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126 幼女を裁く神々の裁判

 いったい何がおこっているのだろう? と、私は頭を悩ませる。

 つい先ほどまでカジノだったこの建物は、6階まで開き抜けになった裁判をする為の法廷へと変わってしまっていたのだ。

 ただただ天井が高いだけのこの空間には、ラテちゃんやサガーチャちゃんと一緒にお昼を食べたジャンクフードの飲食店も全て無くなっていた。

 そして今、私が立っている場所は、証人や被告人が証言をする為に立つ証言台。

 目の前には裁判長などが座る裁判官席があり、違いがあるとすれば、弁護人や検察官や傍聴ぼうちょう人がいないことだろうか?

 と言うか、私はドラマやアニメやゲームでしか裁判なんて見た事ないから、そんなに詳しくないしわからない。

 でも、そんな事よりも……。


 私は裁判官席に視線を向ける。

 そこにいるのはゼウスだけでは無かったのだ。

 裁判官席に座るのは、ゼウスを含めた8人の神様達。

 何故それがわかるのかと言うと、海底神殿オフィクレイドの壁画で見た神様だったからだ。

 ゼウス、ヘーラー、アテーナー、アプロディーテーさん、デーメーテール、ヘーパイストス、ヘルメース、ヘスティアーの9人だ。


 と、そこでアプロディーテーさんと目が合って、凄く嬉しそうに笑顔を向けられ小さく手を振られた。

 それに気付いたゼウスがアプロディーテーさんを睨み、アプロディーテーさんは眉根を上げて目を逸らした。

 そのしぐさが少し可愛くて、私はクスリと笑いそうになったのだけど、そんな場合でも無かった。


「離せ! ハデスてめえどう言うつもりだ!?」


 上からラークが見知らぬ男に連れられて、裁判官席の一つに座らされる。

 ううん。

 座るという表現は正しくない。

 どちらかと言うと席に叩きつけられ、そして押さえつけられる様にして、その場で拘束されたのだ。


「それはこちらのセリフだアレース。お前ともあろう男が、人間の世界に触れて、こうも落ちぶれてしまうとはな」


「大きなお世話だ! 離せハデス!」


「駄目だ」


 ラークは騒ぎ散らすけど、ハデスと呼ばれた男は一向に離す気配を感じさせない。

 その時、私は気がついた。

 ここ、この証言台に立たされた時、いいや違う。

 ゼウスに足を掴まれて、ここに叩きつけられた時から、ラテちゃん達がいない事に。


 私は周囲を見回して、ラテちゃん達の姿を捜して見つけ出す。

 ラテちゃんとラヴちゃん、それにウィルちゃんとシェイちゃんは、本来傍聴人が座る傍聴席で眠らされていた。

 しかし、ただ眠らされていたわけでは無い。

 4人は透明な箱に入れられて、顔色が悪くぐったりと横たわっていたのだ。

 そしてそこには、同じ様にスミレちゃんとリリオペとハッカさんとレオさん、それにシロちゃんもいた。


 私はゼウスに視線を向ける。


「皆に何をしたの?」


「貴様に発言権はない」


 それなら、今直ぐ助け出すだけだ!


 私は皆を助ける為に魔力を両手に溜めて――――溜まらない?

 不思議な事に、全く魔力が溜まらなかった。

 それだけじゃない。

 まるで自分の体が鉛の様に重くなっている事に気がついた。


「小娘、貴様の様な罪人が自由に動けるとでも思うたか?」


 どう言う事?


 驚きゼウスに視線を向けると、丁度その時、裁判官席にセレネちゃんがラークと同じ様に見知らぬ男に連れられて席に座らされた。

 私はセレネちゃんの無事にホッとして、セレネちゃんを連れて来た男を見て、その男が壁画に描かれていたアポローンだと気がついた。

 アポローンはセレネちゃんが座ると、その隣に座る。


「アルテミス、お前は抵抗しないのだな」


「抵抗したらどーにかなるわけでもないっしょ? だったら無駄じゃん」


 セレネちゃんはゼウスに視線を向けず不貞腐れた顔で答えると、私に視線を向けて眉根を下げた。


「兄者は今忙しい身だ。一人足りぬが、これより神に不貞を働く罪人ジャスミン=イベリスの罪を暴く為、裁判を執り行う!」


 ごくりと唾を飲みこむ。

 状況は最悪だった。

 間違いなく、これは裁判なんてものでは無い。

 検察も弁護も無しに、裁判官と被告だけで何が出来ると言うのだ。

 暴くなんてとんでもない。

 これは間違いなく、私を裁く為だけに用意された舞台なのだ。


 それだけじゃない。

 ラテちゃん達の事が心配で仕方が無かった。

 今の私はどう言うわけか、体が鉛の様に重くて自由もきかないし、魔法だって封じられてしまっている。

 こんな状態では本当に何も出来ない。


 ラークは相変わらず押さえ付けられて騒いでいるし当てにはならない。

 セレネちゃんを危険に晒すなんて出来ない。

 アプロディーテーさんも出来れば巻き込みたくない。


 私がこの状況をどうにか出来ないかと悩んでいると、いつの間にかゼウスは裁判を進めていた様で、私に話しかけていた。


「答えよ! 貴様がアルテミスをたぶらかし、神を殺す計画を練っていたに間違いはないな!」


 神を殺す計画?

