120 幼女は神の力を垣間見る
オぺ子ちゃんがお洋服に着替え終わり、私は性転換魔法を使用する。
無事にオぺ子ちゃんを男の娘に戻してから、私達は5階を目指して歩き始めた。
「まさか、カワイ子ちゃんが男の娘だったなんて……。おいたん、なんだか目覚めそうだよ」
「目覚めてないで、むしろ一生眠っていれば良いです」
「そう言う意味の目覚めじゃないよ」
2人共仲が良いなぁ。
ラテちゃんとウィルちゃんのお話を聞きながら、4階の螺旋階段の近くまでやって来ると、私は違和感に気がついた。
あれ?
さっきまでいたプレイヤーがいない。
それに、吸血鬼がこんなにいる……。
ごくりと唾を飲み込み、私は螺旋階段の前にいる吸血鬼達を見た。
吸血鬼の数は、ざっと数えて10人以上。
仕事をしている雰囲気では無く、私達を待ち構えていたように感じた。
その私の考えは当たっていたようだ。
吸血鬼達は私達の姿を見ると、目を光らせて向かって来た。
「ジャス、あいつ等は私に任せてくんない?」
「え?」
「責任取るって言ってんの」
セレネちゃんは私を一瞥して、吸血鬼達に視線を向けると、アルテミスの姿へと変身する。
久しぶりに見るその姿は見惚れる程に美しく、聖女と呼ぶにふさわしい。
私は突然のセレネちゃんの行動に驚きながらも、綺麗などと呑気な事を考えた。
セレネちゃんは左手に光り輝く光の弓を出現させて、更に右手には光り輝く矢を出現させて、私達に向かって来る吸血鬼に向けて構える。
「疫病の矢・腹」
セレネちゃんが静かに口にして矢を放つ。
放たれた矢は一直線に吸血鬼達の中心に飛んで行き、そして、途中で拡散する。
拡散した矢は吸血鬼達を一人残らず射抜き、そして……。
「え?」
「な、何がおこったなの!?」
「皆お腹を抱えて何処かに走り出したです」
私達は驚いた。
ラテちゃんの言う通り、吸血鬼達は全員お腹を抱えて走り出したのだ。
吸血鬼達が一人残らず何処かへ消えてしまうと、セレネちゃんがニッと笑って八重歯を見せる。
「これが私の神の力、矢で射ぬいたものにあらゆる疫病を与える【疫病の矢】よ! 凄いっしょ!」
「え、疫病!?」
疫病なんて怖い言葉が飛び出して、私はごくりと唾を飲み込んだ。
「何て恐ろしい能力なのよ。さっきの吸血鬼は何の疫病にかかったなの?」
「腹痛」
え?
「ほら、食あたりとかするとお腹痛くなるっしょ? アレ。だからトイレ行けば治るんじゃん?」
トイレに行けば治る疫病……!?
「疫病って言うくらいだから感染するなの?」
「んー? あー、そうねー。疫病だから、触ると感染する」
……うん。
怖い!
触ると感染する腹痛とか本当に地味だけど恐ろしいよ!
「えっと……先に進もうか」
オぺ子ちゃんが苦笑しながら話して私は無言で頷いた。
と言うか、セレネちゃんの能力って、結構ヤバ気なのばっかなんだなぁと私は思った。
吸血鬼を生み出す【吸血】の能力と、人の寿命を操作出来る【生命操作】の能力と、疫病をもたらす【疫病の矢】の能力。
どれもこれも凄すぎるのだ。
私はなんとなく、セレネちゃんに視線を向けた。
いつの間にかセレネちゃんは元の姿に戻っていて、私の視線に気がついて、ニッと笑って可愛らしい八重歯を見せた。
螺旋階段を上る途中で、スミレちゃんがセレネちゃんに話しかける。
「セレネちゃんは、あんなに凄い能力を持っていて、何で普段は使わないなの?」
確かに、と、私は耳を傾ける。
「ジャスが殺すな殺すなうっさいから使わないだけ。それに、ジャスもリリーも強いから、私がわざわざ神の力を使うまでもないっしょ」
「セレネちゃん!」
私は感極まってセレネちゃんに抱き付いた。
突然私に抱き付かれたセレネちゃんは驚いて、眉根を上げて私の頬っぺたをグイグイと押す。
「意味わかんない! うっざ! 何!?」
「うぅ……。ごめんね。セレネちゃんが、私の為に今まで能力を使わなかった事が嬉しくってつい……」
うざいと言われたショックで体を離して謝る。
と言うか、そこまで言わなくてもいいのにね……ぐすん。
「ホント馬鹿なんじゃない? ジャスの為なわけないっしょ。ホントウザいから、いきなり抱き付かないでくんない?」
あれ?
