第三百一話 決着
その日の夜……
俺は一人、平原で満月を眺めていた。
俺の背後には森が広がっている。
相変わらず、大きな月だ。
故郷の月よりも……大きい。
だが……俺にとっては、もうこの大きさの満月が普通だ。
この世界の満月が大きいのではなく、故郷の月が小さい。
……と、俺は思ってしまう。
もう随分とこの世界に慣れた。
この世界の住民だと、胸を張って良いだろう。
そうしていると……
ふと、背後に気配を感じた。
振り返ると……女が立っていた。
マーリンだ。
「来たか……」
「その様子だともう妖精から話は聞いているみたいね」
マーリンはニヤリと笑みを浮かべた。
刃が取り付けられた杖を手に持っている。
「しかも……私対策の魔法まで編み出して。はあ……こちらは八百年、頑張ったんだけどね。これだから妖精は嫌いなのよ」
「それは……すまないな」
俺はそう謝って……
マーリンに向き直った。
マーリンは少しづつこちらに歩み寄り……
ついに百メートル圏内に入った。
もうここからは彼女の魔法は通用しない。
「三つ、聞いて良いか?」
「何かしら?」
「まず一つ……どうしてあの時襲い掛かって来た? 二つ……その後俺たちが対策を整えるまで何もしなかった? 三つ……人質を取らなくて良かったのか?」
俺はマーリンに尋ねた。
特に三つ目に関しては……ユリアやテトラ、アリス…そして子供たちをグリフォン様に預けたし、ロンたちにも注意喚起をしたのだ。
それなのに人質を取らなかった。
騎士道だとか、武士道などと言いだすタイプではないはずなのに。
「一つ目の答え……殺せると思ったのよ。あなたの剣を奪うつもりだったの。それなのに……はあ、想像以上にあなたが強かった。二つ目……魔法は何度も連発できないのよ。それに新しい体のメンテナンスも必要だった。三つ目は……そうね……」
マーリンは少し考えてから……
「何でだろうね?」
自分でもよく分からない。
とでも言いたそうに言った。
「逆に聞くけど、あなたはどうして一人でこんなところに?」
「護衛を連れていたら……お前は襲ってこないだろう。下手に隙を突かれるよりは……お前を待ち構えた方が安全だと判断した」
マーリンは瞬間移動ができる。
俺が剣を帯びている限り、その半径百メートル範囲内には瞬間移動できないが……
それでも隙を突かれるのは脅威だ。
今は一対一でも十分勝てるだけの実力差もあるし……魔法は全て無力化できるのだ。
この方が良い。
俺がそう答えると……マーリンはなるほどと相槌を打った。
「そうそう……さっきの三つ目の問いの答えだけどね、強いて言うなら……あなたと二人で落ち着いて話をしたかった……というところかしら? 折角、同郷の人間なわけだし」
マーリンはそう言ってから……
月を見上げた。
「ねえ、あの月は……好き?」
「俺は綺麗だと思うが……」
「そう……私は大嫌いだけどね」
マーリンは顔を顰めた。
「全ては……あの月のせい。こんな世界、好きで来たわけでもないのに……。せっかく手に入れた幸せまで壊されて……最悪よ。だから私は取り戻したいの。その剣を寄越して……そして北アデルニアの人間は見殺しにしなさい」
マーリンの言葉に……
俺は首を大きく横に振った。
「前者はともかく後者はできない。俺は王だ、君主だ。君一人のために……大勢の人間を生贄に捧げるような真似はできない」
「……そう、分かり合えなさそうね」
マーリンは不愉快そうに眉を顰めた。
「なあ、本当に魔法なんて必要なのか?姉妹を探すだけなら別に魔法だけじゃなくても他に方法はあるだろう。……もし良かったら、俺も協力する。俺の子供にも……孫にも協力するように言い聞かせるぞ」
「……この時代にいるかどうかも分からないのよ。もうずっと大昔に死んでしまっているかもしれない。私よりもずっと不幸な目に遭って死んでしまったかもしれない。助けなきゃいけないの」
俺は協力を申し出たが……
断られてしまった。
まあ確かに……その可能性を言われると、否定できない。
「それに……エツェルを生き返らせるの。私が彼を殺したのだから……彼を生き返らせるのは私の義務なの。ここまで来るまでに多くの人を殺した。それを無駄にするわけにいかない。これは私の義務なの!!」
マーリンは強い口調で言った。
義務……か。
「……未来に生きるという選択肢はないか?」
「未来? ふざけないで……私に未来なんてない。あるのは過去だけよ。私は過去を取り戻す」
なるほどね。
そういうことか。
分かったぞ……今の彼女の状況が、彼女が人質を取らなかった理由が。
俺はもう交渉不可能と判断し……
剣を構えた。
「俺にも過去はあるが……それは所詮過去に過ぎない。これからの未来のために……子供たち、子孫たちの未来のために……君を殺す」
「そう……じゃあ……私は私の過去のためにあなたを殺す!!!」
マーリンはそう宣言して……
一気に肉薄して来た。
早い!!!
