第三十九話 豪族会議
ロサイス王の国は豪族との協議で国の方針が決まる。
王と豪族との話し合いの場を豪族会議と呼ぶ。
ちなみに豪族には二種類に分かれ、一定規模の領地を持つ大豪族通称領主と、小さな規模の領地で大豪族の支配を受ける小豪族通称地主が存在する。
基本的に領主同士は対等とされている。
王が領主を支配し、領主が地主を支配する。そして地主が人民を支配する。
これが直轄地を除く、ロサイス王の国の政治体制だ。
ロサイス王の直轄地よりも領主たちが治める土地の面積の方が大きいので、ロサイス王は集権的な政治を行うことが出来ない。
これが未だにロサイス王の国が小国である所以だ。
「ロサイス王様。あのようなどこの馬の骨か分からない者にアス家の領地を任せて良いのですか!」
ロサイス王の国で一番大きな勢力を持つ大豪族、リガル・ディベルは声高に叫んだ。
「どこの馬の骨? 私は数年前からあの男と知り合いだ。それに会いに来るたびにハチミツを無償でくれる好青年だぞ? それに噂ではグリフォン様が人と恋に落ちて生まれた子供とか。全く問題ないように感じるが」
ちなみにこの噂は本当に流れている。
グリフォン様は恐ろしい方で、森に入った人間を食い殺す→でも森の中に村があるらしい→そいつらが特別な存在なだけだろ?→きっとその村の村長はグリフォン様の息子なのだ!!
という具合である。
今では尾ひれ、背びれが付き、羽が生えるほど話が飛躍している。
話は二種類に別れ、生贄として出された少女とグリフォンの実の子供(ここでも生贄の少女が無理やりやられたのか、それとも双方恋に落ちてのパターンの二種類に分かれる)という説と、少女が神の子を処女のまま妊娠したが、その少女の両親が世間体を気にして森に捨て、その後グリフォンに拾われたという説。
もっぱら主流なのは後者のほうだ。
獣と交わって子供は生まれないだろうという発想である。
神となら子供が出来るのかということには突っ込んではいけない。
所詮噂であり、信じているのは森周辺の人間と元フェルム王の国―アルムス・アスの領民だけだ。
「我々からすれば馬の骨です。あんな小僧よりももっと相応しい者が居たでしょう」
「うーん、分からんな。バルトロ殿の領地は加増したぞ。他に相応しい者? 分からんなあ。もしかして貴公はこの戦争に参加したすべての将兵に土地を分け与えろと言っているのか? うーむ、彼らは学が無いからな。あのアルムス殿はキリシア語を書けるようだし、算学も得意のようだ。やはり彼に一任してもいい気がするが」
アルムスはテトラとのレッスンの成果で、キリシア語の読み書き日常会話が出来る。
数学は言うまでもない。
この地域では四則演算ができれば十分インテリで、それに加えてキリシア語の読み書き日常会話が出来れば職場は引く手数多だ。
ここに居る比較的高度な教育を受けてきた領主たちでさえも、四則演算とキリシア語が出来るのは二割も居るだろうか?
当然リガルも出来ない。所詮田舎豪族だ。
ちなみに十歳の頃からすでにキリシア語をマスターしていたテトラは別だ。
あれは普通の人間の枠には入らない。
「この戦に参加したのはアルムス殿、バルトロ殿、そしてボロス殿の三名。戦に参加した者同士で事を決めて何が悪い?」
その言葉に豪族たちは顔を逸らす。
皆、フェルム王を恐れて軍を出さなかったのだ。
そもそもフェルム王が負けたのは黒色火薬という対応が不可能な兵器に因るところが大きい。
むしろよく戦ったと言って良いだろう。
「ですがあの領地はドモルガル王の侵攻に備える必要があります。あのような馬の骨に……」
「フェルム王が怖くて引きこもっていたような者よりも、よほど馬の骨の方が信用できるな」
そう言ってロサイス王はリガルを睨みつける。
その視線に押され、リガルは思わずたじろいだ。
「他に異議のある者は?」
誰も答えない。
「では解散とする」
こうして豪族会議は終了となった。
「あのくたばり損ないめ。忌々しい」
「まあまあ、リガル様。落ち着いて。王はもう二年も持ちませんよ。そしたら王位はあなたの物です」
リガルの腹心、ベルメットは言った。
ベルメットは六十歳。
孫は居ない。というか結婚していない。
一生をディベル家のために使ってきた男だ。
故にリガルにも重用されている。
リガルは基本的に家臣を全て親族で固めているが、一部には親族でない者も居る。彼らはすべてベルメットの推薦だ。
要するにベルメットはリガルの知恵袋的存在である。
「まあユリア姫の婚約者は俺で決まりだろうからな」
「リガル様。油断はよくありせんぞ」
ベルメットはリガルに注意する。
「お前はどっちなのだ?」
リガルは呆れ顔で腹心に聞いた。