 それはセレネちゃんで、私は違うんだけどなぁ。


「そんな事してないよ。私は神様とお友達になろうとしてただけだもん」


「友達だと? 笑わせるでない。貴様の様な下等な生物が、我等神の友になるなど笑止千万! 万死に値する!」


 ゼウスが激昂し建物が震える。

 すると、今まで黙っていたアプロディーテーさんがため息を吐き出した。


「もう良いわ。本当は黙って見ているつもりだったけれど、さっきから一方的で呆れちゃうんだもの」


「何?」


 ゼウスがアプロディーテーさんを睨み、アプロディーテーさんはゼウスと目を合わす。


「本当にくだらない。これだから男はゴミ以下なのよ。ジャスミンちゃんと私は既にお友達よ。いいえ。むしろそれ以上の関係になりたいわ! ジャスミンちゃんを殺すって言うなら、私が黙っていないわ」


「アプロディーテーさん……」 


 私がアプロディーテーさんの名前を呟くと、アプロディーテーさんが私に視線を向けて微笑んだ。


 ゼウスは非情だ。

 アプロディーテーさんが私に微笑みを見せると、アプロディーテーさんにいかづちを落とした。


「――がっ!」


 雷を落とされたアプロディーテーさんは、黒焦げになってその場で気を失い突っ伏する。


「愚かな」


「酷い……。何でこんな事!」


 流石に私も限界だった。

 アプロディーテーさんは黒焦げになって正直無事だとは思えない。

 何もしていない、ただお話をしていただけのアプロディーテーさんに向けたゼウスの行いは、私を怒らせるには十分だった。

 私はゼウスと睨み合う。


「皆の者見たか? これがこの娘ジャスミン=イベリスのなす神への冒涜だ! この娘は、我等神をたぶらかし仲間にし、神同士を争わせようとしているのだ!」


 神々が騒めき、私に向けられるのは嫌悪の眼差し……では無かった。


「あらあら。面白い子ね。私は嫌いじゃないわ」


「ふーん。この子があのアルテミスをね~。中々の怖いもの知らずで興味あるね」


「大胆不敵で良いじゃないか! 俺は気にいったぞ!」


「神と友達に、ですか。良いではありませんか。とても素敵な事だと思いますよ」


「友の為に父上に向けるその眼光。気に入ったぞ下民の者よ」


「父さんは短気だからね~。悪いね、えっとジャスミンちゃんだっけ? ゼウス神を前にしてその威勢、誰にでも出来るような事じゃない。拍手しよう」


「生物のことわりから外れて不老不死になった子供がいると聞いたから、どんな子かと思ったら随分と可愛らしい子ね。私は貴女を応援するわ」


 私は正直驚いた。

 どんな罵声を浴びせられるのかと身構えたのに、出て来る言葉は全部肯定的な意見ばかりだからだ。


 ゼウスも同じだ。

 自分以外の神様の反応がそんな意見ばかりだから、驚きの表情を浮かべて周囲に目を向けていた。


 私のさっきまでゼウスに感じていた怒りは、驚いて拍子抜けしたせいで薄れてしまった。

 だからと言って、そのままには出来ない。

 私はゼウスに向かって口を開く。


「アプロディーテーさんを治してあげて! 私に罪があるなら償う。こんな裁判なんて必要ない! 今の私は魔法が使えないの。だからお願い! 早くアプロディーテーさんを治してあげて!」


「何?」


 ゼウスが顔を顰めて私を見る。

 私は睨みつけるわけでも無く、ただ強くゼウスを見た。


「ジャスはこー言う子よ、パパ。パパが思ってるよーな事はジャスはしない。私がほしょーする」


 セレネちゃんがゼウスに視線を向けて呟くと、ゼウスは俯き、体を震わせた。


「許される事では無い」


「――っ!?」


 ゼウスが呟き、その瞬間に証言台から鎖が飛び出して私を縛り付ける。


「ジャス! ちょっとパパ! 私の話聞ーてた? ジャスは――」


「黙れ!」


 セレネちゃんがラテちゃん達が入れられているのと同じ透明な箱の中に閉じ込められる。

 セレネちゃんは一瞬驚いてから、内側からそれを叩く。

 透明の箱はセレネちゃんの声も叩く音も外に漏らさない。

 それどころか、セレネちゃんは次第にうとうとしだし、そのまま眠ってしまった。


「やはり、貴様は今直ぐ殺すべきだと解った」


 ゼウスが呟き、建物内に暗雲が生まれる。

 その暗雲は何処までも暗く、不気味に膨れ上がる。


「貴様も既に知っているとは思うが、神の前では貴様等下民の能力など無に等しい。よって、貴様の持つ不老不死の力も意味の無い事」


 何も無い筈のゼウスの目の前に杖が現れ、ゼウスがそれを掴んで暗雲に向かってかざす。


「だが、貴様にはあえて味わわせてやろう。不老不死という存在が如何に愚かで、如何に罪深き事なのかを。永遠と続く神の裁きを受け続け、死ぬ事の無い苦しみを味わうがよい!」


 ゼウスが暗雲に向かってかざした杖を私に向かって振るう。


 私はただ何も言えず、それを見る事しか出来なかった。

 ただでさえ体は鉛の様に重くて動き辛いと言うのに、証言台から飛び出した鎖に縛られ身動きが全く出来ず、頼みの魔法さえ使えないのだ。

 だけどそんな中、こんな時だと言うのに私はここにいないリリィの事を想っていた。


 暗雲から私に向かって雷が落とされる。


 リリィ……会いたいよ。


 そんな私の願いは届かない。

 届くのは、私の頭上に落ちたゼウスが放った雷だけだった……。


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