第五十七話 騎兵Ⅰ
「さて、ドモルガル王の軍をどうやって追い払うか。会議を始めましょう」
ユリアは集まった豪族たちに向かって宣言する。
彼らは俺が王位を継ぐことをすでに知っていて、了承した者たちだ。
ロサイス王は体調が急変したので、進行はユリアがとる。
俺が連れてきたのはボロスとテトラ。
本当はロンたちも連れてきたかったが、身分の問題で連れてこれなかった。
「敵は一万五千。こちらは七千五百と仮定して話を進めましょう。何かご意見はありますか?」
豪族たちはユリアの目の前に広げられた地図と、その上に乗っている駒を見る。
豪族の一人がロサイス王側の駒を取り、テリア要塞―現在建設が終わったアス領とドモルガル王の国との国境の要塞の上に置く。
「やはり寡兵で守るとなると籠城戦が一番なのでは無いですか? 私はベルベディル王の国が攻めてきた時、要塞に立てこもることで三倍以上の兵力の敵と互角に戦い、相手を撤退に追い込むことが出来ましたよ」
そう言うのはオルドビスという姓の豪族だ。
オルドビス家はアス家の分家であり、ロサイス王家とも婚姻関係が存在する。
オルドビス領はベルベディル王の国との国境に位置する。
ベルベディル王の国とは直接的な戦争は一度も無いが、小競り合いは何度も起こっているので戦の経験も豊富だ。
「確かに籠城戦なら少数でも負けはしませんね。でも勝つことも出来ませんよ。小競り合い程度なら相手も長く続けようとは思わないから撤退するでしょうが……今回はドモルガル王本腰入れての南下。撤退はしてくれないでしょう」
「となると野戦ですか……バルトロ殿の斜線陣では打ち破れませんか?」
そう聞いたのはペルムという姓を持つ豪族だ。
ペルム家もアス家とは親戚関係にある。
ペルム領はディベル領と接しているので、もし内乱が起きたら頼りになる。
領内には小規模ながら、岩塩の鉱山があるらしく、かなりの経済力を持っている。
ただし、戦の経験は少ない。
「あの斜線陣は何度も繰り返し訓練しないと使えないんですよ。前回はロサイス王の軍と俺の私軍だけだったので何とかなりましたが……今回はね?」
今回は数は多いが、息が合っているとは言い難い。
斜線陣は難しいだろう。
「敵は一万を超す大軍。ならば食糧の消費は激しく、持ってきた分はすぐに尽きる。そもそも敵は攻城戦のための攻城兵器も持ってこなければならないため、多くの物資は輸送できない。となると食糧は現地調達か後から持ってくるしかない。敵軍を内側深くまで引きずり込み、焦土戦術を採りながら敵の消耗を待つ。そして伏していた兵で補給線を断つ」
テトラがかなり具体的な戦略を打ち出した。
だけど、それだと内の領地が焦土に成るよな?
折角復興して来たのに焦土に戻すのか?
「それだとアス領から徴兵した兵士の士気が落ちない?」
ユリアがテトラの案の最大の欠点を言う。
焦土戦術ということは自分たちで畑を燃やして、井戸に毒や汚物を投げ込まなくてはならない。
下手したら自分の村を担当することにもなるわけで……士気は大きく下がるだろう。
「アルムスは何か意見ある?」
ここで俺に振るのか……
総大将は俺だから当然か。
うーん、意見か。
ベストは野戦だが、兵力差を考えれば不可能。
籠城戦は有利に戦えるが、籠城戦は時間稼ぎが目的の戦術だ。
援軍の当てが無いんじゃなあ……
ん? そう言えば……
「確か休戦協定を結んだのはドモルガル王の国とギルベッド王の国の二か国ですよね? ファルダーム王の国とロゼル王国は関係ない……この二か国を味方に付けることは?」
背後から攻撃されれば彼らも撤退するのではないか?
