第二百九十話 戦後復興Ⅱ
どんなに面倒でも、必ず片付けなくてはならない仕事というモノがある。
当然、戦後処理に於いても同様だ。
それが……新たに獲得した土地の支配方法である。
「ライモンド。俺はトリシケリア島は一先ず、属州という形で統治しようと考えている」
「……属州、ですか。それはどういう意図でしょうか?」
俺はライモンドの問いに答える。
「アデルニア半島は全て陸続きだし、一つの大きな経済圏と言える。それに民族も……まあ地域ごと違いは多少あるが、基本はアデルニア人だ」
南部に於いてはキリシア人の植民都市が多いため、キリシア人が多数派だが……
彼らの多くはアデルニア人と混血している。
「だがトリシケリア島は違う。あそこは……アデルニア半島と繋がってはいるが、それは細い繋がりだ。加えて民族が全く違う。あそこはトリシケリア島の原住民、キリシア人、そしてポフェニア人の混合で……アデルニア人は殆ど住んでいない。だから本国に組み込む前に属州として統治して、様子を見た方が良いと思う」
はっきり言って、アデルニア半島とトリシケリア島は文化圏が異なる。
無理に併合すれば、要らぬ軋轢を生む可能性が高い。
「なるほど……陛下のお考えは分かりました。それで具体的には属州、とはどのように統治するおつもりで?」
ライモンドの問いに俺はしばらく考えてから答える。
「……あまり大きなことはしないつもりだ。無論、治水灌漑、道路・橋の工事などは行うけどな。それ以外は原則として、現地支配層を使っての間接支配……が、まあ一番軋轢が少なくて良いだろう。もっとも……」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「キリシア人、原住民、ポフェニア人の順番で扱いに差を設けようと思っている。つまり分割統治だな」
多種多様な民族がいる。
というのは統治し辛い面もあるが、一致団結されにくく反乱が起きにくいという大きなメリットもあるのだ。
「税金は……確か、俺が確認した限りだとポフェニアの統治時代は三割だったんだよな?」
「ええ、行政文書を見る限りではそうですね」
三割という数字は……
まあ、決して高いわけでもないが、低くも無い数字だ。
「取り敢えず、一割にしておこうか。十分の一程度にすれば不満も起こらないだろう。徴税は現地有力者に請け負わせればいい」
基本的に現地有力者が統治に協力的である限り、統治は上手く行く。
彼らが下層民たちをなあなあで押さえてくれるのだ。
「後は……小作人たちを入植させればいい。沿岸部に二つか三つほど作れば……支配の拠点としては十分だ」
無論、植民市に関しては税金を免除して本国と同様の扱いにすれば良い。
その代わり兵役の義務を設けることになるが。
トリシケリア島の攻略でもっとも難儀したのは山間部だ。
結局、我々は山間部には一度も手を出すことが出来なかったのだから。
だから山間部にまでしっかりと幅広い軍用道路を建設するつもりだ。
そうすれば……反乱が起きても鎮めることが出来る。
「ところで、陛下。その属州……の総督は誰になるのでしょうか?」
「それ何だけどな……できれば、お前に頼みたいんだ。可能か?」
俺はライモンドに属州総督就任を依頼した。
ライモンドは特に驚いた様子はなく……俺に理由を尋ねた。
「御拝命とあらばお受けしますが、なぜ私が?」
「トリシケリア島の土地のうち、ポフェニア人の貴族たちから没収した農園はロマリアの貴族たちに払い下げただろ? 連中からしっかりと税金を取るにはやはり相応の人間でなくてはならない。となると……お前しか適任がいないんだ」
「なるほど……では監査官の職務は?」
「そっちは俺が引き継ぐよ」
監査官の代行は俺でもできる。
しかし直接現地に行く必要がある総督の代わりは、俺には出来ない。
俺は国内にいなくてはならないのだ。
となると、必然的にそうなる。
「分かりました、陛下。貴族共に睨みを利かせましょう。……ところで、お一つご提案があるのですが、宜しいでしょうか?」
「どうした?」
「ロマリアに流入するであろう、トリシケリア島の小麦に関税を掛けるべきだと私は考えます」
「……自作農の保護のためか?」
「はい、そうです」
現在、アデルニア半島の多くの土地は自作農のモノになっている。
しかし……トリシケリア島の農地の多くは貴族による大農場だ。
奴隷を利用した大農場の効率は高く、ただでさえ小麦は安くなる。
加えてトリシケリア島はアデルニア半島よりも土地が肥えているし、気候も暖かい。
仮にトリシケリア島から大量の小麦がアデルニア半島に流入すれば、一気に自作農は没落してしまうだろう。
ただでさえ、戦争の負担で大きなダメージを受けているのだ。
「なるほど、分かった。アデルニア半島の小麦が十分競合できる価格になるように関税を掛けよう。……トリシケリア島の小麦は海外に売ればいい」
同時に……
アデルニア半島の農家には小麦から商品作物の転換を図るように推奨しないとな。
商品作物となると、葡萄かオリーブか、大麻か亜麻辺りか……
まあ、賠償金の五千ターラントを上手く使おう。
などと、俺とエドモンドが今後について話している時だった。
「国王陛下!! 急報でございます!!」
「イアルか! 驚いた、大きな声を出すな」
突然、大きな声を上げてイアルが入って来た。
俺は思わず、ビクリと体を震わせてしまう。
照れ隠し半分でイアルを叱った後、俺はイアルに問う。
「で、何が起こったんだ?」
「ポフェニアで傭兵の反乱が発生した模様です!」
イアルの話によると……
どうやらアズル・ハンノが傭兵に対して、給料の支払いを渋ったようだ。
勝てなかっただろうが!!
