第三百二話 未来への約束
あれから一年が経過した。
マーリンの死体は、マーリンには少し悪いが……外交の材料に使わせて貰った。
俺に対して暗殺未遂を働いた、どうしてくれるんだ?
ロゼル王国さん?
という揺すりだ。
バルタザール将軍は「もうそいつはうちの呪術師ではない」の一点張りで言い逃れしようとしたし、まあ、実際のところとばっちりだったと思うが……
マーリンがロゼル王国有数の呪術師であることは周知の事実。
と、まあ細かいところはイアルがその弁舌を振るい……
結果、マーリンの研究資料の多くをいただくことに成功した。
武人肌のバルタザール将軍からすると、マーリンの遺物である呪術の研究資料などは大して重要なものでもない、それ以上に気味が悪いものだったのだろう。
潔く譲ってくれた。
どちらかというと、呪いの人形を手放すことができて万歳……
という感じだった。
北アデルニアの各地にあったマーリンの秘密の研究施設らしきものも数多く見つけ、そこからも数多くの資料を確保することができた。
ユリアやテトラに見せたところ、やはりロマリア王国の呪術研究の一歩、二歩どころか十歩ほど先を行っていたらしい。
他にも妖精だとかグリフォンだとか、異世界転生や転移に関する考察など……
はっきり言って、こちらからすると領土以上に貴重な代物だ。
ロゼル王国との戦いで得た最大の戦果は北アデルニアではなく、これらの研究資料かもしれない。
これからユリアやテトラ、ソヨンたちを含む我が国の呪術師の精鋭を集めて、マーリンの遺物の研究をするつもりだ。
みんな嬉しいような、悔しいような……癪善としない顔をしていたが。
新しい知識が手に入るのは良いが、できれば自分で発見したかった。
よりにもよってあのマーリンの知識か……
という感じだ。
ユリアとテトラの二人も、「最後まで勝てなかった」と落ち込んでいた。
そりゃあ八百歳にはどう足掻いても勝てないのは当たり前だと思うのだが。
俺としては我が国の技術が飛躍的に上がるため、嬉しい限りだ。
さて、問題は……
「お久しぶりです、グリフォン様」
「ああ、久しぶりだな」
俺は一年振りにグリフォン様と再会した。
グリフォン様は俺が荷馬車に詰めて持ってきた荷物に視線を移した。
「一つはマーリンの死体だとして……他のは何だ?」
「それは後で説明します」
俺はそう言って……グリフォン様の案内に従って森の奥まで歩いていく。
そこは……今まで一度も踏み込んだことがない、聖域の最深部だ。
「ここだ」
グリフォン様が羽で指を差すように示したそこには……
人の頭ほどの石が詰み上がっていた。
「エツェルの墓だ」
エツェル大王。
かつてマーリンの、いや黒崎麻里の恋人だったという人の墓だ。
二人の関係は俺もよく分からないが……
一緒に埋めてやった方が良いだろう。
俺はそう判断した。
俺は荷馬車の上から棺桶を降ろす。
そして蓋を開き……一度だけ中を確認する。
傷口はしっかりと縫い合わせたし、ユリアが防腐処理を施してくれたので……
一年経った今でも、姿は生前のまま……のように見える。
火葬にするべきか迷ったのだが、アルヴァ人やガリア人は火葬ではなく土葬らしい。
エツェル大王も土葬だったらしいので、合わせるべきだろう。
と判断した。
まあ、そもそも黒崎家が火葬の家なのかどうかも分からない。
キリスト教徒……のようには見えなかったが、もしキリスト教徒だったら土葬だっただろうし。
「ところで……聖域に人を寄せ付けなかったのはこのため、エツェル大王の墓があるからですか?」
俺はグリフォン様に尋ねた。
グリフォン様に……エツェル大王の墓が森にあるから、黒崎麻里を埋葬するならばそこが良いだろうと言われた時は驚いた。
まあ、ロゼル王国に遺体を受け取り拒否されて少し困っていたので渡りに船だったのだが。
「そんなわけあるか、我が墓守をするような性格だと思うか?」
「だとしたら……」
どうして聖域にエツェル大王の、そして黒崎麻里の墓を作ることを許してくれているのか。
そう聞こうとしたら……
「マーリン……麻里に乞われたのだ。普通の場所では壊されてしまうから、どうか森の中に作らせてくれと。そこならば誰も壊さない……とな。我にとってみれば墓などバカらしいのだが……あまりにも必死に頼むのでな」
なるほどね……
で、一つあるならば二つ目も大して変わらないと。
まあ、確かにここならば誰も壊さないだろう。
というか壊せない。
誰も来れないからな。
「ところでグリフォン様。グリフォン様は……俺の望みと黒崎麻里の望みを折半しましたよね?」
「……そうだが、それが?」
「つまり俺と黒崎麻里の望みは……あともう半分ずつあります。そういうことになりますね?」
少し屁理屈臭いかな?
