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異世界建国記  作者: 桜木桜
第一章 禁忌の森とグリフォン
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第二十八話 呪術戦

 ロバート・フェルム。それがフェルム王の本名だ。

 彼の父は死ぬ前にこう言った。


 「いいか、ロバート。男として生まれたからには上を目指すのだ」

 

 ロバートはその言葉に従った。

 豪族として少しづつ発言権を伸ばし、周りの豪族を従えていく。


 自分たちの主であるラゴウ・アスは優しいだけが取り柄の男で、失政続き。

 彼は次第に民の信頼をも手にするようになる。


 そしてあるとき、飢饉が起こった。

 子供を大量に捨てなければならないほどの大飢饉。ラゴウはそれに何の解決策も出せなかった。

 当然だ。

 何かしたところで収穫量が増えるわけでもパンは湧き出るわけでもないのだから。


 しかし理不尽なことにこの頼りない大豪族への不満は高まり続けた。


 「ラゴウは民から富を搾取し、贅沢な暮らしをしている!! これを許してなるものか!!」

 ロバートは声高に叫んだ。

 多くの豪族や民は彼に賛同した。


 あっという間にロバートが率いる反乱軍はラゴウの居住を包囲、攻め落とした。

 ラゴウの首を取ることに成功した。


 だが問題が一つ。

 妻子―ラゴウの妻と二人の息子、一人の娘の行方が掴めない。


 ロバートは精鋭を率いてこれを捜索。

 森の中に逃げ込もうとしている彼らを見つけ、妻と二人の息子を殺した。


 そして最後の子供を殺そうと剣を振り上げた。

 彼は思った。


 (まだこんなに幼いのか)


 ロバートは目の前の少女―テトラを見た。

 ラゴウと全く似てない。非常に利発な子供だったことを覚えている。


 アス家とフェルム家は親戚同士で、ロバートはこの少女の面倒を見てあげたこともある。


 当然だが、生かすという選択肢はない。

 生かしても何の得にはならないからだ。


 この子供には恨まれているだろうから妻にするという選択肢はない。

 だからと言って幽閉すればいつか担ぎ上げられてしまう可能性もある。


 逃がすのは論外だ。


 だが彼は殺さなかった。

 見逃してしまったのだ。


 どうせ子供、狼に殺されるか空腹に負けて毒草でも食べて死ぬだろう。


 主人を殺し、罪もない妻子を殺したくせに一番幼い末の娘は見逃す。

 彼の行動は不可解のように見える。

 少しは負い目があったのか、それとも罪滅ぼしのつもりなのか。


 ともかく、彼は彼の人生に於いて最大のミスを犯したのだ。




 


 「不作か……」

 フェルムは畑を見ながら嘆く。

 収穫まであと一か月と言うのに、見るからに麦の調子が悪いことは分かる。

 去年の飢饉は森の中の村からの貢物と、ロサイス王の国から略奪した穀物で何とか乗り切ったが……

 今年も同じことをしなければならなそうだ。


 フェルムが嘆くのと同時に、兵士が入ってきた。

 手には小さな筒を持っている。


 兵士はフェルムに筒を渡した。


 「どうかしましたか?」

 副官はフェルムに聞いた。

 それにフェルムはニヤリと笑って答えた。

 「ロサイス王の国に潜ませた鼠からの伝書鳩だ。ロサイス王が倒れたそうだ」

 それを聞き、副官もニヤリと笑う。

 

 「まあ、死にはせんだろう。いつもの発作だな。とはいえ、指揮をとれないのは事実。ロサイス王の国に攻め込むぞ」

 「ですが兵糧が足りません」

 

 副官は言う。

 彼はニヤリと笑う。


 「何言っている。その兵糧を確保するために戦をするのだろう? 最低限、三日分の飯さえ用意出来れば十分。後は奪えばいい」

 フェルムは森を見つめる。


 「今まではグリフォンの怒りを恐れて森の中の大規模な行軍は避けてきた。だが前回のことで分かった。やはり奴の領地は森の奥地で、そこを犯さぬ限り問題ないのだろう。何しろ自分の森の中に人が住んで文句を言わないのだからな。通り抜けることぐらいどうということは無い」

