第二百七十九話 第一次ポフェニア戦争 二年目Ⅳ
「っふふ……」
「なんだ、あの間抜けな船は」
最初にロマリア軍の船を見たポフェニア軍の海兵は失笑を漏らした。
ロマリア軍の船は確かに大きく、丈夫で立派な五段櫂船だ。
しかし……
鳥の嘴のような、わけのわからない邪魔な飾りがついていた。
「なんだか分からんが……あんな重そうなものを付けたら船が不安定になるだろうに」
「あっという間に転覆しそうだな」
ポフェニア軍の兵士たちは大笑いする。
この戦争、勝ったも同然だ。
「油断するな!! 何らかの策かもしれん……陸ザルが無い頭で必死に考えた、な?」
「そうだ……可哀想だろう、バカにしてはいけない。頑張りは褒めてやろうではないか」
ポフェニアの将軍たちもまた、大笑いする。
この世界の海戦の決めては衝角突撃である。
よって、船には速力と操縦性が求められる。
だが……
あのような重りを付けていては、衝角突撃が出来ない。
それどころか、あっという間に横転してしまうだろう。
つまり……
ロマリア王国は海戦のやり方を全く分かっていない、という事である。
ただ、船を浮かべて漕いでいるだけだ。
「……何だ、あれは」
一方、セアル・バルカは冷静にその装置を遠方から見つめる。
遠くてよく分からない。
だが……
胸騒ぎがする。
そもそもロマリア王国にはあのアレクシオスが付いているのだ。
アレクシオスが船の安定性を失わせるようなモノを見過ごすはずがない。
アレクシオスの意見が跳ねのけられた、という可能性も考えたが……
しかしアレクシオスはロマリア王に重用されている。
ロマリア王が唯一の海戦の専門家であるアレクシオスの意見を跳ねのけるとは思えない。
つまり……
何らかの意図がある、と考えるべきだろう。
「警戒するに越した事は無いか」
何にせよ、ロマリア海軍が未熟な海軍であるのは自明。
ポフェニアの敵ではない。
数では二十隻下回っているが……
誤差の範囲である。
セアル・バルカは声を張り上げる。
「突撃準備!! 一気に加速して、敵を分断して各個撃破する!!」
セアルの命令を受け取った兵士が旗を振る。
その旗を合図に、ポフェニア軍の船が一気に加速し始める。
そして……
「迫ってくるね。予想通り、一気に勝負を付けに来た」
「……緊張してる?」
「まあね……でも、勝てるさ」
アレクシオスはメリアに強気な態度で答えた。
そして……
「訓練通りにやろう。……迎撃準備!!!」
ロマリア海軍の兵士たちが一斉に『装置』を動かし始める。
いつでも装置を使えるようにして、待ち構える。
そんなロマリア海軍に対して……
「連中に教えてやろうじゃないか!! ここは海だと!! ロマリア軍は確かに陸では最強だ。だが、ここは海!! 我らの戦場!! 泳げない陸の民が海の民である我らに勝てる通りはない!! 突撃!!!」
一隻のポフェニア海軍の兵士が名誉の一番乗りを果たそうと、加速する。
その船は他のポフェニア海軍の船よりも前を走り……
目の前のロマリア海軍の船に衝角をぶつけようとした、その時だった。
ドスン!!!
大きな音が響く。
ロマリア海軍の船に取り付けられた、大きな装置。
鳥の嘴のような……実際、鳥のようだったので『カラス』と名付けられたその装置の嘴の部分がポフェニア海軍の船に、上から突き刺すように落ちたのだ。
嘴のような部分が船に食い込む。
その嘴によって、ポフェニア海軍の船の動きは完全に止まってしまっていた。
そして……
「ようこそ、いらっしゃい。ポフェニア海軍の皆さま。我らの戦場の陸へ」
ロマリア軍の百人隊長がポフェニア海軍の兵士に丁寧に名乗った。
いつの間にかロマリア海軍……いや、ロマリア陸軍の兵士がポフェニア海軍の船に乗り移っていた。
「な、何が起こって……」
ポフェニア海兵が何が起こったのか、悟る前に……
ロマリアの重装歩兵による蹂躙が始まった。
『カラス装置』
それはアルムスが考案し、アレクシオスが実用化した新兵器である。
まるで鳥、特にカラスの嘴のような形からその名が付けられた。
このカラス装置は……
三百六十度、回転する巨大な橋である。
この橋の先端部分は嘴のような形をしており……
近づいてきた敵の船に対して、叩き落とすことでガッシリと食い込む。
そして出来上がった橋からロマリア軍の重装歩兵が乗り込み、敵の船を制圧するというのがこの装置の使用方法である。
この装置は非常に重く、船の操縦性を悪くさせる。
だが……
海戦を陸戦に変化させる、非常に重要な戦術的な効果を持つ。
ロマリア海軍は弱い。
だが、陸軍は精強だ。
ならば海戦を陸戦に変えてしまおう、というのがアルムスとアレクシオスの発想だった。
実際、この装置は現在大活躍していた。
船の操縦には長けるが、集団戦闘には慣れていないポフェニア海軍の兵士をロマリア軍の重装歩兵が圧倒し、あっという間に船を奪っていく。
海上という地の利を奪われたポフェニア海軍の船は為すすべもなく、ロマリア軍に倒されていく。
「慌てるな!! 敵の操縦は下手だ。……一対一は避け、二対一に持ち込め!! 橋は一つしかない!!」
セアルの指示はすぐさま、旗と太鼓によって伝わる。
さすがは歴戦のポフェニア海軍の兵士たち。
『二対一』
を意味する旗と太鼓だけで、総司令官の意図を汲み、ロマリア軍の新戦術にも対応していく。
「ははは!! どうだ! 二対一ならな、どうにもなるまい!!」
「これで終わりだ!!」
ポフェニア海軍の船が二隻、同時にロマリア軍の船に挑む。
だが……
「その動きは予想済みだよ、セアル・バルカ」
アレクシオスは不適に笑う。
カラス装置の弱点くらい、当然理解している。そして……
その弱点を補う手段はある!!
