第二百八十六話 第一次ポフェニア戦争 三年目 Ⅱ
アレクシオス率いる四百隻の艦隊と、アズル・ハンノ率いる三百隻の艦隊は大海原で向かい合うことになった。
シケリア島南端の都市、リカータ市を守るようにポフェニア海軍はリカータ市の南に船を並べ……
ロマリア海軍はリカータ市に侵入するため、ポフェニア海軍のさらに南に船を並べた。
北にポフェニア海軍。
南にロマリア海軍が相互に向かい合う形だ。
初めは……
北から風が吹いた。
「全艦隊、突撃!!」
アズル・ハンノは全艦隊に攻撃命令を下した。
ポフェニア海軍は一気に速力を上げ、ロマリア海軍に突撃した。
これに対して、アレクシオスは……
「右翼は右側に、左翼は左側に大きく旋回。……敵の攻撃には構うな」
ロマリア海軍はポフェニア海軍から逃げるように、左右に分かれて風上に向かう。
アレクシオスの目的は……ポフェニア海軍の背後及び風上側に移動することである。
しかし……
やはり、風上側の方のポフェニア海軍の方が速力は上。
ロマリア海軍が逃げ切る前にポフェニア海軍はロマリア海軍の中央に突撃した。
ロマリア海軍とポフェニア海軍の船と船がぶつかり合う。
そして……
「はは、やっぱり読み通りだね」
「ま、まさか……こんなことが……」
アレクシオスは不適に笑い、アズル・ハンノは目を見開いた。
ポフェニアは海運国である。
そしてテーチス海最強と言えるほどの、海軍を有していた。
そう、有していたのである。
かつて、衝角突撃で多くの船を沈めたポフェニア海軍の精鋭たちは……
昨年の海戦で全てアレクシオスによって魚の餌になってしまった。
今のポフェニア海軍は全て新兵なのである。
そして衝角突撃は高い技量が必要となる戦術。
新兵たちがとるにはあまりにも高度な戦術だったのだ。
一方、ロマリア海軍中央もまた多くが新兵であった。
しかし……中央の船には全てカラス装置が取り付けられていたのである。
カラス装置を利用した船上での戦いでは……
ロマリア軍は強い。
彼らは海の上では新兵だが……陸の上では精鋭なのだから!!
斯くして、ロマリア海軍中央百隻とポフェニア海軍三百隻が激しく激突する。
とはいえ、カラス装置を利用したとはいえ圧倒的数の差と風上という有利があるため……
ポフェニア海軍三百隻は、ロマリア海軍中央百隻を順調に追い込んでいく。
しかしその隙に……
ロマリア海軍両翼はゆっくりと旋回して、風上へと移動していく。
無論、アズル・ハンノも黙ってはいない。
「中央百隻はそのまま攻撃を続行! 両翼はロマリア海軍の動きを阻止せよ!!」
風上の勢いを利用し、百隻で中央突破を図りつつ……
両翼の二百隻でロマリア海軍を迎え撃ち、時間を稼ごうという作戦だ。
斯くして、両翼でロマリア海軍を抑え込みつつ中央突破を図ろうとするポフェニア海軍と……
中央で耐え忍びつつ、両翼をどうにかポフェニア海軍の背後まで伸ばして風上側に移動し、ポフェニア海軍を挟み撃ちにしようとするロマリア海軍の戦いとなった。
こうなってくると……
勝敗を左右するのは、練度と士気と数である。
数では無論、ロマリア海軍が圧倒している。
また、士気に於いても傭兵に頼って戦慣れしていないポフェニア人の海兵よりも、戦争に成れたロマリア人の海兵の方が遥かに高い。
前者は気の進まない参戦であり、後者は国を守るための、名誉のための、そして富のための参戦だ。
そして練度は……
ロマリア海軍の方が上であった。
というのも、昨年に壊滅した影響で殆どが新兵のポフェニア海軍と異なり……
ロマリア海軍には昨年の海戦の経験者が大勢いたからである。
そしてアレクシオスは昨年の経験者、すなわち精鋭を両翼に配置していた。
加えて……
ベルシャザルへの救援のために駆けつけたポフェニア海軍は船に多くの物資を抱えていた。
一方でロマリア海軍はその妨害のために来たので……船は身軽で、素早かった。
ロマリア海軍両翼は風下にありながらも、巧みに船を操り……
一部の船はポフェニア海軍を突破し、ついに風上に移動した。
風上に移動したロマリア海軍の艦船は次々と旋回してポフェニア海軍の背後を攻撃した。
無論、経験の蓄積により熟練した技術を身に着けた彼らの戦術は……
衝角突撃である。
「ば、バカな……ポフェニア海軍が……俄作りのロマリア海軍に技量で、衝角突撃で敗北するなど……」
アズル・ハンノは顔を青ざめ……