 「あの者たちが特別にグリフォンに寵愛を受けている可能性は?」

 「無い。あるならば八割の食糧を要求した時点でグリフォンが出てくる」

 

 フェルムは自身満々に言い切る。

 八割という普通なら飢え死にしても可笑しくないだけの食糧を脅し取ってもグリフォンは出てこなかった。

 つまりグリフォンは中立なのだ。


 「森を抜けてロサイス王の宮殿に奇襲を掛けるぞ」

 

 副官は目を丸くする。

 確かに森を抜ければそう言うことが出来る。

 何しろロサイス王の宮殿は森を抜ければすぐだからだ。


 だが今まで誰も実行した者は居ない。

 すべてはグリフォンの怒りを恐れてのこと。


 何しろ多くの人民は、不作の原因はグリフォンの怒りが原因だと思うくらいだ。

 だから生贄のつもりで森に子供を捨てる。

 本当は同じ人間による呪いだというのに。


 「ですがもし撤退するようなことを考えると……」

 

 軍隊というものは常に撤退する時のことを考えなければならない。

 もし負けた場合、壊滅することが確定してしまう。背水の陣は避けなければならない。

 当然、森の中にはそんな場所は……


 「拠点ならばあるだろう。去年、我が領に成った村が」

 「ですがあの村は膝を屈しているわけではないようですが」

 「ならば攻め滅ぼせばいい。兵糧も確保出来て一石二鳥だ」


 決まれば早い。

 フェルムは呪術師を呼び寄せる。


 「偵察に行け」

 「了解です」






 呪術師三人は偵察のために鷹を飛ばしていた。


 この魂乗せは非常に難しい。

 まずは生きている状態で自分自身の魂を体から出さなければならない。

 並みの呪術師では戻れなくなり、死んでしまう。


 さらに魂を乗せる生き物と心が通じ合っている必要がある。

 幼生の頃から毎日、世話をして育てることで絆が生まれるのだ。


 何度も訓練をすることで、鷹の目や犬の鼻で世界を視ることができるようになる。


 鷹は人間の約八倍の視力を持つ。

 偵察に用いるには最高の種だ。


 (前に来た時よりも防備が固い……)


 リーダーは村を真上から見下ろしながら思った。

 深い空掘りが施されていて、内外に逆茂木や巨大な木の柵が施されている。


 一番厄介そうなのは木造の塔。

 おそらく、矢を射たり、石や熱した油を落とすための設備だ。


 (狼対策にしては過剰設備だな)


 つまりこれは対軍防衛設備。

 対象は……考えるまでもないだろう。


 呪術師三人は目を凝らして村の様子を観察する。

 村の地形を頭に叩きこむ。


 (もう問題ないだろう)


 特に警戒するようなこと……傭兵などは存在しない。

 村の人口も変わっていないように見える。


 (帰還するぞ)


 その意を伝えるために一鳴きして、方向転換する。

 村に背を向けた直後のことだった。


 「キャッ……」


 後ろから悲鳴が上がった。

 振り向くと自分たちよりも一回り大きな鷹が目をギラつかせていた。


 その大きな鷹の足にはさっきまで一緒に偵察を行っていた鷹。

 爪が喉に食いこみ、ピクリとも動かない様子から死んでいることが分かる。


 リーダーは一鳴きして全速力で羽を羽搏かせるように鷹へ命じる。

 体格の差から勝て無いからだ。


 (クソ! どうしてこんな時に……)


 リーダーは己の不運を恨む。

 動物を使って偵察をしている時に、その動物の天敵に遭遇してしまうということは極まれにある。

 偵察に集中し過ぎ、周囲の警戒が疎かになりがちだからだ。


 (早く逃げなくては。魂乗せ中に動物が死ねばこっちも死んでしまう!)


 そう思っていると、 突然自分の目の前を飛んでいた仲間が消えた。

 下を見下ろすと、仲間と大きな鷹が格闘していた。


 必死に爪から逃れようとする仲間。

 だが抵抗虚しく、仲間は強く木に叩きつけられ絶命した。


 (二匹目!)


 混乱しながらリーダーは必死になって飛ぶ。

 このままでは自分と相棒の命が危ない。


 (っ!)


 ゾクリとしたものが体を走り、慌ててリーダーは体を右に捻る。

 そこを大きな鷹の爪が通過する。

 

 (三匹目だと!)


