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122 幼女と戦神の戦いの幕が上がる

 オぺ子ちゃんを追うように、私は6階に繋がる階段の前に辿り着いた。

 階段には扉がついていて、どうやらこの扉で鍵が必要になるようだった。

 私は今鍵を持っていなかったけど、オぺ子ちゃんが先に来ているので問題無く扉を開けて階段を上り始める。


「ジャス、先に言っておくです」


「え? どうしたの?」


 私の頭の上でうさ耳を掴んで座るラテちゃんが何やら深刻な声色で呟くので、私は少し緊張しながら聞き返した。

 すると、ラテちゃんは少し間を置いてから、声色をそのままにして答える。


「この階段を上り始めてから、やっとラテにも感じ取れる様になったです」


「うん?」


「この先、六階には四人の大精霊様が集まっているです」


「え? 4人の大精霊?」


「です。いるのは、火の大精霊サラマンダー様、水の大精霊ウンディーネ様、風の大精霊シルフ様、そして……土の大精霊ノーム様です」


 一瞬、言っている意味が分からなかった。

 火の大精霊や水の大精霊に風の大精霊はわかる。

 だけど、土の大精霊のノームさんは、ここにはいない筈なのだ。

 何故ならなんて考えるまでもなく、村の外れにある秘密基地でラヴちゃん達と一緒にお留守番しているからだ。


「幼女先輩、謝らなければいけない事が出来たなのです」


 ノームさんの存在に困惑していると、今度はスミレちゃんが眉根を下げて立ち止まった。


「私もこの階段を上り始めてから、妙な違和感を感じていたなのです」


「どう言う事?」


 私も足を止めてからスミレちゃんに聞き返すと、スミレちゃんは言い辛そうに答える。


「……ハッカちゃんの匂いが上からするなのです」


 私は驚きのあまりに、思考が停止して頭の中が真っ白になる。

 そして、次第に焦りが私の心を支配する。

 気がつけば、私は階段を駆け上っていた。


 階段を駆け上り6階に辿り着いた私は、それ(・・)を見て涙を流した。


 私が目にした6階の姿は、とても広く何も無い開けた空間だった。 

 壁なんて物は無く、あるのは天井を支える為の外壁代わりの柱だけ。

 いや。

 外壁ではないけれど、外壁代わりにガラスが一面に張られている。

 その為、村を一望できる様になっていて、前後左右どこを見ても眺めの良い村の景色が目に映る様になっていた。

 だからこそだろう。

 この空間で異様に目立つものがあった。


 唯一この空間にある椅子、そして、そこに座るラークの姿。

 ラークの背後に立つ4人の大精霊。

 以前、トンちゃん達から特徴を教えて貰った事があったから直ぐにわかった。


 一度戦った事のある水の大精霊ウンディーネさん。

 真っ赤な肉体は全身が傷跡だらけで、威圧的な雰囲気を全身から放っている大男、火の大精霊サラマンダー。

 背中には雷を連想させるギザギザな形をした羽が生えていて、虚ろで焦点の合わない目のせいで少し怖い雰囲気を持つ小柄な少女、風の大精霊シルフ。

 もちろん、そこにはラテちゃんの言っていた通りに、ノームさんの姿もあった。


 だけど、それだけでは無い。

 スミレちゃんの嗅覚は本当に優れている。

 ラークの座る椅子には、幼児化姿のままのハッカさんがもたれかかって立っていた。

 ハッカさんの瞳からは輝きが無くなっていて、生気を全く感じられない。


 そして、私が涙を流した理由。

 それ(・・)はオぺ子ちゃんの変わり果てた姿だった。

 オぺ子ちゃんだけじゃない。

 そこには、ラヴちゃんとレオさんの変わり果てた姿もあった。

 そう、変わり果てた姿……石になってしまった、3人の姿がそこにあったのだ。


「ラーク!」


 私は叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。


「どうした? 来て早々に騒々しい奴だ」


「何でリリオペにこんな事したの!? ラークとリリオペはお友達なのに! それにラヴちゃんとレオさんまで!」


「白々しい。元々お前が余の友人であるリリオペをたぶらかしたのが原因だ。リリオペが余に逆らわねば、この様な事にはならなかった。火の精霊とそのガキもそうだ。貴様が巻き込んだのではないか」


 言い返せなかった。

 その通りで、悔しくて、私には何も言い返せない。

 ラークの言う通りなのだ。

 リリオペは何も知らなければ、こんな所には来なかったのだから。

 ラヴちゃんとレオさんだって……。


「はあ? アレース、アンタさ。マジでサイテーだね。自分でやった事を誰かのせーにするとか、流石にドン引きなんだけど?」


「それはお互い様だろう? アルテミス。貴様に余を責める資格などない」


「はあ゛っ?」


 セレネちゃんがラークを睨み、ラークはそれを失笑してから私に視線を向けた。


「言おうと思っていたのだが、そろそろそのラークと言う呼び名をやめてはもらえないか? 余はアレース。貴様とは格が違う神と言う存在だ。気安くラークと呼ばれると虫唾が走る」


