110 幼女の好みは塩ポテト
何だろう?
この状況……。
私はそう思わずにはいられなかった。
隣にはブカブカの白衣の上からエプロンを身に着けたサガーチャちゃん。
目の前で、ピシッとしたスーツを着こなしている鬼人のロークがハンバーガーを食べている。
テーブルの上ではシェイクを幸せそうに飲むラテちゃん。
私はポテトを一つ摘まんでパクリと口の中に放り込む。
マから始まる某有名チェーン店の様な食感と塩気が私の口の中に広がった。
「ジャスミンくん、私がプレゼントしたサーチリングの使い心地はどうだろうか?」
「え?」
不意に話しかけられて、私は掴もうとしたポテトを掴まずに、腕に付けた腕輪的存在サーチリングに視線を送る。
……うん。
何となく罪悪感が湧いてきて、サガーチャちゃんの目を見ず話す。
「えーとね……実は、スリーサイズしか見れないから、一度使ったっきり使ってないんだ。ごめん……」
「おや? それは申し訳ない事をしたね。ちょっと貸してくれないかな?」
「え? うん」
返事をしてサーチリングをサガーチャちゃんに渡すと、サガーチャちゃんはポケットからUSBの様な小さな何かを取り出して、それをサーチリングにある魔石にくっつけて何かを調べ始めた。
すると、私とサガーチャちゃんのお話を聞いていたハンバーガーを食べ終わったロークが、私に視線を向けて口を開く。
「いけないな~。うちの従業員の仕事をサボらせちゃうなんて」
それはサガーチャちゃんに言ってよ。
「ははは。私に言わないでって顔してるね」
うっ。
また顔に出てしまった。
あっ、そうだ!
ここのお仕事で鍛えた私のポーカーフェイスの出番だよね!
ふっふっふっ。
ジャスミンさんはカジノでポーカーフェイスを覚えたのだ。
もう百面相だなんて言わせないぞぉ。
「百面相だなんて言わせないって顔してるけど、出ちゃってるよ。顔に」
「な!」
なんでー!?
「と言うか知らないの? 君が常勝無敗の理由」
「え? うん……。天才って言われてるけど、正直意味わかんない」
「ま、そうだろうね。最年少天才魔性のバニー幼女ディーラーちゃん」
ロークはそう言って、ポテトを一つ摘まんでケチャップをつけると、腕を伸ばして私の口まで運ぶ。
私は拒むのも悪い気がしてパクリとポテトを銜えると、ロークはポテトを私の口の中に押し込んだ。
不意にロークの指が唇に当たったから、何となく恥ずかしくなって頬が火照るのを感じた。
「ははは。やっぱり顔に出てる。可愛いな~。本気になっちゃいそうだよ。最年少天才魔性のバニー幼女ディーラーちゃん」
むぅ……。
最年少天才魔性のバニー幼女ディーラーって何度も言わないでほしいなぁ。
なんだか負けたみたいで悔しい。
何と戦ってるんだって感じかもだけど。
ケチャップの味が口の中に広がって、これはこれで美味しいなと、ポテトをモグモグしてごっくんする。
美味しいと言っても、私は元々ポテトには塩以外はつけない派なので、今後も自分からケチャップをつける事は無いだろうけど。
ポテトを食べ終わると、ラテちゃんがおめ目を輝かせながら、シェイクが入った紙コップを持ち上げて私に視線を向けた。
「ジャス! このシェイクと言う飲み物は、ジャスのパンケーキを食べながら飲むと、もっと美味しくなるとラテは気がついたです!」
「あはは。それなら、お仕事が終わったらテイクアウトで――じゃないよ! そうじゃなくて、って言うか何でサガーチャちゃんここで働いてるの?」
サガーチャちゃんはサーチリングに裁縫針くらいの小さなドリルを突き立てながら答える。
と言うか、ウィィンウィン、ウィィンウィン煩い。
「いやあ。それがね、ジャスミンくんにフェールの事でお礼に来たらスカウトされて、暇つぶしに働いてみる事にしたんだよ。この建物やルーレット盤にスロットマシンを作ったのは私なんだよ。凄いだろう? 結構自信作なんだ」
「そうだったんだ……」
って本当に凄いなぁ。
流石は魔科学博士のサガーチャちゃんだよ。