 鷹は群れを作らない。

 二匹なら偶々偶然居合わせただけだと考えることもできるが、三匹目となれば話は違う。


 (呪術師か!)


 敵はリーダーを囲むように飛び、徐々に距離を縮めてくる。


 (どうして! あんな小さな村に三人も高等呪術師が居るはずない! どういうことだ……まさかロサイス王の国の呪術師か?)


 どちらにせよ報告しなければ。


 リーダーは高度を下げる。

 敵は自分の相棒よりも大きい。

 だから小回りが利かないはずだ。


 森の中に入れば逃げ切れる可能性がある。


 (あと少し!)


 森の中に入るというところで、衝撃が全身を襲った。

 

 (?)

 相棒(自分)の胸に棒のような物が刺さっている。


 それが矢だと分かったのとリーダーが意識を失うのは同時だった。






 「よし! 仕留めたぞ!!」

 グラムは自分が射落とした鷹を拾う。

 相変わらず見事な腕前だ。


 「ぐぬぬ……私が倒すつもりだったのに」

 自分の体に魂を戻したテトラは立ち上がってそうそうに悔しそうに顔を歪める。


 「せっかく苦い草も食べたのに」

 そう言ってテトラは口から離魂草を取りだす。


 「ふふん。どうですか。最初の奇襲を成功させました!」

 「さすがだ、ルルは。最強だ!」

  戻ったルルをグラムが労う。


 村に張っていた結界が役に立った。

 結界にはいろいろあるが、中には魂を乗せた動物の接近を知らせるモノがある。それをあらかじめ張っておいた。

 そして結界に引っかかったと思ったら、空に鷹が三匹……


 正直村の防衛設備は見られたくない。

 そこで三人には御出陣頂いた。

 村の外を少し飛ぶだけだから戻れなくなる心配は殆どないし。

 

 「ところで殺して良かったの? これで敵対することになるけど」

 テトラが心配そうに言う。

 

 「大丈夫だよ。呪術師が任務中に天敵に襲われて死ぬということは実際にあるしな。人口がたった百人くらいしか居ない村に三人も有能な呪術師が居るなんて、フェルム王は考えないだろ。それに偵察を送ってきた時点であいつらは俺らを攻めるつもりだということが分かったからな」


 もう交渉は半分、決裂していると言って良い。


 「食事が終わったら体を休ませてくれ。何もする必要はない」

 結界の構築や呪いなら他の呪術師数人掛りでもできる。

 

 だが魂乗せはこの三人しかできない。

 倒れられると困る。


 「じゃあ次の任務に備えて腕枕して」

 「すまんが俺はやることがある」


 落とし穴の点検や、黒色火薬などの武器の確認をしなきゃいけない。

 「……終わったら埋め合わせ」

  

 テトラは不満そうに頬を膨らませて言った。


 だがその前に……

 「イアル、ロサイス王の国に行って援軍を要請してくれないか? 俺たちだけだと心もとないし」

 「分かりました」

 

 そう言ってイアルはロサイス王の国に向かった。






 だがすぐに戻ってきたイアルの報告はあまりよくないものだった。


 「ロサイス王は発作を起こして倒れたそうです……」

 「何! じゃあ援軍は?」

 「それが……ロサイス王が倒れるのと同時にフェルム王の軍四百が動いたそうです。それに周辺国と豪族たちが不穏な動きをしているそうで……援軍が出せるのは最低でも三日後とのこと……」

 

 三日……

 そのころにはもう終わってるんじゃないか?


 まあ良い。

 一応想定の範囲内だ。





 「リーダー! 黒色火薬のチェック、終わりました。問題ありません」

 「兄さん! 馬の調子は大丈夫だ。いつでもいけるぜ」

 「矢と食糧の備蓄は大丈夫だった!」


 ロンとロズワードとグラムが口ぐちに報告してくる。

 取り敢えず問題は無い。


 「良し、落とし穴と結界も問題無かった。準備は出来てる」


 後は作戦通りに行くかどうか。

 

 「一応、講和できる可能性もあるから小麦も用意しておいてくれ」

 「そんな可能性あるの?」

 「相手が四割で手を打ってくれるならな」

 