俺は慌てて剣でその攻撃を防ぐ。
どうして……あの時、殺した時よりもずっと強くなっている!?
「悪いけど、この体は特注品なのよ!!」
マーリンはそう叫びながら、杖を振るう。
俺は防戦一方に追い込まれてしまう。
「使い捨てにできる体だからね、ドーピングや無理矢理な改造を施しているのよ……あなたの加護にも負けないわ!!!」
「っく、無茶苦茶な……」
マーリンの金属製の杖と、俺の剣が激しい金属音を鳴らす。
普通の金属ならば……いや、どんな金属でも俺の剣に斬れないモノはないはず。
だがマーリンの杖は決して切れない。
おそらくだが……かなり強固な呪術が掛けられている。
俺の剣は魔法は無力化できるが、呪術は無力化できない。
「はああああ!!」
「っち、バカ力め……」
俺は力を振り絞り、マーリンを弾き返した。
マーリンは一瞬、俺から距離を取る。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「っく……これでも食らえ!!」
俺は懐から玉を取り出して、マーリンに投げつけた。
玉の中に仕込まれていた魔術陣が作動して……爆発を起こす。
テトラが俺のために作ってくれた武器だ。
辺り一面を煙が覆う。
これで一先ず態勢を……
ビュン!!
その時、俺の耳元を何かが掠った。
「大まかな位置は呪術で分かるわ。……そして見えないのはあなたも同じ。下手を打ったわね」
マーリンは煙の中、かなりの精度で俺に向けて杖を振るう。
杖の先端に取り付けられている刃が何度も俺の体を掠る。
「貰った!!」
「ゲホ!!」
マーリンの杖が俺の腹にぶち当たった。
俺は大きく後ろに飛ばされる。
「危ない……アリスの糸のおかげだな」
俺はせき込みながら、何とか立ち上がる。
アリスの糸で編んだ布を急所に巻きつけておいたおかげで、致命傷にはならなかった。
とはいえ……
今の一撃でかなり布にダメージが加わっている。
次はないだろう。
俺は懐からユリアがくれた薬を取り出し、口に放り込んで……
噛み砕いた。
ドーピングだ。
本当は体に良くないからこんなもの、服用したくはなかったんだが……
背に腹は代えられない。
「やるじゃない……でもね、勝つのは私よ!!」
マーリンはそう叫んで……
再び距離を詰めていく。
金属製の杖と剣が何度もぶつかり、火花を散らす。
ドーピングのおかげか、何とか戦えるが……
それでも押し込まれてしまう。
「つ、強い……」
「降霊術でエツェルの技術を降ろしているからね!! あなた程度には負けないわ!!」
少しづつ、俺は押し込まれ……
背後の森に近づいていく。
そして……
「今だ!!」
俺が叫ぶと……
森から矢が飛んできて、マーリンの肩に突き刺さった。
「クソ! 心臓を狙ったのに……逸らされた!!」
森の中からグラムが舌打ちする声が聞こえる。
同時に森からロンとロズワードが飛び出し、マーリンに斬りかかった。
「はあああ!!」
「とりゃああ!!」
「っく」
マーリンは杖を振るい、二人を弾き飛ばす。
さすが、この程度では死なないか。
だが……この決定的な隙を見逃すほど、俺はバカではない。
「ぐはぁ……ひ、卑怯者め……」
「悪いな……負けるわけにはいかないんだ」
俺の剣がマーリンの心臓を貫いた。
それでも彼女は死なない。
不死の加護があるからだ。
マーリンは距離を取ろうとするが……
しかしそれよりも先にロンとロズワードが左右からマーリンを剣で貫く方が速かった。
こうなるともう、動けない。
俺は剣を引き抜いて……
振り上げる。
黄金に輝く……大きな満月の光が剣を照らした。
「もう……楽になれ。お前に義務なんてないんだ。……死んで良いんだよ」
俺はそう言って……
マーリンの首を断ち切った。
「ああ……これで……終わりだ」
それでも死なない生首は……小さな声で呟いた。
「ああ、終わりだ」
俺はそう言って……マーリンの頭に剣を突き刺した。
マーリンは……黒崎麻里は死んだ。
間違いなく死んだ。
もう彼女は……これ以上、生きる必要はなくなった。
やったか!!!!
とか叫んでみる




