100 幼女を脅かす恐ろしい野望
「幼女せんぱーい!」
海底神殿オフィクレイドが浮上して、東塔と西塔の間の上空に神ゼウスが出現し、その姿を呆然と眺めているとスミレちゃんの声が聞こえた。
私はその声の出所に目を向ける。
スミレちゃんは西塔の上に登っていて、私に向かって笑顔で手を振っていた。
私は小さく手を振り返して、蛇のお姉さんが近くにいない事に気がついた。
「パパ!」
セレネちゃんが大声でゼウスを呼ぶ。
すると、ゼウスはセレネちゃんを見て優しく微笑んだ……ううん。
違う。
印象は優しかった。
確かに優しさがそこにはある様に思えたのだけど、全然そんな事は無い。
何処か偽りで固められたような微笑みで、そこには感情なんてものは無かった。
私はその微笑みを見て、背筋が凍る程の悍ましさを感じた。
本能的に神ゼウスが危険だと、私の体が察知したのだと気付くのに時間は要らなかった。
「パパは知ってるの? 私を殺した犯人を!」
セレネちゃんの問いにゼウスは答えず、浮遊したまま私達の目の前までやって来た。
私はゼウスの威圧感におされる様に、唾を飲み込んで一歩後ずさる。
その時、ゼウスはセレネちゃんでは無く私と目を合わせて口を静かに開く。
「儂を呼び出したのは貴様か?」
「え? えーと……」
「呼んでもいないのに来たのはパパでしょーが!」
セレネちゃんがゼウスを睨んで怒鳴りつけると、ゼウスはセレネちゃんに視線を移した。
「アルテミス、嘘はよくない。この子供の下着が生贄に使われたのだ」
「はー? それじゃ~まるで、ジャスが私等と同一みたいじゃん」
「何故かは解らぬが、そう捕らえられるな」
セレネちゃんとゼウスが私に注目して、2人の視線を集めてしまった私はたじろいで冷や汗を流す。
と言うか、残念だけど私には神だった記憶なんてございません。
私の記憶にあるのは前世のおっさんだった時と、今のジャスミンの記憶だけです。
「馬鹿ね~。神ともあろう者が、その程度の事も解らないの?」
幼女中のリリィが私の目の前で仁王立ちして、プシューっと可愛らしく鼻息を吐き出した。
「ジャスミンは神なんて言う下等な存在より、はるかに上を行く頂点で素晴らしい存在なのよ! たかが神如きがジャスミンに対して頭が高いのよ! 平伏しなさい!」
り、リリィー!?
私は慌ててリリィの腕を掴んで揺らす。
「リリィ謝って! 私そんな偉そうな人じゃないし、相手は神様なんだよ? 喧嘩を売る様な事を言っちゃダメだよ!」
「いいえ。そんな事ないわ。ジャスミンは神なんかより、よっぽど偉いのよ。自信を持って?」
「持たないよ!」
あわわわわわ。
ど、どうしよう?
怒ったりしてないかな?
恐る恐るゼウスに視線を向ける。
ゼウスは相変わらず優しい笑顔で偽っていたけれど、さっき感じた時よりも、更に背筋が凍る様な雰囲気を出していた。
ひぃー!
絶対怒ってる!
私が顔を真っ青にしたその時だ。
海の中から何かが勢いよく飛び出して、その何かがスミレちゃんがいる西塔の上に着地した。
あの可愛らしいフォルムは!
その何かとは、よくは知らないけれど知っている人物、カウボーイハットがチャームポイントな可愛いらしい大きな海猫神様のポセイドーンだった。
スミレちゃんが自分の近くにやって来たポセイドーンを見て、驚いて腰を抜かしてしまって尻餅をついてあわあわしだす。
そんなスミレちゃんを知ってか知らないでか、ポセイドーンはスミレちゃんを一瞥する事すらせずにゼウスを見上げた。
「よう。ゼウス。元気しとったか?」
ポセイドーンが頭に被るカウボーイハットをクイッと上げてニヤリと笑う。可愛い。
「兄者か……」
兄者!?
全然見た目違うけど兄弟なの!?
「よう来たな。お前に頼みたい事があるんやわ。ちゃちゃっとやってくれんか?」
頼みたい事?
もしかして戦争のお手伝い!?