 六割(二圃制基準)までなら飢えることは無い。

 こちらも十分譲歩できる。


 これ以上は無理だけどな。


 「アルムスさん!」

 門から声が聞こえた。

 イアルだ。


 「フェルム王が兵士を集めています。数は分かりませんでしたが……」

 「やっぱり戦う気か。ボロスたちは?」

 「情勢を見て蜂起するそうです」


 ボロスたちの一派は約六十人。

 正面から戦えばあっという間に敗北する。


 ちゃんと情勢を見て蜂起してもらわないとな。





 「王よ。呪術師たちが戻ってきません」

 「どういうことだ? 天敵に襲われたか?」


 偵察中に鷹がその天敵に襲われるというのは偶にある。

 呪術師の魂を乗せているため、必然的に警戒が疎かになるからだ。

 滅多に起こらないことだが、全く起こらないということは無い。

 それにあそこは森という地形。隙を突かれる可能性は高い。


 「もしくは……」

 ロサイス王とアルムスという若者が手を組んだか。


 だがこの線は低い。

 もし三人の呪術師がロサイス王の呪術師に倒されたとしたら、三人以上の呪術師があの村に派遣されていることになる。


 だがここ最近フェルムは何度もロサイス王の国に呪術師を偵察に出している。

 そして迎撃に出てくる呪術師の人数は把握している。


 三人、欠けているという日は一度も無かった。


 それにいくら同盟を結んだからといってあんな辺鄙の村に三人も呪術師を配置するのは不自然。

 

 他に考えられる可能性は……

 「あの村には三人も優秀な呪術師が居るということか? まさかな」

 あり得ない。フェルム王の国ですら九人しか居ないというのに。

 

 おそらく天敵に偶然やられてしまったのだろう。運が悪いことだ。

 つまり同じ天敵がまだあの村の周囲に居るということになる。

 そうなるとまた同じことの繰り返しになる。

 

 偵察は諦めた方が無難か。


 「残る魂乗せが出来る呪術師は六人か……うち二人は国の防衛に当たらせろ。四人はロサイス王との戦いに投入する」


 フェルムの指示に呪術師たちは頷き、次々と離魂草を口に含んでいく。


 「兵の準備も整いました」

 「よし、お前は兵二百を率いて例の村を占拠して来い。今回は破城鎚を持って行け。弓兵を多めに連れていくように。俺は四百で遅れて向かう。森は進軍し辛いからな。お前は三百でロサイス王の国を攻めろ。打ち破ってやれ」

 

 フェルム王に命令された将軍のうち、ロサイス王の国を直接攻めるように命じられた将軍はおずおずと言った。

 「王よ……せめてあと百は貰えないでしょうか。敵は最低でも千は……」

 「いや、最大で四百だ」


 フェルムは断言した。


 「ロサイス王の豪族たちは前回の敗北で完全に尻込みしている。ロサイス王には協力しないさ。となると奴が単独で動かせるのは前回の戦での損害を考慮にいれて最大で二千。すでにロサイス王の国と面しているエビル王の国とベルベディル王の国を嗾けている。まあどうせ国境に兵を寄せるだけだろうが……この二国に五百づつ、最低でも千は対応に出さなければならないだろう」

 フェルム王はニヤニヤしながら続ける。


 「そしてロサイス王の国の野心がある豪族に兵を動かすように要請している。まあ実際には俺が勝たない限り動かさないだろうから、敢えてロサイス王にその豪族どもに謀反の動きがあることが分かるように細工をした。奴は五百は直轄地の防衛のため豪族との領境に張り付ける必要がある。そして百を宮殿の警護に当てると……丁度四百だ」


 将軍たちは思わず息を飲んだ。


 目的はロサイス王の国の都の占拠。

 そして食糧の確保。


 十分に勝算はある。


 「では次はロサイス王の宮殿で祝杯を上げよう。乾杯!」

 

 フェルムはワインを入れたコップを高々と掲げた。


飛んでる最中に後ろから竜とかでっかい鳥類にパックリやられることはマレにあります

鷹も普段ならそんなミスはやらかしませんが、何分人(の魂)を乗せているので


※少し離魂草の設定を変えました。訓練した呪術師なら空腹じゃなくても魂を抜けます。十一月二十三日 二十三時九分

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