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121 幼女に体罰するのはやめましょう

 5階に現れた番犬の、豆柴のシロちゃんの猛攻は激しくて、私とセレネちゃんはなす術も無くその場から一歩も動けなくなってしまった。

 迫り来るそのつぶらな瞳は私とセレネちゃんを見つめて誘惑し、可愛らしい鳴き声で喜ばせる。

 視界に入るフくるっと巻かれた尻尾はフリフリ振られていて、私とセレネちゃんは大興奮だ。


「やっば、ちょー可愛ー!」


「ねー!」


「わん」


 シロちゃんが寝転がり、可愛らしいお腹を見せる。

 私とセレネちゃんは堪らず、シロちゃんのモフモフとしたお腹を撫で始めた。


 幸せすぎるよぉ。


「ジャス! いい加減にするです!」


 ラテちゃんがペチリと私の頭を叩い……ペチペチとずっと叩き始める。


「だって可愛いんだもん」


「そーそー。シロちゃん可愛すぎっしょー」


「そうなのよラテールちゃん。幼女とワンちゃんが戯れているのを邪魔したら駄目なのよ」


「ここにおバカがもう一人いたです」


 ラテちゃんが私の頭を叩くのをやめて、スミレちゃんに呆れた様な口調で話すと、フワフワと宙に浮かんで私の目の前にやって来る。


「ジャス、今は――」


 ラテちゃんが何かを話そうとすると、ラテちゃんを押し退けて、目の前にウィルちゃんが飛んできた。

 ウィルちゃんはラテちゃんに睨まれながら、気持ち悪く笑いながら話し出す。


「ぐへへへ~。ジャスミンたん、おいたんも犬になろうかな~。そうしたらジャスミンたんをペロペロと舐めまわしちゃうぞ~」


 ちょっと嫌かも……。


「よすの~。なんじは、ただでさえ気味が悪いの~。喋れる犬などになられたら、気味の悪さが倍増してしまうの~」


「シェイド様の言う通りです。ウィスプ様は大人しく端っこでジッとしてればいいです」


「二人共おいたんにもっと優しくてくれよ~」


 ラテちゃんとシェイちゃんがウィルちゃんにもの凄く嫌そうな表情を向けたところで、オぺ子ちゃんが私の肩をトンッと軽く叩く。


「あ、あのさ、ちょっと良いかな?」


「なあに?」


 オぺ子ちゃんに振り向いて聞き返すと、オぺ子ちゃんは苦笑した。


「僕、先にラークの所に行って良いかな?」


「あ、そっか。すっかり忘れてたよ」


 恐るべしシロちゃん。

 流石は番犬だよ。


「ははは……。やっぱり忘れてたんだ」


「もちろん先に行って良いよ! ラークの事よろしくね!」


「うん。シロ、首輪のその鍵貰うね」


 オぺ子ちゃんがシロちゃんの首輪にくっついている鍵を取ろうとすると、シロちゃんがオぺ子ちゃんにおめ目を向けて「く~ん」と鳴いた。

 私はその鳴き声で、可愛いしか考えられなくなったけど、流石はオぺ子ちゃんである。


「はいはい。そんな声出しても駄目だよ」


 オぺ子ちゃん凄い!


 私であれば、鍵を取るのを躊躇ためらうどころか取れなくなってしまうそのシロちゃんの攻撃を受けて、オぺ子ちゃんは手慣れた手つきでシロちゃんの首輪から鍵を取り外した。

 シロちゃんはオぺ子ちゃんに鍵を取られると、悲しそうな目で私を見つめる。


 ダメだ!

 こんな可愛いおめ目で、そんな見つめられ方したら、私……っ!