電気を動力にって言う概念が無いこの世界で、魔石を使って魔力を動力にして作ったんだろうなぁ。
流石すぎるよね。
「丁度働くのにも飽きてきた所でね、そこへジャスミンくんが来てくれて良かったよ。ここの経営者側の一人のロークくんもいる事だし、サボる口実には持って来いだろう? 可愛いバニーガールの姿のジャスミンくんも拝めたし、国に帰ったら自慢出来るよ」
「あはは……」
サガーチャちゃんの言葉に苦笑していると、サガーチャちゃんがカチャカチャとサーチリングをいじってから私に差し出す。
「使ってみてくれるかい?」
「う、うん」
サーチリングを受け取って、早速サガーチャちゃんに……と思ったのだけど、ラテちゃんが私がサーチリングを受け取る前にサガーチャちゃんからサーチリングを重力の魔法で奪い取り、ロークに向かってサーチリングの機能を起動する。
「ら、ラテちゃん!?」
「目の前に丁度良い敵がいるですから、こっちに使うのがお利口です。どうせジャスの事ですから、博士に使おうとしたです」
う、流石はラテちゃん。
私の考えている事がばればれだよ。
でも……。
「そうかもだけど……」
と言いつつ、私はこっそりとサーチリングに浮かび上がったデータを覗き見る事にした。
そこに浮かび上がった文字は、名前と魔法の属性と特殊能力の情報だった。
えーと……名前はローク。
魔法属性はウンディーネさんと契約してるから水で……って、元々風の属性だったんだ?
しかも上位の嵐魔法まで使える。
えーとそれで、能力は【マトリョーシカ】と【感度上昇】?
感度上昇って何?
凄く嫌な予感がするよ?
「ありゃりゃ、いけないなー。どの程度の物かと思ったけど、それは流石に見過ごせない。悪いけど、仲良く食事をするのはここまでだ」
「それはこっちのセリフだよロークくん。君には口封じをしなければならない」
サガーチャちゃんとロークが立ち上がる。
そして、サガーチャちゃんはポケットからペットボトルのキャップサイズの銀色のボールを取り出して、それを天井向かって放り投げる。
その瞬間、体を揺すられる様な感覚を感じて周囲から色が無くなる。
「これは……!?」
ロークが驚き声を上げると、サガーチャちゃんはそれに答える様に口を開く。
「私が今投げたのは【空間隔離装置アイソレーションくん三号】と言って、使った本人を含めて対象相手を別空間に飛ばす装置だよ。まあ、色の無い鏡の世界に入ってしまったと思ってくれると分かりやすいかもね。と言っても、私達の様に、この空間に入った者は色付きなわけだけど」
と言って、サガーチャちゃんはニマァッと笑みを浮かべた。
「成程、アレース様が認めた天才は伊達では無いと言った所か。それで出る方法は? と聞いて、教えてくれるわけは……」
「宙に浮かぶ【空間隔離装置アイソレーションくん三号】のスイッチを押すだけだよ」
ロークの質問にサガーチャちゃんが正直に答えると、ロークが虚を衝かれた様に驚いて苦笑する。
「教えてしまって良いのか?」
「なあに心配には及ばない。ロークくん、君を倒してしまえばいいのだから」
「ははは。オレを倒す? 違いないが、それは出来ない。お前程度が、このオレに敵うと思うなよ?」
サガーチャちゃんとロークが睨み合い、私はごくりと唾を飲み込んだ。
そして、ラテちゃんが私の頭の上に乗っかって、あくびをしながら「この勝負、サガーチャの圧勝で終わるです」と確信めいた驚きの言葉をボソリと呟いたのだけど、私はそれどころではなくなっていた。
何故ならば、ラテちゃんが頭の上に乗っかった瞬間、私は何とも言えない気持ち良さを味わってしまっていたからだ。
ラテちゃんが私の頭にいつも通りに乗っただけなのに、何故か頭を優しく撫でられたような、心地良くて気持ちのいい心が温かくなる様な感触。
思わず声を上げてしまいそうになったけど、私はグッと我慢して堪えた。
な、何これ!?
何なの!?
気持ち良すぎて変な感じがする!
ラテちゃんお願い!
今直ぐ私の頭の上から降りてーっ!?




