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異世界建国記  作者: 桜木桜
第二章 王位継承と紫紅姫
52/305

第五十二話 領土問題Ⅳ

キリが悪いんで二話更新にしました

騎兵運用初級編です

 アス軍とディベル軍は川を間に挟んで向かい合っていた。

 今のところアルムスのところへ連絡はしていない。


 鷹便を使えば数時間と掛からず連絡がつくが、鷹を飛ばせるのはソヨンだけだ。

 作戦の成功のためにはソヨンの協力も必要だからだ。


 互いに陣形はこうなっている。


■■■■■

■←ジルベルト含む精鋭部隊      ディベル軍


~~~~~~~

 川

~~~~~~~


      ■ ←ロン含む精鋭部隊   アス軍

■■■■■  □□            

          ↑             (ソヨン、弓兵隊、爆槍隊は歩兵後方)

     ロズワード含む騎兵隊



 数で圧倒的に劣るアス軍は包囲殲滅されないために薄く広がっているため、まともにぶつかればすぐに抜かれてしまうように思われる。


 両軍は特に話し合うこともなく、すぐに戦闘に移った。


 「こちらは敵の二倍だ。同盟違反の卑怯者どもを打ち倒すぞ!!」

 ジルベルトは進軍を開始する。


 両軍は川の中でぶつかった。

 この川は非常に水深が浅く、深い場所でも膝から下半分ほどだ。


 当然両軍がぶつかったのはその川の中でも浅い場所で、深さはくるぶしまでしかない。


 二倍の優位を持つディベル軍がすぐにアス軍を討ち破ると思われた。

 だが戦況は互角だった。


 理由は三つある。

 一つは士気の差。


 ディベル軍は徴兵で構成された軍隊。非常に士気が低く、訓練もあまりされていない。

 それに彼らは全員農民だ。

 目の前で自分たちの同胞が虐げられ、それを救った相手と戦う……

 これで士気を上げろという方が無理がある。


 さらにあまり戦争そのものを経験していないというのも大きい。

 何しろフェルム王とは密約を交わして停戦を結んでいたのだから。


 それに比べてアス軍は全員が募兵された兵士で、士気が高い。 

 兵士の多くは農民出身で、訓練もあまりされていないが……彼らは何度もフェルム軍として戦場を駆け巡った経験がある。

 それに彼らには虐げられている民を圧政者から守るという大きな大義が存在する。


 二つ目の理由。

 それは武器の差。


 まずディベル軍の盾の三分の一が木製。三分の二が青銅製だ。

 鎧は三分の一が木製で、三分の二が革製。

 そして槍はすべて青銅製。長さは三メートル。

 

 本来はもっと長い槍を持たせたかったのだろうが、長い槍は高い練度が無ければ使いこなせない。

 むしろ練度を考えれば少し長すぎる。


 一方アス軍の盾はすべて青銅製。

 そして鎧も全て革製。

 槍の穂先はすべて鉄製で、四メートル。


 そして三つ目。

 それは後方支援を担当する弓兵。


 ディベル軍の弓兵は狩人を連れてきただけのもの。

 弓は森で使うために小さく、矢じりは石製。


 一方アス軍の弓兵はグラムの元で鍛えられた精鋭。

 弓は高い威力の長弓で、矢じりは鉄製。


 アス軍の弓兵が次々とディベル兵を射貫いていくのに対し、ディベル軍の弓兵はアス軍に全く損害を与えられていなかった。


 「アス軍の右翼は化け物揃いか?」

 ディベル軍の左翼の兵士は叫ぶ。


 右翼に配置されたアス軍は全員アルムスの加護の影響を受けている者たち。

 怪我で下がることはあっても、死人は一人も出ていなかった。


 通常ならば致命傷になる傷も、彼らは致命傷に成りえないからである。

 そして徐々にディベル軍左翼を押し返していた。


 特に目を引くのはロンの活躍だ。


 「とりゃああああ!!」


 ロンは周りよりもはるかに長い五メートルの槍を左手で振るいながら、懐に飛び込んできた槍を右手の剣で切断し、使用不可能にしていく。

 当然そんな化け物じみたロンにディベル軍の槍が集中するが、その結果槍が何本も無駄になるだけである。


 とはいえ、ディベル軍は二倍の兵力差を持つ。

 徐々にディベル軍は優位に立ち始める。


 「押し返せ!! 皆殺しにしろ!!」

 ジルベルトは大声を張り上げながら、徐々にアス軍を押し返す。


 アス軍は押されるように川の中に移動し……

 気付けば両軍兵士の膝から半分のところまで水に浸かっていた。






 「さあ、俺たちの出番だ。一気に背後に回り込むぞ!!」


 ロズワードたちは馬の腹を蹴り、川の浅い部分を通りながら敵の背後に回り込もうとする。

 当然ディベル軍もそれに対応するため、一部の兵士を方向転換させようとするが……


 「おい、遅いぞ!! 何をしている?」

 「申し訳ありません。水に足を取られて……」


 なかなか後方の兵士は方向転換が出来ずにいた。

 唯でさえ長い槍の所為で難しい。


 しかもここは川の中だ。

 ジルベルトは大声を上げて兵士を急かす。


 だがそれは逆効果だ。

 川の水底は平らではなく、石で凸凹としている。水深も違う。


 その状況で方向転換を急かせば陣形が崩れるのは自明の理だ。

 そしてそこへ追い打ちを掛けるように爆槍が四本、襲い掛かる。


 中心で爆発が起こり、陣形が大きく崩れる。

 