「急に出て来て何勝手に話進めてんの!? ウザい事言ってないで黙っててくんない?」
セレネちゃんがポセイドーンを睨んで怒鳴る。
だけど、ポセイドーンは全然気にするそぶりも見せずに話を続ける。
「ワテはな、ゼウス。己の加護をワテの同胞達、世界中の海猫達に受けさせてもらいたいんや」
あれ?
アレース……って言うか、ラークみたいに戦争が目的じゃないんだ?
そう言えば、セレネちゃんが目的がくだらないみたいな事を言ってたっけ?
「ほう。兄者、そんなつまらぬ事で儂を呼び出したのか?」
「何言うてんのや。お前は相変わらず脳筋やな。ええか? お前の加護で海猫達が陸の上や世界中の何処でも不自由なく暮らせるようになれば、海の中だけでしか生きられない海猫にとっての希望になるんや」
ポセイドーンの言葉に私は感動した。
まさかポセイドーンが海猫ちゃん達の為に、そんな事を考えていたなんて思わなかったからだ。
くだらない事なんて無かった。
海猫ちゃん達が海にしかいない理由が、陸では生活出来ないからと言うのも知らなかったけれど、それもゼウスの加護があれば無くなるならば私はそれを応援したい。
この時の私は、本当に心からポセイドーンに協力したいと思った。
そして、心の底からお友達になりたいと思ったのだ。
だと言うのに、そんな私の気持ちは儚く消える。
何故かって?
「ワテはお前も知っての通り、海猫達と見たもんを共有できる力があるやろ? それで陸を歩けるようになった海猫達を使って、世界中の女の子のパンツを見る野望があるんや。せやから協力してくれんか? 頼むでゼウス」
えええええええーっっ!?
おバカすぎる!
何そのおバカな理由!?
最低だよ!
って言うか、本当に言ってた通りくだらない理由だったよ!
「ほう。兄者、中々面白い事を考えたな。その話乗った」
えええええええええーっっ!?
乗っちゃったよ!?
嘘でしょう!?
おっかしいなぁ。
さっきまで凄く怖い感じのイメージだったのに、一気におバカなエロ神のイメージに早変わりしちゃったよ?
どうしよう?
もう全然怖くないって言うか、いい加減にしろよこのエロ神って感じだよ?
「ご主人、神様ってバカしかいないんスかね?」
本当だよ。
「それだと私もバカって言われてるみたいじゃん」
「其方は間違いなくバカであろう?」
「はあ? 喧嘩売ってんの!?」
「二人共やめさなさい。今はそんな事をしている場合ではないわよ」
「がお」
アマンダさんがセレネちゃんとフォレちゃんを止めて、ラヴちゃんが同意して頷く。
「ジャチュミンちゃん、神様もパンツに興味があるんだね」
「そ、そうだねお姉ちゃん……」
って言うか、あのエロブラザーズどうしよう?
くだらないけど盗撮とやる事はたいして変わらないし……って、あれ?
よくよく考えてみたら、確かにくだらない事なんだけど、それって結構大事件なんじゃ……。
「大変な事になったわね。なんて恐ろしい連中なのかしら。このままだと、世界中の海猫にジャスミンのパンツが狙われちゃうわ」
え? 何それ怖い。
リリィ、変な事言わないで?
「と、とりあえず何とかしないとだよね!」
とは言ったものの、とくに良い作戦があるわけでもなく、どうしたものかと考える。
だけど、残念ながらそんな暇は与えてくれなかった。
ゼウスとポセイドーンは私達がお話している間にも2人で会話していたらしく、いつの間にかポセイドーンの側に移動していたゼウスが頷いて、2人で空の彼方へと消えていってしまったのだ。
あーっ! 逃げられちゃったよぉ!
こ、このままじゃ、世界中の女の子達のスカートの中が見られる大事件が起きちゃうよ!
こうして、私達のセレネちゃん救出は無事成功したのだけど、色々大変な事になってしまいました。
そう言えばだけど、ナオちゃんはいつの間にか腰を抜かしていたスミレちゃんの側まで行っていて、スミレちゃんの介抱をしてあげていた。
後からお話を聞いたら「パンツとかどうでも良いにゃ」と言って、あくびしてました。