それまで籠城戦で時間を稼ぐとか。
「ドモルガル王もそれなりの兵力を残してきているでしょうから、背後から攻撃を受けてもすぐに我が国から撤退するということは無いと思いますよ。それにロゼル王国とファルダーム王の国は今、戦争中です」
ダメだな、これは。
他に作戦は……
「正直、補給線を断つってのは良いと思いますよ。兵士の士気という欠点さえ覆せれば」
バルトロは言う。
俺も補給線を断つという選択肢は悪くないと思う。
そうなんだよな。
焦土戦術をうちの領でやるから問題になるんだよ。敵の領内で出来ないかな?
ん? そうか……敵の領内でやれば良いのか。
「こういうのはどうですか?」
俺は思いついた作戦を話す。
豪族たちの目が丸くなった。
「それは祟り……はあなたなら気にする必要は無いですね。奇襲は十分成功すると思います」
ライモンドは俺の意見に賛同を示した。
「なるほどな。後は撤退する的を追撃した後、前と後ろで挟み撃ち。悪くない。だけどあんまりトロトロしてるとすぐにやられちまいますよ?」
バルトロは賛同を示しながらも、欠点を言う。
それなんだよ。
この作戦の最大の難関は機動力なんだよ。
「騎兵の機動力があれば出来ると思っています。軽装歩兵でも出来なくは無いですが……ドモルガル王の国には騎兵がある。中央から派遣された騎兵に攻撃されれば一溜りもない。騎兵ならば徹底的に掻きまわしてやれますよ」
問題は俺の持っている騎兵は百しか無いことだ。
ロサイス王は確か五十だよな。
少なすぎる。
「皆さんはどれくらい持ってますか?」
豪族たちは口ぐちに騎兵の数を言う。
合計五十。
つまりロサイス王の国の騎兵の数は二百である。
少ないな、やっぱり。
そもそも馬に乗るのは特殊技能で、大した数は集められない。
だから戦争の主力には成りえないのだ。
伝令や偵察という使い道はあるが、この世界にはその上位互換である鷹が存在する。
馬が何時間も掛かるところを、鷹ならばあっという間に飛んでいける。
馬の価値は低いのだ。
「せめて後二百は欲しいですね。安心出来ない」
オルドビスが言う。
「じゃあさ、アルヴァ人を雇うって言うのは?」
ユリアが提案した。
誰だよ、アルヴァ人って。
「え……アルヴァ人は……あいつら野蛮人じゃないですか」
ペルムが苦虫を磨り潰したような顔になる。
「あれとは関わり合いたく無いですね」
オルドビスも嫌そうな顔だ。
だから誰だよ、アルヴァ人ってさ。
説明プリーズ。
「アルヴァ人は大昔……確か五百年前にゲルマニス、ガリア、そしてアデルニア半島に進出した平たい顔族の子孫。ロサイス王の国の東側の山脈の向こうに住んでいる。今は現地のアデルニア人と完全に同化している」
テトラの説明曰く、
五百年前にその平たい顔族という連中が馬に乗ってアデルニア半島に侵入して、ほぼアデルニア全域を征服したらしい。
平たい顔族はゲルマニス、ガリア、アデルニア半島に跨る大帝国を造ったとか。
だが大王の死後、平たい顔族は何十もの氏族に分裂。
そして当時アデルニア半島に進出していたキリシア人とポフェニア人、平たい顔族の支配に反旗を翻したアデルニア人によって半島を追われたらしい。
その後、平たい顔族はガリアとゲルマニスも維持できなくなり、東へ帰って行ったとか。
西方に騎馬技術を齎したのは平たい顔族らしい。
だが全ての平たい顔族が帰って行ったわけではない。
一部の平たい顔族はアルヴァ地方というロサイス王の国の東にあるアルヴァ山脈の向こう側に定住。
現地のアデルニア人と同化してアルヴァ人に成ったと。
「アルヴァ地方はアデルニア半島の中でも雨が降らない乾燥した土地。元々牧畜が盛ん。だから平たい顔族とも同化しやすかったと思われる」
なるほど。山脈の東側だから雨が降り難いのか。
この世界にも偏西風があるかどうかは特に意識したことは無いので分からないが、あると仮定しよう。
湿った風が西から齎されることで雨が降る。
だがアルヴァ山脈がその風を遮断してしまうから雨が降らない。
こんな感じかな?