よく見ると少し赤くなってる?
照れちゃって~、もぉ、可愛いなぁ。
「え? 何? キモ。怒られてるのにニヤニヤしてる」
「ジャスが気持ち悪いのはいつもの事です」
「言われてみればそーね」
なんか2人とも酷くないかな?
ちょっと涙出てきちゃいそうだよ?
「ジャスミンたん、おいたんが慰めてあげるよ~。ぐへへへ~」
「ウィスプ様は喋るなです」
「ラテールの言う通り、ウィルは黙るの~」
「ジャスミンたーん、二人が苛めるよー」
「あはは、よしよし」
「ジャス! ウィスプ様の頭を撫でないでほしいです! つけあがるだけです!」
「ジャシー、汝は甘すぎるの~」
「えー? そうかなぁ?」
と、私が言った所で5階に辿り着く。
螺旋階段はそこで終わっていて、6階に向かう階段は別の場所にある様だ。
私は周囲を見回した。
VIPルームのある5階は、螺旋階段を上がって直ぐ正面に受付カウンターがあり、観葉植物が2つ並んでいた。
床には高そうな絨毯が敷かれていて、壁には高そうな絵画が並べられている。
他には特に変わった所は無く、賭け事をする部屋は個別に用意されていて受付で決めるらしく、私はなんだかカラオケのお店に来ている様な気分を味わった。
「誰もいないね」
オぺ子ちゃんが呟いた通り受付カウンターには誰も立っていなくて、周囲はしんと静まりかえっていた。
「とにかく先を――」
セレネちゃんが何か言いかけたその時、突然何処かから、鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声は、聞き覚えのあるとても可愛らしい鳴き声で、私は思わず耳を澄まして目を輝かせる。
そして……。
「シロちゃん!」
わんわんと鳴きながら、ラークが飼っている豆柴のシロちゃんが何処からともなく目の前に走ってやって来た。
私はしゃがんで両手を広げて、シロちゃんが私に向かってジャンプする。
「シロちゃん久しぶりだね! 元気だった?」
「わんわん」
シロちゃんは私に抱っこされると、ペロペロと私の顔を舐める。可愛い。
「あーっ! 幼女先輩! シロちゃんの首を見て下さいなのです!」
え? 首?
スミレちゃんがシロちゃんに指をさして大声を上げるので、私はシロちゃんを持ち上げて首を確認する。
シロちゃんは高級そうな首輪をしていて、首輪には鍵がぶら下がっていた。
「あれ? 鍵?」
「あ、それ、六階の鍵」
「えっ!?」
オぺ子ちゃんが呟き、私は驚き鍵を凝視する。
間違いなくそれは6階の鍵だった。
鍵に【ろっかいのおれのへや】と汚い字で書かれているので、ラークがおバカなのを考えると間違いない。
「シロちゃん、これ、ラークの部屋の鍵なの?」
「わん!」
最早決定的な良いお返事が聞けて私は立ち上がる。
すると、シロちゃんが私からぴょんっと離れて、絨毯の上に着地した。残念。
と言うか、シロちゃんが走って私から距離を置いて、振り返ってキリッとした佇まいを見せる。
そして私はそれを見て、瞬時に理解した。
「もしかしてシロちゃん、ここは通さないぞって言いたいの?」
「わん!」
「そんな……」
どうやらシロちゃんは話に聞いていた通りに、鍵を守る番犬となっていたらしい。
こうして、私達とシロちゃんの激しい戦いの幕が上がった。
のだけど、ここで一人、意外な人物が意外な反応を見せていた。
それは……。
「ちょー可愛ーじゃん! 何この子? シロちゃんって言うの? おいで~、おいでシロちゃ~ん」
はい。
意外な人物とはセレネちゃんの事です。
セレネちゃんはそれはもう興奮気味にキャーキャー言いながら、シロちゃんに夢中になっていました。




