105 幼女の帰郷は驚きの連続がつきものです
私はリリィ達と別れて、ラテちゃんとスミレちゃんとセレネちゃんと一緒に4人で、ついにトランスファへと帰って来た。
村の様子は特に変わりなく、いつも通りの……と言いたい所だけど、全然いつも通りじゃなかった。
私は今、出入口から村の様子を見て……と言うか、村に建っていた建造物を見て驚いている真っ最中だ。
別に今私の目の前にあるわけではなく遠くにそれが存在しているとわかる程度だったけど、それでもわかる異常な大きさの建物で、多分だけど10階建てのマンションくらいは大きさがある。
だからこそだろう。
目立つのだ。
この村に建つ建物なんて、殆どが一階しかない平屋ばかり。
3階建てのお家なんて一つもなくて、2階建てのお家だって片手で数える位しかない。
そんな所に10階建てマンションくらいの建物があれば、遠目から見ても目立っていてもおかしくはないのだ。
そして、私がその建物を見て驚いたのは、何も大きさだけでは無かった。
「カジノなのよ」
スミレちゃんが私と同じように驚きながら呟いた。
そう。
スミレちゃんの呟いたその言葉こそ、私が驚いたもう一つの理由。
その大きな建物の正体が、ギャンブル系の娯楽施設と言われて、人によっては真っ先に出てきそうな存在のカジノだったのだ。
こめかみに一滴の汗が流れて、ごくりと唾を飲みこむ。
「あー。私知ってる~。あれって、ジャスの前世の世界にある娯楽施設っしょ? ジャスの村ってあんなのがあるのね~」
「ないよ!」
「あるじゃん。あそこに」
セレネちゃんが指を指し顔を顰める。
私は大好きなこの村に、あんな異形な建物が建ってしまった事への悲しみで、半泣きしながら大声を上げ続ける。
「わかってるよぉ! って言うか、嘘でしょう? 何あれ? あんなのついこの間までは無かったのに!」
「いろんな色の光がチカチカしてて鬱陶しいです」
「セレネちゃん、幼女先輩は前世が日本人だったからカジノなんて言っても、多分ゲームとかの中でしか見た事が無い筈なのよ」
「ふーん。そーなんだ? ま、そんな事はどーでもいーのよ。あんな怪しー建物があるなら、どー見ても精霊を捜すならあの中っしょ」
「え? う、うん。そうだね」
でも、確かにその通りなんだけど、ここは一応……。
と、落ち着きを取り戻しつつ、スミレちゃんに視線を向けて訊ねる。
「匂いする?」
私が訊ねると、スミレちゃんは首を傾げて顔を訝しめて答える。
「間違いなくカジノから沢山の匂いはしてるなのです。だけど、不思議なのですよ。始めて嗅ぐ匂いなのに、どこか懐かしい匂いもするなのです」
初めてなのに懐かしい匂い?
なんだろう?
うーん……。
考えてても仕方が無いし、とにかく、ここは慎重に進まないとだよね?
そうと決まれば……。
「セレネちゃ……んっ!?」
セレネちゃんにカジノを目指して慎重に進もうと言おうとして、セレネちゃんに話しかけて私は驚いた。
「何してんのー? 早く行くわよー」
セレネちゃんは、慎重とは程遠い程に堂々と、村の中を歩き出していたのだ。
セレネちゃーん!
ひぃぃっ!
絶対ヤバいよ!
ラークはともかく、ここにポセイドーンとゼウスがいる以上、村は既に危険地帯なんだよ!?
それなのにそんな堂々と……あっ!
あれは海猫ちゃん!?
可愛い!
じゃなかった。いや。可愛いけど。
って、だからそうじゃなくて!
「あっ。アルテミス様。おはようございます。村にいらっしゃったんですね」
「当たり前じゃん。ポセイドーンをぶっ殺してやるわ」
「相変わらず物騒な事言いますね~」
えええぇぇぇっっ!?
何あのほんわかムードォ!