まあ気候には他にもいろんな要因があるから一概にも言えないが。
「でも何で平たい顔族何だ?」
鼻が低いとかそう言う理由か?
「それもある。でも根本的な理由は、彼らは幼少の時に鼻を縛りつけて潰す風習があったから」
リアルに平たいのか……
そりゃ野蛮人扱いされても仕方が無いな。
「でも今はアデルニア人と同化してるんですよね? じゃあアデルニア語も通じる。問題は無いような気がしますが?」
「うん、うん。もう鼻を潰すとかやってないらしいしね。それに平たい顔族はそんなに数は少なかったらしいよ。アルヴァ地方に残ったのも千人くらいらしいし。今じゃ完全にアデルニア人だよ。確かに言葉は訛ってるし、生活様式も違うけど。別に良いと思う」
ユリアも俺もアルヴァ人とやらを雇うことには賛成である。
「アルヴァ人とは羊毛などの交易を細々とだけどやってきた仲。アルヴァ山脈に隔たれてたから戦争もほとんどしたことが無い。こちらから友好的に接すれば問題ないと思う」
「うん。アルヴァ人の騎兵があれば怖いもんなしだな、あいつらもドモルガル王の国の南下政策は厄介に思ってるだろうし。良いと思いますよ」
テトラとバルトロも賛成らしい。
「うむ……確かにアルヴァ人の騎兵は頼りになるかもしれません……ですが彼らとは正式的な国交はありませんし……」
「彼らは遊牧民。我々とは国家の概念が違いますし。どこが頭なのか……」
「誰と交渉するかという問題もありますよ」
ライモンド、オルドビス、ペルムの三人は難しいという理由から反対のようだ。
そうか、交渉するための橋渡しが必要だよな。
誰か丁度良い人材は……一人知ってるな。
「キリシア商人でエインズという男が居ます。前にエインズから馬を仕入れたとき、彼はアデルニア半島からも仕入れたと言っていました。もしかしたらアルヴァ人から仕入れたのかもしれません」
「確かにあの人なら知ってそうだね。呼び出して聞いてみようか?」
こうしてこの日の会議は終わった。
「アルヴァ人ですか? 知っていますよ」
一週間後、エインズさんを呼び出して再び会議が行われた。
今回はロサイス王も出席している。
ちなみに俺の王位継承の件は伏せてある。
「あそこは三つの王国に分かれています。エクウス族、アリエース族、ルプス族です。この内アリエース族は力が弱く、ルプス族の支配を受けています。エクウス族とルプス族の二大勢力という感じですね」
ほう、勢力は二つか。
それはやり易い。
少数部族はいくつもあると、交渉しようが無いからな。
「その内傭兵の交渉が出来そうなのは?」
「エクウス族ですね。ルプス族は外界と関わろうとしませんから。一方、エクウス族は積極的です。一部のエクウス族は農業もやっているようですし」
いくら雨が降りずらいとはいえ、川ならある。
そういう場所なら十分農業は出来る。
遊牧よりも農業の方が生産性が良いのは当然のこと。だから農業に切り替えようとするのも当然の道理だが、普通はいきなり生活様式を変えることは怖くて出来ない。
エクウス族とやらはかなり先進的な考えを持っているのだろう。
「交渉の仲介、お願いできますか?」
俺が聞くと、エインズさんはニコリと頷く。
「それくらいならお安い御用です。……一枚、噛ませてくださいよ?」
こうしてアルヴァ地方に使節を送ることになった。