「驕れる者は久しからず、ってね。ポフェニア海軍、ってのは箱の名前。大事なのは箱じゃなくて、中身だろうに。名前だけで価値が上がるのは商売だけの世界で……戦争では名前じゃ勝てない。これでポフェニアブランドは完全に地に落ちたわけだね。はあ……質でも数でも優ってるんだから、負けるはずがない。……つまらない戦だったね」
アレクシオスは得意気に言った。
斯くしてロマリア海軍は何の奇策も要することなく、ポフェニア海軍を正面から破ったのである。
それはポフェニア海軍がテーチス海の女王の座から転落し……
新たな女王が即位したことを意味した。
「ば、バカな……ポフェニア海軍が壊滅しただと……あ、あのアズル・ハンノめ!!!」
ポフェニア海軍敗北の報を聞いたベルシャザルは地団駄を踏んだ。
テーチス海最強のポフェニア海軍がロマリア海軍に敗北した。
それはアズル・ハンノの無能を示している。
……ようにベルシャザルには思えた。
もっとも、彼の父親も敗北しているので……
現実としては指揮官の技量云々ではなく、純粋にポフェニア海軍が弱体化し、ロマリア海軍が強くなったのだが……
ベルシャザルはそれを意地でも認めないだろう。
薄々勘付きながらも……
認められるはずがないのだ。
なぜなら、それはポフェニアの凋落を示すからである。
「お父様、ハンノさん負けちゃったの?」
「ハンナ!! ハンノのくそ野郎なんぞに『さん』なんぞ付けなくても良い!! 口だけ達者なくせに、一番肝心な戦で敗北した馬鹿野郎だ!!」
「それはお爺様も同じでは……いえ、何でもありません」
ベルシャザルの一人娘、ハンナは途中まで言いかけて……
口を閉じた。
その後、怒り狂う父親から離れ……
自分に宛がわれた天幕に戻り、溜息をついた。
「あーあ、何で分からないんだろう……これはただの植民地争奪戦じゃないのに。ロマリアとポフェニアの命運をかけた戦争なのに。あの人達は分かってない。みんな、植民地争奪戦程度にしか考えてない。……私以外に気が付いている人は何人いるのかな?」
ハンナは一人呟く。
その姿は五歳の幼女ではなく……歴戦の名将のように見えた。
「少なくとも、アズル・ハンノやお父様は気が付いてない。ポフェニア人で気が付いている人は……いないね。いるとするならば、ロマリア。うん……可能性があるのは……アルムス王ただ一人かな。どうかな……やっぱり薄々気が付いているのかな? でも、これだけの国費を使って戦争しているんだし、気が付いているんだろうね。薄々……さすが、短期間でロマリアを急成長させた王様だね」
そしてハンナは空を見上げて尋ねるのだ。
「ねえ、妖精さん。あなたはどう思う?」
―さあ? オイラには分からないね。人間のことはさ……―
「ハンナ!!」
「お父様? どうされましたか?」
気が付くと、ベルシャザルがこちらに近づいてくる。
「どうしたも何も、急に居なくなるな。心配しただろう……」
「お父様は心配性ですね。……ところで、どうされますか?」
「どう、とは?」
「戦うんですか?」
ハンナに問われ……
ベルシャザルは暫く考えてから、答えた。
「戦う、と言いたいところなのだがな。……勝ったとしても、補給が立たれた以上どうにもならない。ジリ貧だ……降伏するしかないだろう……すまない、ハンナ」
「いえ、お父様。かっこよかったですよ」
ハンナはそう言って、ベルシャザルの頬に労いのキスをした。
斯くして……
ベルシャザルはバルトロに停戦を申し込み、そしてポフェニアの元老院に降伏の勧告をした。
主戦派派閥のリーダーであるベルシャザルが戦争の終結をポフェニアの元老院に求めたことで、皮肉なことにポフェニアはここで初めて『敗北を受け入れる』ということで国論を一致させたのである。
その後、ポフェニアに帰国したアズル・ハンノがポフェニアの元老院を掌握。
正式にロマリア王国に和平交渉を求めた。
後はロマリア王国が和平交渉のテーブルに着くだけである。
これでようやく戦争が集結する。
と、思われた。
しかしここで……
新たに問題が発生したのである。
というのも……
ここでポフェニアが和平という方向で国論を一致させたのとは対照的に、ロマリア王国の国論が分裂してしまったのである。
即ち……
終戦か、継戦か。
前回、十話はムリだったけど一話は書けた
もう峠は(多分)超えた
あとは《ピー》と戦って、《ピー》が《ピー》して、それを《ピー》が《ピー》で防いで、《ピー》を《ピー》が《ピー》すれば完結です。




