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127 百合の道は外堀も埋めたい

※お話はだいぶ遡り、ここからはリリィ視点のお話が暫らく続きます。

 気が重い。

 理由は極めて簡単な事。

 せっかく故郷のトランスファに帰って来たのに、私の横を歩くのはジャスミンでは無くフォレとナオ、そしてバカだからだ。

 ジャスミンには「オぺ子ちゃんの事は私に任せて」なんて言って別れて来てしまったけど、本当は凄く寂しい。


「どうしたのぢゃ? リリー、其方元気がないのう?」


「気にしないで」


「ふむ、そうか。それより、ジャスミン様の生まれ育った村にあんな物があるとはのう。あれはなんぢゃ?」


 フォレが派手な建物に指をさして私に聞く。

 残念ながら、あんなよくわからない建物は私だって知らない。

 まあ、方角からしてラークの家がある所に建っているから、どうせあの馬鹿が建てたものでしょ。

 しかし、知らない物は知らないので、私はこう答える。


「知らないわよ」


「ふむ、そうか」


 納得したのかしていないのか、それともどうでも良いのか知らないけど、フォレはそれっきり建物に対して向けていた興味を何処かに置いてしまった様だ。

 今度は周囲を見回して、沢山の人に目を向けて「人が多いのう」と呟いていた。


 それに関しては私も感じていた。

 ここトランスファには、本来ここまで人がいない。

 そもそも、住んでいる住人が約六十人程度の何も無いつまらない村になど、物好きくらいしかやって来ない。

 それが今では何処も彼処も人で溢れているし、なんなら溢れすぎてウザいくらいだ。


「リリィ=アイビー! 早く猫喫茶に行くわよ!」


 気が付くと、いつの間にかだいぶ前を歩いていたバカ……マモンが私に振り向いて元気に手を振った。

 マモンの横には同じ猫耳少女のナオがいて、マモンと一緒にこっちに向かって手を振っている。


 本当に仲が良いわねあの二人。


 そんな事を思いながら、私は二人の許へ駆け足するでもなく、速度を変えずに普通に歩く。

 マモンが走れと大声を上げているけど、いちいち相手にするのも面倒なので無視をする。


 そうして村を歩いて数十分後に、この村では絶対に見る事の無いものを見てしまった。


「何よこの行列……」


 思わず呟くと、フォレが謎の行列の先に視線を移して口を開く。


「どうやら、妾達の目的の場所から続いておるようぢゃな」


 フォレの言った通りだった。

 視線を移すと、【猫喫茶ケットシー】と書かれた看板のある見慣れない建物に行列が続いていた。


「そう言えば、マモンはケット=シーの魔族ぢゃったな」


「そうね……」


 フォレに適当に相槌してから、改めて行列に視線を向ける。

 その長さは異常で、間違いなく百人どころか千人は超えているのではないかと思える程の長さだった。


 私は何か嫌な予感がして、猫喫茶の入り口に近づくマモンに駆け寄る。


「ねえ、マモン。凄い人が並んでるけど、これ、本当に私達は中に入れるんでしょうね?」


 オぺ子が猫喫茶で働いている以上、私達は猫喫茶に行く必要がある。

 だけど、こんな行列に並んでいたら、日が暮れるどころの騒ぎでは無かった。


 マモンは私の疑問を聞くと、蹴り飛ばしたくなる程のドヤ顔で胸を張って答える。


「私はここのスタッフだからな! 大丈夫だ!」


 とても心配だ。

 今日の私は、オぺ子ちゃんを連れて直ぐにラークに会わせて、さっさと片付けてジャスミンの喜ぶ顔を見る予定だ。

 こんな出だしの部分でつまづいてなんていられない。

 猫喫茶の壁を壊して連れ出そうと思えば出来るだろうけど、そんな事をしたら、猫喫茶に行きたいと言っていたジャスミンが悲しんでしまう。

 ここはジャスミンの為に穏便に、そしてスマートに事を運ばなければならない。


 ドヤ顔のマモンの顔を睨んで歩いていると、不意に女性に話しかけられる。


「あら? リリィちゃんよね? 随分小さくなってて、最初は気付かなかったわ。それにマモンちゃんも帰って来てたのね。二人共おかえりなさい」


 私はその声を聞いて驚き振り向いた。

 そして、私に話しかけてくれた女性を見て、瞬時に髪を整えてお辞儀する。


「小母様! ご、ごめんなさい小母様。帰って来たにもかかわらずに、ろくに挨拶にも伺わずに! おはようございま――ただいまです!」