「リガル様は豪族の中でもっとも力のあるお方。ほぼ間違いなくあなたが次の王でしょう。あの病床の王にそれは止められない。いくらあなた様がお嫌いでも。ですが例の小僧。あの男がもし今後多くの豪族の支持を得るようになれば……」
「ふん。あの小僧の勝利は偶然だろう。俺でも出来た。それはあり得んよ。あんなまともな後ろ盾一つない餓鬼ではない。最悪攻め滅ぼしてしまえばいい」
リガルは胸を張って言った。
「それは最後の手段です! あなた様は油断する癖がある。お気を付けなされよ。仮にも王になるというのだから……」
ベルメットはぶつぶつと説教を始める。
リガルはこの初老の腹心の説教を聞き流しながら、ロサイス王の宮殿を出た。
「俺は妖精に選ばれた男だ。王に成るのは俺だ」
リガルは呟いた。
「ねえ、お父様。私の婚約者はリガル・ディベルになるのかしら? あの男、乱暴者だから嫌よ」
「それは私も同感だ。だが奴にするしかあるまい。現状ではな」
リガル・ディベルはこの国でもっとも力のある豪族だ。
リガル・ディベル自身にもロサイス王家の血は少しだが流れているし、取り巻きも多い。
リガル・ディベル以外を王にすれば必ず内乱が発生するだろう。
内乱が起これば周辺諸国も介入してくるはずだ。
勝利できるかも怪しいし、勝利出来ても大きく領土を紛失する。
「やっぱりあいつと結婚するしか……」
ユリアは悲しそうに顔を伏せる。
その胸には好きな人間と結ばれることが出来なかった悲しみ、その男を取った親友への妬み、そして嫌いな人間の子供を産まなければならないことへの嫌悪感が渦巻いている。
「実は私が十歳の時にフェルム王にこの国が滅ぼされて、森に落ち延びた先でアルムスと出会って、結婚して国を取り返す妄想したの。とっても楽しかったわ。どうせならフェルム王ももう少し頑張ってくれれば良かったのにね」
「……その場合だと確実に私は死んでいないか?」
「お父様は牢屋の中よ。病気にならずにピンピンしてるの。助け出して上げたのに、結婚なんて絶対に認めないぞ!! って叫んでね」
ユリアは楽しそうに、だが少し悲しそうにその妄想を語る。
ちなみにリガルは真っ先に死ぬ。フェルム王に殺されて。
所詮妄想に過ぎないことは彼女もよく分かってる。
「結婚式……テトラ、綺麗だったな。私もあんな風に……はあ、婿があんなんじゃね。今のうちにリガルをどうにかアルムスだと思う訓練しようかな。ねえ、感じてないのに感じてる振りする訓練もしなきゃダメかな?」
ユリアは深いため息をつく。
その瞳は少しだけ潤んでいる。
とにかく口を動かしてないと涙が出てしまうのだ。
「待て待て。俺にも考えがある。何のために強引に旧フェルム王領を全てアルムスに与えたと思う?」
ロサイス王がそう言うと、ユリアは飛びついた。
そのままロサイス王を押し倒す。
「お父さん!! もしかしてアルムスと結婚させてくれるの?」
「おい、重い!! 苦しい、ゲホ、ゲホ」
ロサイス王は激しくせき込む。
慌ててユリアはロサイス王の上から降りる。
「このバカ娘め……今ので寿命が三か月は縮んだぞ……」
「ご、ごめんなさい」
ユリアはロサイス王の背中を擦りながら謝る。
「さて、さっきの話だが……現状では無理だ。フェルム王を討ち取った功績は今回の領地で相殺されてしまう。他にも大きな……奴の能力が高いことを示す功績が必要だ。それに奴は味方が一人も居ない」
ロサイス王の国。
この『の』にはそれなりの理由がある。
この『の』はロサイス王と国を分離させる意味が込められているのだ。
つまり『朕は国家なり』では無い。
ロサイス王の国は豪族との同盟で成り立っている。
つまりロサイス王の国とはロサイス家という大豪族に他の豪族たちが寄り集まって、成立しているのだ。
だからロサイス王と豪族には主従関係が存在しているが、その関係は限りなく平等に近い。
とくに一万人以上の人口を抱える大豪族であればあるほど。
豪族が持つ徴税権は与えられた物ではなく、ごく当然に最初から所有している物だ。
ロサイス王は強引に豪族を従えられないし、豪族も別にロサイス王に義理立てする必要も無い。
だから王位継承には他の豪族たちからの支持が必要不可欠だ。
これが無ければアルムスが例え王位を継承しても、支配できるのはアス領三万とロサイス領七万だけ。
残りはすべて敵になる。
逆を言えば支持さえ得られれば……
「つまり奴次第ということになる。可能性は低いが希望はある。俺も何とかするように努力するから……泣かないでくれ」
ロサイス王は娘を慰めた。
書き溜めは二章の約三分の一ほどです
そして気付いたんですが……ユリアの出番が少ない
可笑しいな? ユリア回なのに……まあ立場が不安定なユリアがアルムスと定期的にであったら大問題だから仕方が無いといったら仕方が無いけど
多分ユリアがヒロインするのは三分の二以降です
それまではテトラのターン