 その言葉は、とても冷たくて、私はわかってしまった。


「そうだね。ラーク……ううん。アレース」


 私は涙を腕で拭い、アレースを睨む。


 いつも煩くて、人の事なんか考えない困った男の子。

 それでも、私はラークの事を友達だと思ってた。

 そして、どんなに変わってしまっても、ラークはラークなんだって思ってた。

 だけどそれは違ったのだと、嫌でも思い知らされた。


 私はラヴちゃんとリリオペとレオさんに視線を向ける。

 レオさんを庇う様にして抱き寄せるリリオペの姿がそこにはあった。

 そしてそのリリオペを護るように、ラヴちゃんが両手を広げて立つ姿は、見ているだけで涙が溢れてくる。


 ラヴちゃん、リリオペ、レオさんごめんね。

 ありがとうラヴちゃん、2人を護ろうとしてくれて。

 ありがとうリリオペ、一緒にラークを止めてくれるってわかった時、凄く嬉しかったんだよ。


「ごめんね、セレネちゃん。私、約束は守れそうにないよ。アレースと友達になんてなれない」


「ジャス……」


 アレースを睨み、魔力を両手に集中する。


「アレース! 私はラヴちゃんとリリオペとレオさんを石にした貴方を絶対に許さない!」


「許して貰う必要性を感じないな。だが喜べ。今直ぐ三人の後を追わせてやる」


 そう言葉を口にしたアレースには、ラークだった頃の面影は何一つとして感じられない。

 私の目の前にいる相手は、友達をも手にかける非道な神アレース。

 私の目からは止まらない涙が溢れ出る。

 ラヴちゃんとリリオペとレオさんが石にされてしまった事、友達だったラークが一番の友人に手をかけてしまった事、もう石にされた3人は戻って来れないと思うと悲しくて辛くて仕方が無かった。


 と、私は思っていたのだけど、どうやら一部勘違いしていたらしい。

 ラークに向かって駆け出そうとしたその時、突然ラテちゃんが大声を上げる。


「ジャス! 落ち着くです! あの石化はノーム様の魔法の力の効果です! ジャスなら治せるですよ!」


「え!? じゃあ……」


「怒りなんてものに身を任せてないで、冷静になってさっさとあの裏切り者をぶっ飛ばして魔法を解くです!」


 ラテちゃんの言葉で光明が差して、一気に力が湧いてくる。


「ラテちゃん大好き! 全力で行くよ!」


「ジャスミン、余はいつも思っていたが、女の中でも特別貴様は本当に目障りで耳障りな煩い女だ。石化が解けるだと? 頭に乗るな。貴様はここで俺に殺される運命にあるのだ」


 いつも?

 女の中でも特別目障りで耳障り?


 目に溜まっていた涙を拭う。

 もう涙は流れない。

 それどころか、可笑しくって笑いそうにまでなってしまう。

 何がアレースだバカバカしいって感じもいい所だ。

 やっぱりラークは変わらない。

 そして、私は思いだした。

 アレースの正体が、ラークだと知った時の事を。

 だからこそ、私は思い、口にする。

 アレースでは無く、ラークに聞こえる様に大きな声で。


「ラーク! やっぱりラークって、自分勝手でどうしようもない馬鹿だよね。だから教えてあげるよ、ラーク! 誰かが悲しむ事をしたらダメなんだよ!」


「余に説教だと? 本当にイラつく女だ。これだから女は嫌いだ!」


 いつもは思った事を口にしない私だけど、今回だけは特別だ。

 この際だから、全部ぶちまけてやりましょう。

 大切な友達を6人(・・)も助けなければいけないのだ。


「私だって怒ってるんだからね!」


「貴様程度の怒りなど、余が貴様から受けた屈辱と比べたら大したものでは無い」


 ラークが椅子から立ち上がり、背後に立っていた大精霊達が姿を変えて指輪になった。

 そしてその指輪はラークの左手の指にはまる。

 その瞬間、私でもわかる程の魔力がラークから膨れ上がって可視化された。


 常人であれば怯むどころか震え上がって腰を抜かすほどの出来事ではあったけど、私は震えもしないし怯みもしない。

 別に怖い訳じゃない。

 だけど、それよりも確かに私の耳に届いた言葉。

 すっかり言葉使いも変わってしまって、変わってしまったラークの口から出た言葉を。


「ラーク、自が出て俺とか言っちゃってるよ? 自分の事を呼ぶ時は余じゃなくて良かったの?」


「殺す!」


 私とラークの戦い……ううん、喧嘩が今まさに始まる。

 一時は気が動転しちゃって、凄く物事を暗く考えちゃっていたけど、もうそんなのは無し。

 ラークを止めて皆を助けるんだ。


「ジャスはやっぱり、そーで無きゃ」


 不意にセレネちゃんが呟いたので視線を向ける。

 私に向かって何故かセレネちゃんは嬉しそうに微笑んでいて、可愛らしい八重歯が口の中から覗いていた。


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