「横っ腹がガラ空きだぞ!! 陸ザルめ!!!」
一方をカラス装置をすでにポフェニア海軍の船に落としてしまい、側面がガラ空きになったロマリア軍の船にポフェニア海軍の船が突撃する。
しかし……
「やはり来たな!! バリスタをお見舞いしてやれ!!!」
船に取り付けられた小型のバリスタから放たれた、大きな矢がポフェニア海軍の船を襲う。
「その程度では止まら……」
矢がポフェニア海軍の船に突き刺さった瞬間、爆発が発生する。
矢に取り付けられていた黒色火薬が爆発したのである。
「投槍放て!!」
一定以上近づいてきた船には、投槍を放ってダメージを与える。
その槍の中にも、当然いくつかは爆弾が取り付けられていた。
「こ、こんなことが……ポフェニア海軍が敗北するなど……クソ、撤退だ!!」
不利を悟ったセアル・バルカはすぐさま撤退の指示を出す。
しかし混戦状態に陥った戦場で、セアル・バルカの指示をまともに聞ける船は一隻も無かった。
「将軍!! 敵の船が近づいてきます」
「クソ……迎撃しろ!!」
セアル・バルカを乗せた船は近づいてきた数隻のロマリア軍の船を迎撃しようとする。
だが次々とカラス装置を打ち込まれ、重装歩兵に乗りこまれれば……一溜りもない。
気付くと、船に唯一残っていたのはセアル・バルカのみ。
セアル・バルカはロマリア軍の重装歩兵に囲まれていた。
その重装歩兵の指揮官と思しき人物が進みである。
その意外な……いや、予想通りの人物にセアル・バルカは顔を歪めた。
「セアル・バルカ殿……降参してください」
「お前は……アレクシオス」
セアル・バルカとアレクシオス・コルネリウス。
二人は向かい合った。
「あなたが最初の敵で良かった。あなたに二回目は通用しない。初見殺しで倒せて幸いだ。さて、僕はあなたを見逃すわけにはいかない。降伏してください」
「……俺が降伏するとでも? 生き恥を晒してまで、ポフェニアの重荷に、外交の取引材料になってまで、俺は生きたいとは思わない」
「でしょうね」
アレクシオスは剣を引き抜いた。
「最後に一つ、言っておきましょう。……実は割と尊敬していましたよ、お父様」
「俺もお前の才能には期待していたよ。我が息子よ」
息子の剣が父親の首を斬り落とした。
後にその死は……
『誇り高きポフェニア軍の総司令官、セアル・バルカは敵に打ち取られる不名誉を拒み、自害した』
と歴史書に書かれることになる。
息子の最初で最後の親孝行だった。
最近新作を始めたことは皆さまも知っていると思います
そのおかげでこの作品のptも微量に伸びましてね
まあ、誤差の範囲なわけですが
それはともかくとして、まだ読んでいないかたは是非
話は変わりますが、今後の更新の計画みたいなものをお伝えしようかと思います
こういうのは活動報告でやれと思うかもしれませんが、私の逆お気に入りユーザーは千程度しかないのです
つまり活動報告に書いても千人しか見ないと。
まあ普段活動報告を使用しないからだと思いますが……
取り敢えず、ここが一番確実なのでここに書きます。
まあ多くの方々が懸念しているのは新作の影響でこっちが遅れることでしょうけど……
今後も週一更新を続けていきたいと思います
実は現在書き溜めから逆算すると、あと四十五話程度書き溜めればおそらく完結します。
六十話を超えることはおそらくないでしょう。
一日一話書いたとして、六十日。
まあ、書籍化作業とか諸々があるのでそれらも込み込みで……三か月もあれば終わるでしょうね。
今は三月なので……六月の中旬には建国記を完結部分まで書き溜めようかと思います。
新作の方に書籍化の話がきたりすると、ちょっと話が変わりますが。
やっぱりあっちを書いて、こっちを書いて……
とするよりも、一つの作品に集中しつつ息抜きで他の作品をチラッと書くというのが一番楽ですね。
建国記が終われば肩の荷がおります。
問題はマルクス編を書くか書かないかですが、こっちは編集の方と要相談でしょう。
私個人としては、常に二作品を回していきたいと思うので……
建国記を完結までの書き溜め終えたら、別の作品に手を回そうと思ったり、思っていなかったり。
それはスケジュール次第でしょう。
建国記は年内には完結することになりそうです。
(風呂敷どうやって畳むか、いろいろ悩んでるけど)
建国記ですが、ちょろっと重版しました
皆さまのご声援のおかげです
売れてるのか売れてないのか、正直分からないんですけどね
というわけで、まだの方は是非