 私に話しかけてくれたのは、エプロン姿のジャスミンのお母様。


 ジャスミンのお母様は私の憧れの女性でもある。

 天使よりも天使なジャスミンを育てた女性で、絵に描いたような綺麗で美しい大人の女性。

 思いやりがあり、誰にでも優しい素敵な女性。

 可愛くて優しい非の打ちどころがないジャスミンは、このお母様だからこそ育てられたのだと私は思っているし尊敬している。

 例え大好きで愛おしいジャスミンと結婚して結ばれたとしても、ジャスミンのお母様に認めてもらえなければ意味が無いとさえ思っている。


 そんな素敵なジャスミンのお母様に、まさかこんな所で会うとも思わず油断していた私は、慌てる以外の選択技が無かった。


「うふふ。リリィちゃんったら、もう、相変わらずおかしな子ね。そんな所も可愛いんだけど」


「いえいえ、そんな。私なんてジャスミンと比べたら全然です」


「そんな事ないわよ。それにあの子ってば、パパ、パパで、いつまで経っても父親離れできないんだもの。少しはリリィちゃんを見習ってほしいわ」


「あわわわわ。勿体無きお言葉! ありがたき幸せです!」


 褒められて、間違いなく頭が混乱して言動がおかしくなってしまった私は、再び今度は勢いよく九十度以上腰を曲げてお辞儀する。

 そんな無様な私を見て、ジャスミンのお母様は私の事を可愛いと言って下さって微笑んだ。


「でもその姿本当にどうしたの? あんなに大きな子があの子より小さくなっちゃって」


「色々ありまして……」


「そう。まあ、姿が幼くなってもリリィちゃんはリリィちゃんだもん。関係ないわよね。変な事聞いてごめんね。その姿も昔に戻ったみたいで、とても可愛らしいわよ」


「ごめんだなんてそんなっ、気にしないで下さい! それと可愛いと言って頂けて嬉しいです! ありがとうございます!」


「リリィちゃんったら大袈裟なんだから。うふふ。顔が真っ赤よ」


 ジャスミンのお母様にまたもや褒めてもらえて嬉しさのあまり飛び跳ねたくなる。

 すると、私の挙動や言動を見て、ようやくフォレも気がついた。


「ま、まさかジャスミン様の母上様!?」


「あら? この子は……見ない子ね。ジャスミンの新しいお友達かしら? ジャスミンの母です。いつも娘がお世話になっております」


「は、母上様! そそそ、そんな滅相もない! お世話になっておるのは妾のほうぢゃ! わ、妾はジャスミン様と契約をさせて頂いたドリアードと申しますのぢゃ! 今はわけあってフォレ=リーツと名乗っております! よ、よろしくお願いしますなのぢゃ!」


 フォレが慌てて頭を下げる。

 無理もない事だ。

 ジャスミンのお母様にみっともない所を見せられない気持ちは私にもわかる。

 しかも、こんな突然に何の準備も無しに出会ってしまったのだ。

 数えられない程に何度もあった私だって、かなり焦っている。


「お前凄いな! リリィ=アイビーが珍しく真っ赤だ! 流石は甘狸の母親だ!」


「全然凄くなんかないわよ。リリィちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんで、いつもこうじゃない」


「あーっはっはっはっはっ! 冗談は寝て言え!」


 バカが図々しくも偉そうに、ジャスミンのお母様の背中を叩く。

 それを見た私とフォレの取った行動は早かった。

 私はマモンの後頭部を鷲掴みして、フォレは魔法で木の根を出してマモンを縛り上げて、二人で同時にマモンの顔を地面に叩きつける。

 もちろん、ジャスミンのお母様に向かって土下座をさせる要領で。


「んにゃっ……!」


 マモンはマヌケな悲鳴をあげて地面にキスして動かなくなり、それを見たジャスミンのお母様がお顔を真っ青にしてしまった。


「ちょ、ちょっとリリィちゃん? 何してるの?」


「あ、これはこのバカ……じゃなかった。この子なりの謝罪表現なんですよ。失礼な物言いをしてしまったから謝罪をしたかったらしくて、一人でするのは恥ずかしいからって、私とフォレで手伝ってあげたんです」


「う、うむ。全く、困ったものよのう。謝罪くらい一人でせいと言うのに」


「そ、そうなの?」


 私とフォレが顔を引きつらせながら笑顔を作って笑い合う。

 そんな私達二人の姿を、ジャスミンのお母様は不思議そうに見つめていた。


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