「ジャス、ラテ達もさっさと行くです」
「え? あ、うん。そうだね」
ラテちゃんに催促されて、何だか疲れを感じながらトボトボと歩き出す。
「幼女先輩、なんだか村の中が賑やかなのです」
「え?」
カジノの建物があまりにも目立っていて、そっちばかりが気になってしまっていたけれど、スミレちゃんに言われて気が付いた。
確かに村の中は賑わっていたのだ。
元々この村は人口が約60人程度しか住んでいなくて、更には辺境にあるのもあって、人の行き来があまりない。
村の外から来る人なんて、本当に少なくて、旅商人くらいなものだ。
そんなこの村が今ではどうだろう?
まだ村の出入口周辺、ようは村の外れだと言うのに、それなりに人がばらついてそこそこいるのだ。
草原で座って談笑するカップルや、木の根元で本を読む男性に、追いかけっこをして遊ぶ子供達、シートを敷いて楽しそうに朝ご飯を食べる家族。
その他にも様々な人達がいて、ここが本当に私の生まれ育った村トランスファなのかと目を疑う。
少なくとも、ここ等周辺だけで村の人口の半分くらいの人がいる。
「あの大きな建物の影響で、人が集まって来ているのかもしれないです」
「うん……」
小さく返事をして頷くと、前を歩くセレネちゃんが振り向いて大きな声を上げる。
「遅ーい! 駆け足!」
「はいなのよ!」
「あはは」
自分が生まれ育った村だと言うのに、何だか帰って来たと言う実感がわかない気持ちを感じながら、私は苦笑してスミレちゃんと一緒に走り出した。
◇
カジノの前まで何のトラブルも無く辿り着き、口をポカーンと開けて建物を見上げる。
近くで見ると、本当に大きい……って言うかだよ。
ここ、元々ラークのお家があった場所だよね?
実は、ここまで来ている途中で何となく気がついていたけれど、カジノはラークの……村長のお家が建っていた場所に建てられていたのだ。
つまり、ラークは自分が住んでいたお家を建て替えた事になるわけだけど……。
ラークが飼ってた豆柴のシロちゃん……大丈夫かなぁ?
「何ボケっと突っ立ってんの? さっさと行くよー」
「あ、うん」
セレネちゃんに話しかけられて、私はカジノの建物の中に入る。
って言うか、何も考えずに正面玄関お客様用出入口から入っちゃったけど大丈夫なのかな?
中に入ると、大音量の音楽や効果音が聞こえてきた。
正直言ってかなり煩い。
ゲーセンだって、ここまで煩くはないんじゃないだろうか? ってくらいには、本当にもの凄く煩かった。
天井は高く、もの凄く広い巨大ホールにはスロットやポーカーやルーレットなどの様々なギャンブル台の数々が所狭しと並んでいる。
中心には壁の無い取っ手だけの大きな螺旋階段があり、そこから上の階へと登れるようになっていた。
それと、そこ等中にバニーガール姿の女の子達がいて、見た目から考えて私と同じ位の年齢の子から20歳位のお姉さん達もいる。
そしてそのバニーガールな女の子達は、カジノではお馴染みのディーラーもしている様だった。
「何これ煩っ! 馬鹿なんじゃないの!?」
セレネちゃんが大声で叫ぶけど、周りの音が煩すぎて小さく聞こえる。
と言うか、よく聞き取れない。
うーん……困ったなぁ。
これじゃあまともに――――
その時だ。
私達の目の前にバニーガール姿の女の子が現れる。
そして私はバニーガールの女の子を見て驚いた。
七三分けで綺麗に整えられた明るい紫色の髪の毛には、可愛いうさ耳ヘアバンド。
膨らみかけのお胸とほっそりした体によく似合ううさ尻尾付きレオタードに、網目の入った黒タイツ。
綺麗な薄紫色の瞳は私を見つめて、目を大きく開いて少し驚いた表情を見せたけど、それは直ぐに目を細めて笑みを見せる。
「やあ、ジャスミン。いらっしゃいませ。【カジノアレース】へようこそ」
「オぺ子ちゃん!?」
そう。
バニーガール姿の女の子とは、何故か完全に女の子になっていた男の娘、リリオペことオぺ子ちゃんだったのだ。




