていなく、幼い体に合わない大きめのタンクトップとパンツだけの姿に、今は前掛けのエプロンを身に着けていた。
マモンと違って、同じケット=シーの魔族なのに猫耳や猫尻尾は無く、あるのは悪魔の羽と尻尾。
私は久々に見た知人の姿に顔を顰めて話しかけた。
「どうせアンタが責任者なんでしょう? そこで気絶してるバカが帰って来たんだから、アンタの権限でプリュと交換してくれない?」
提案を持ちかけると、アスモデは屋根の上から飛び降りて私の目の前に降り立つ。
「あはっ。残念だけどそれは出来ないよ」
「は? 何でよ?」
苛立ちを覚えて眉根を上げて質問すると、ジャスミンのお母様が代わりに答えて下さる。
「ごめんねリリィちゃん。今の責任者はポセイドーンさんっていう海猫さんなの。ポセイドーンさんは結構仕事に厳しい海猫さんで、勝手にシフト変更すると怒ると思うわ。でも、お願いしたくても丁度今席を外しているし……」
「……お、小母様、すみません。今何て?」
「え? えぇと、責任者はポセイドーンさんっていう海猫さんなの。結構仕事に厳しい海猫さんで、勝手にシフト変更すると怒ると思うわ。でも、お願いしたくても丁度今席を外しているのよ」
「あ、ありがとうございます」
流石はジャスミンのお母様。
寸分たがわぬ説明を私の為に二度もして下さった。
いつもなら、ジャスミンのお母様に手間をかけさせてしまった事に謝罪をする私だけど、今回ばかりは気が動転して出来なかった。
「うん? 全然良いのよ」
気が動転している私にお気付きになったのか、ジャスミンのお母様は一度首を傾げて、直ぐにいつものとても素敵な笑顔で微笑んで下さった。
だけど、いよいよ事態は最悪な事になってきたと私は焦る。
お店に入るには一ヶ月も待たなくてはいけない。
かと言って、ジャスミンのお母様にご迷惑をかけさせられないから強行突破なんて出来ない。
挙句、責任者がポセイドーンでは、敵対している私達ではコネが使えない。
まさに八方塞がり。
打つ手なしとはこの事だ。
焦りに焦っていると、器用に木の根を使ってフォレが耳元までやって来て、こそこそと声を殺して話し出す。
「リリー、不味い事になったのう。流石の妾でも、これはどうする事も出来ぬぞ」
「そんなの私だって一緒よ。こんなのどうすればいいのよ」
「何こそこそしてるにゃ?」
ナオが話しかけてきたので、少しだけ跳んで肩を掴んでナオをかがませて仲間に入れる。
「ナオ、何か良い方法はない? 流石に一ヶ月も待てないわ」
「その通りぢゃ。このままでは、ジャスミン様に失望されてしまう」
「にゃー。別に今から会わなくても、プリュイって精霊の仕事が終わってから会えば良いにゃ」
「それだ!」
「それぢゃ!」
ナオの素晴らしい提案に、私とフォレの賛同の声が重なる。
流石はナオ。
そこで未だに失神してピクピクと痙攣しているどっかのバカとは大違い。
私とフォレはジャスミンのお母様に笑顔を向ける。
「小母様、プリュが仕事を終える頃に、また伺う事にします」
「そう言うわけぢゃから、良ければプリュイの仕事が終わる時間を教えて貰えませんかのう?」
「良いわよ」
ジャスミンのお母様は素敵に微笑むと、私達にプリュの終業時刻を教えて下さった。
それから、私はいつまでも痙攣して目を覚まさないバカを放っておいて、フォレとナオと三人でその場を離れた。
そうして猫喫茶から少し離れた頃、背後からどっかのバカの声が聞こえてくる。
「待てーっ! リリィ=アイビー! 私を置いて行くなー!」
私達はプリュの終業時刻までに、本来の目的だったオぺ子ちゃんを捜しだす必要があるので、気にせずカジノに向かって歩く。
と言いたい所だけれど、一つだけバカに言わなければならない事があったので、私は後ろをついて来たバカに振り向いて睨む。
「アンタ、何でジャスミンのお母様が猫喫茶で働いていた事を黙っていたのよ?」
「どうでも良いからだ!」
「よくないわよ!」
まったくこのバカは何もわかってない。
ジャスミンのお母様が働いていると知っていれば、もっと心の準備も身なりの準備も出来ていた。
本当に困ったバカだ。
私が困ったバカのマモンを睨んだ時、フォレが顔を青ざめさせて呟く。
「何故……何故繋がらないのぢゃ? ジャスミン様……」
「フォレ?」