「オぺ子ちゃん待って!」


「え?」


 鍵を取って先に進もうとしたオぺ子ちゃんを呼び止めて、私はオぺ子ちゃんの前に出る。

 そして、大きく手を広げて通せんぼして、力強いまなこでオぺ子ちゃんと目を合わせた。


「ここから先を通りたければ、私を倒してか――――らにゃぁ!」


 言葉を言いきる前に、私はラテちゃんから魔法で作り出したよくわからない硬い物でげんこつされしまって、変な声を出して頭を押さえてしゃがみ込む。


「い、痛い……。ラテちゃん酷い。たんこぶできちゃうよぉ」


 痛みのあまり涙目で訴えると、ラテちゃんが未だヒリヒリするげんこつされた場所をペチペチと叩く。


「酷いのはジャスの頭の中のお花畑です!」


「うぅ……痛い。ホントに痛いからやめてラテちゃん」


「反省するです?」


「するする、するからぁ……」


 まったくペチペチをやめてくれそうにないラテちゃんに向かって声をあげると、ラテちゃんはようやくペチペチをやめてくれた。


「ジャス、良いです? ラテ達はこんな所で犬と遊んでいる暇はないです! 早く馬鹿を止めて、シェイクをお持ち帰りしなければならないです!」


「しぇ、シェイク?」


「です!」


 うん。

 何だか、やけに張り切ってるなぁって思ってたけど、そう言う事だったんだね。

 そう言えば、パンケーキを食べながらシェイクを飲みたいって、お店で言ってたもんねぇ。

 ……うぅ、まだ痛い。


 痛む頭を押さえながら立ち上がって気がついたのだけど、既にオぺ子ちゃんの姿は無かった。

 私は冷静になったからか、何だかオぺ子ちゃんに悪い事をしたなぁと感じて、先を急ぐ事にした。

 と、その前に。


「ラテちゃん、私の頭って、何で叩いたの?」 


「これです」


 私の質問に答えたラテちゃんが見せてくれた物を見て、私の顔から一瞬で血の気が引いていく。

 と言うか、今更気がついたのだけど、スミレちゃんは私より先に顔を真っ青にさせてこっちを見ていた。

 それもその筈だろう。

 私の頭にげんこつを与えた物、それは固いので有名な高価なあのお方。


「ダイヤ……モンド?」


「です。ジャスは加護の力で魔法耐性抜群ですから、魔法で作って打撃で攻めてみたです」


「あはは……」


 あ、急にめまいが……。


「幼女先輩、大丈夫なのですか?」


「う、うん。心配してくれてありがとースミレちゃん」


 って言うか、こんな硬い物で頭叩かれて、よく無事だったよね私。


「ぐへへへ~。おいたんが癒してあげるよ、ジャスミンた~ん」


「ウィスプ様は端っこで黙ってろです」


「ラテールよすの~。ウィルの魔法なら、その程度の傷は一瞬で治せるの~」


「シェイド様が言うなら仕方が無いです」


「ラテールは酷いな~。おいたんの事もシェイドみたいに扱ってよ~」


 ラテちゃんがウィルちゃんを無言で睨み、ウィルちゃんも黙り込んで、ラテちゃんに監視されながら静かに私を治療する。


 治療されながら、私はセレネちゃんに視線を向けた。

 セレネちゃんはシロちゃんのモフモフを堪能していて楽しそうにしていて、その姿を見てふと思い話しかける。


「セレネちゃんってワンちゃんが好きなんだね」


「ん? そーかもね~。ポセイドーンのせーで猫とかあんま好きくないし、犬の方が好きかも」


 どっちがとは聞いてないんだけど、まあ、うん。

 セレネちゃんのポセイドーンへの態度を見ちゃうと、凄く納得するなぁ。


「ってか、そろそろ行くの?」


「え? あ、うん。オぺ子ちゃんは先に行っちゃったみたいだし」


「ふ~ん。じゃ、私等も行こっか」


「え?」


 私はセレネちゃんの言葉に驚いた。

 てっきり、シロちゃんに夢中になってるから、ここに残ると思っていたからだ。

 そう思ったのは私だけでは無いらしく、スミレちゃんも不思議そうにしてセレネちゃんに訊ねる。


「もうシロちゃんと遊ばなくて良いなの?」


「もう少し遊んでたいけど、よーじがあんのはアレースっしょ? だからいーの」


「ジャスよりしっかりしてるですね。仮にも神様なだけあるです」


 はい。

 しっかりしてなくてごめんなさい。

 挙句の果てにオぺ子ちゃんの邪魔までしようとしてごめんなさい。


 そんなわけで、私達はシロちゃんとバイバイして6階を目指して歩き出した。

 ちなみにだけど、私の頭の治療は驚くくらいに早く終わりました。


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