そう思いながら聞くと……
「なるほど、確かにそうだ。で、何が言いたい?」
どうやら聞いてくれるらしい。
良かった……
俺は荷台の荷物を指さして、グリフォン様に言った。
「ここにあるのは……黒崎麻里の日記や、彼女の個人的な私物です。遺体と一緒に埋めるので……どうか、預かってくれませんか?」
バルタザール将軍は黒崎麻里にまつわるモノのほぼすべてを我が国に押し付けるようにして処分した。
その中には呪術の研究資料以外にも、このような私物が多く混ざっていた。
はっきり言って、これらは呪術の研究には役に立たないし……あまり盗み見て良いものでもない。
だからといって……燃やす気にはなれなかった。
しかし我が国で預かるのは……よくない。
俺の死後に燃やされてしまうかもしれない。
処分方法に悩んだ結果……
グリフォン様に守って頂くのが最善だと判断した。
そして……
「もしかしたら……これからの未来、黒崎麻里の親族が訪れるかもしれません。その時は……これをその家族に、渡してやってくれませんか?」
果たして……彼女の家族が、グリフォン様と知り合えるのかどうかは分からない。
はっきり言って、可能性は低いだろう。
だが……黒崎麻里が必死に家族を探したように、彼女の家族もまた彼女を必死に探すだろう。
可能性はゼロではない。
ゼロではないなら、残してあげなくてはいけない。
これは……エゴかもしれない。
彼女の家族からすれば、俺は憎い相手を殺した仇だろう。
だが……それでも、残して上げなければならないと判断した。
「……アルムス、その私物の中に……青色の石のネックレスはあったか?」
「青色の石のネックレス……ですか?」
それは……無かったと思う。
彼女の私物の殆どは石板やパピルスに書かれた日記の類だ。
装飾品の類は……無かったと思う。
「ありませんでしたが……問題が?」
「いや、無かったのならば良い」
グリフォン様は首を横に振った。
「ところでえっと、守って貰えますか?」
「墓のついでだ、問題無い。ただ……奴の家族がここまで来るかどうかは保証できんし、我もわざわざ探しに行く気はないぞ?」
「分かっています」
そこまでは流石に求められない。
そもそも彼女の家族が……大昔に転移してきてもう死んでしまっている可能性もあるのだ。
こればかりは祈るしかないだろう。
「ではグリフォン様、新年にはまたご挨拶に伺います」
「ああ、また会おう」
俺はグリフォン様に一礼して、背を向けた。
これで……全て終わりだ。
無論、内政上の課題はいろいろとある。
北アデルニアの統治だったり、ロマリア連邦の維持だったり、国内に生まれ始めた貧富の差だったり、ペルシス帝国との莫大な借款の返済だったり……
だが、一応全てに一区切りがついた。
これで本当の……終わりだ。
明日の更新で最終話になります