だから、給料は半額だ!!
的な理論のようだ。
まあ……うん、言いたいことは分からんでも無いけど。
約束は約束だろ……
「反乱の規模は?」
「分かっている範囲でも五万以上です」
五万!!
そりゃあ、凄いな……下手したらポフェニア、滅ぶんじゃないか?
とはいえ……
これはチャンスだな。
「なあ、ライモンド。ポフェニアは傭兵に給料を支払えないほど困窮している……と判断しても問題ないよな?」
「ええ……間違いなく、そうでしょう」
ライモンドは俺が何を考えているのか分かったのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
ポフェニアは傭兵制の国。
その傭兵に給料を支払えない、となればもはや軍隊を組織する力が殆ど残っていないと判断しても良いだろう。
加えて、その反乱を起こした傭兵の鎮圧のために傭兵を雇わなければならない。
つまり……
「バルトロとアレクシオスを呼べ!! 火事場荒らしをするぞ!!」
俺は笑みを浮かべた。
「いやはや、国王陛下も人使いが荒い……」
アレクシオスはそんなことを言いながらも、楽しそうであった。
アレクシオスがいるのは、アデルニア半島より西側の島。
コルス島である。
この島はポフェニアの植民地だが……
現在、ポフェニアは傭兵の反乱を押さえるのに忙しい。
その隙をついて、アルムスが一万の兵と百隻の船を与えてアレクシオスに出撃の命令を出したのだ。
アルムスの読み通り、コルス島にはまともな守備軍すら存在しなかった。
「さてさて、バルトロ将軍は首尾よく言ったかな?」
「ふん……大した相手でも無いな」
バルトロは不適な笑みを浮かべた。
現在、バルトロがいるのはサンダル島と呼ばれる……アデルニア半島の西側の島だ。
当然、この島もポフェニアの植民地である。
だが……(以下略)
とはいえ、サンダル島はコルス島に比べると面積が大きく……
また経済的にも重要な島であったため、二千ほどの守備軍がいた。
しかしバルトロが率いてきたのは一万の軍隊と百隻の軍船だ。
一万対二千……
この兵力差でバルトロに勝てる将軍は皆無だろう。
そんなわけで、二千の軍隊はあっさりとバルトロに降伏したのであった。
「掃討後、いくらか守備軍を残して撤退しようか。……ポフェニアほどではないが、我が国も余裕はないしな」
斯くして……
ロマリアは何の犠牲もなく、対価も支払うことなく、ポフェニアから二つの島を奪い取ったのである。
そして……
借金に苦しむアルムスにとって、このサンダル島の奪取は大きな意味を持っていた。
「陛下、これが戦利品です」
「おお!! 素晴らしい……話には聞いていたが……実際、見てきてどうだった?」
「一応聞きこみを行いましたが……かなり掘れるみたいですよ」
バルトロはサンダル島から持ち帰った数々の戦利品を俺に献上し……
笑みを浮かべた。
俺もまた、笑みを浮かべる。
バルトロがサンダル島から略奪してきたのは……
銀製の装飾品や延べ棒だ。
そう、サンダル島は……銀を算出する島なのである。
「これでようやく、国内で銀貨を自給できる。金貨、銀貨、銅貨も揃うな」
ようやく、借金返済の目処が見えてきた。
捨てる神あれば、拾う神あり。
何とか、成るかもしれないな。
貨幣の原料になる貴金属を自給できるかできないかは割と重要かなと思っている
その点で言えば日本は資源立国でしたね