 そして……

 「仮初めの火よ。人の目を欺け!!」


 ソヨンが叫ぶと、爆発が起こったところから炎が吹きあがる。

 だがこれは本物の炎ではない。偽物―幻惑の呪術だ。


 あらかじめ黒色火薬には幻惑効果のある草を磨り潰し、入れておいた。

 元々は逃亡者対策用である。


 黒色火薬が爆発することで草の粒子は飛び散り、人の体内に入りこむ。


 後は草を媒介に呪術を行使すればいい。


 幻惑の呪術は万能ではない。

 無から有の幻惑―つまり何も無い空間から突如水が現れたように見せるのは至難の業。

 だがコップを用意してから、そこに水が満ちているように見せかけるのは案外簡単である。


 そして幻惑の呪術は相手が集団で、冷静な判断力が欠如していればいるほど掛かりやすい。


 今回は黒色火薬の爆発で本物の炎が実際に吹きあがっていて、相手は三百人の集団。そして混乱状態にあった。

 つまりベストタイミングというわけだ。


 とはいえ掛けられた側の呪術師がすぐに見破り、解除してしまうし、そもそも熱を感じない炎に違和感を覚える。

 だが長時間騙す必要は無いし、偽物だと分かっても視覚的恐怖はある。

 

 それに一度崩れた陣形は人の心のようにすぐに元に戻らない。


 「敵さんは随分と無防備な背中を晒しているなあ……作戦通り。さあ、斬りこめ!!」

 ロズワードはディベル軍の背後に突撃をした。





 ディベル軍は総崩れとなっていた。

 アス軍はそれを追撃しなかった。


 流石に追撃までして敵の領内に侵入するのは不味いと考えたからだ。

 今更のことではあるが……


 とはいえ、ディベル領でなくアス領に逃げたディベル兵は別の話である。

 彼らが盗賊化するのは問題だ。


 アス軍は次々とディベル兵を捕える。そして抵抗する者は斬り殺していった。




 ジルベルトは必死になって走っていた。

 アス領を。


 別に好きでアス領に逃げているわけではない。


 アス軍がディベル軍の背後に回ったことでディベル軍は総崩れになった。

 それに伴い、アス軍の歩兵が急に力を取り戻し始め、ディベル軍は挟まれることになってしまったのだ。


 ジルベルトは混乱してしまったのだ。

 元々ジルベルトは百以上の軍勢を率いる器の人間ではない。


 それに実戦経験も少ない。

 彼にあるのは逃亡者や反乱農民の鎮圧程度だ。


 当然前後を敵に攻められて壊滅した味方を上手に撤退させるなどという真似が出来るはずもない。

 彼は他の兵士と同じように我武者羅に逃げ、気付けばアス領を走っていたのだ。


 「お前が敵将だな? その首貰い受ける!!」

 後ろから馬に乗った男が迫ってきた。


 




 ロズワードは敵将を追いかける。

 徒歩の敵将と騎乗したロズワード。


 あっという間に距離を縮める。

 ロズワードは槍の穂先を振り上げ……そこで冷静になった。


 今回の戦。

 悪いは間違いなくディベル軍だが、非はこちら側にある。

 どんな理由があったにせよ、最初に手を出したのはこちらなのだから。


 この状況で敵将を討ちとっていいのだろうか?


 一軍の将となればそれなりに偉い人物で、リガルと親しい人物に違いない。

 もしかしたら親戚や家族かもしれない。


 ロズワードは逆の立場で考える。

 つまり先制攻撃を受けたのが自分たちで、その報復に攻め込んだらロンが殺されたと。


 その場合、自分は敵を許せるだろうか?

 アルムスはそれを許すだろうか?


 否、許さない。

 絶対に命で償って貰うようにロサイス王に掛け合うだろう。


 つまりこの場でこの男を殺すのは非常に不味い。

 逆に生かせば交渉のカードに成りえる。


 ロズワードは槍を回転させて、石突きを下に向けた。

 そして出来るだけ怪我をさせないように、労わりながら敵将を転ばせた。


 敵将は見事に地面にキスする。

 ロズワードは少し加減をミスしたと反省しながら、馬から降り、優しく敵将を拘束した。


 「捕まえた!! 大人しくしてください。そうしないと命は無い」

 多分偉い人だから敬語を使う。


 



 こうしてジルベルトはロズワードに捕縛された。

ヴィルガルはお留守番中です

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